デイダラ視点のペイコナ※現代物






オイラと旦那が住んでいたアパートの一室の隣。そこには今はもう誰も住んではいないが、ついこの間までオイラも良く知る恋人同士が仲睦まじくそこで生活をしていた。だけれど今はいない。そこにはあるはずだった幸せと血に濡れた悲しみだけが取り残されている。オイラはその部屋の前に来る度に二人の顔を思い出す。季節は六月、ちょうどあの事件から1年経つ。



旦那、というのは具体的に言うとただの愛称で、実際にはサソリという名前の人だった。彼はオイラのお母さんの弟に当たるひとで、三歳のとき交通事故で両親を失ったオイラを孤児院まで迎えに来てくれたただ一人の人だ。オイラはきっとこの人のおかげで今こうやって平凡に生きていられるんだと思う。凄く、感謝しているのだ。だけれど旦那はホスト、という職業のせいで家にいることが少ない。昼間は家にいるらしいんだけど、オイラは学校だし、オイラが帰ってきてから一時間くらい経つと客のお迎えで外に行ってしまう。ホストで莫大な金を女から巻き上げている旦那だが、なぜか住まいはこんなボロ家で、そのことを彼に突き止めたとき、旦那はオイラの頭をゴツンと殴った。駅から三分、2LDKでしかも学校にも近いんだから文句言うなとドスをきかせてオイラに言ってきた。

そんなオイラだったから、旦那がいないときは大抵隣の家に住んでいるカップルの家にお邪魔させてもらっていた。二人の名前は長門と小南。長門は近くの工場で働いていて、オイラはよくそこに遊びに行った。オイラが来ると長門は嬉しそうに目じりを下げてオイラの名前を呼んで頭をぐしゃぐしゃにした。長門はオイラにとっての父みたいな存在で、彼が働く姿はとてもかっこよかった。お父さんがまだ生きていたらこんな風に肩車をしてもらえるのかと涙ぐんだこともあった。小南はいつもアパートの一室で切り絵と折り紙を勤しんでいた。オイラが彼女の傍らで粘土をこね、彼女はそんなオイラを眺めては紙をいじっていた。小南はよくオイラが作る造形物を褒めてくれる。表情が乏しい彼女でも、話しかけてくれるときの嬉しそうな顔をオイラは忘れない。小南はオイラにとっての母みたいな存在で、彼女が作り出す藝術はとても美しかった。母さんがまだ生きていたらこんな風にご飯を作ってくれるのかと切なくなったものだ。


ある日いつものように二人がいる部屋まで行くと、長門と小南が出迎えてくれた。二人してこうやってオイラを迎えに来てくれることは珍しかったから、どうかしたのかと尋ねると二人は結婚するんだと微笑みながら言った。すると小南が部屋の一角に指を差し、オイラにそこを見るようにと囁く。見ると純白のウェディングドレスが飾られていて、オイラは思わず「オオ、」と変なことを言ってしまった。その後やっとこの二人の苗字も一緒になるんだ、と呟いたら長門と小南はおかしそうに顔を見合わせていた。相変わらずドレスはキラキラと輝いてきれいだった。


その夜二人のことを旦那に話すと、旦那は「オオ、」とだけ言って皿の上にのっていたパスタを口に運んだ。やっぱり子供は親の背中を見て育つんだと思い知らされる。ちなみのこのパスタは料理音痴の旦那の為にオイラが作ったものだった。


結婚式当日、オイラと旦那は近くの教会の椅子に座っていた。一応一人では心配だから、と旦那はオイラに付き添いに来てくれて、オイラはひどく安心した。実は父さんと母さんの七回忌以来こういう正式なところには訪れていない。隣を見ると旦那は若干イラついたように眉間に皺を寄せながら貧乏ゆすりをしている。きっとニコチン切れなんだろう。オイラはポケットから飴を取り出すと旦那に渡してあげる。長く付き合っているから旦那の扱い方にはなれてきたつもりだ。
結婚行進曲が流れて教会の扉が開く。あ、と思って振り返るとそこにはあのドレスを着飾った小南がいた。ドレスもきれいだったが、やっぱり美しく微笑んでいる小南の方が断然美人で、旦那も口角をあげて一歩一歩前に進む彼女を見ていた。多分、この瞬間が長門と小南にとっての幸福の時間になり、それは一生変わらないのだとなんだか無性に泣けてきた。長門も、小南も笑っている。




しかし幸福を壊すものは突然現れた。開け放たれた扉からは拳銃を持った女が立っていて、彼女の持つ拳銃の銃口は新郎新婦に向いていて、女は意味の分からないことを叫んだと思うと、その瞬間、6発の銃声が空に鳴り響く。ばさばさ、と平和の象徴である鳩が飛び去っていき、オイラは呆然と視界を長門と小南の方へとむける。だけれど突如視界は黒くなり、それがサソリの旦那の手だと知った時にはオイラの目から涙が止まらなかった。オイラの視界をさえぎる手は信じられないほど熱かった。旦那はオイラを抱きしめながらお前は見るな、とかすれた声で言っている。そんなオイラの脳には二人の幸福だった日々を急にフラッシュバックし、視界の端にかすかに映った錆付いた赤を思い出す。白いドレスとタキシードを侵食していく、何か。温かかった空気が一気に冷たさをまして、オイラはガタガタと震えだした。


後で聞いた話だと、あの女は自殺したらしい。長いこと長門にストーカー行為を行っていて、彼が結婚するという情報を聞き、激昂した女は二人を射殺し、自分もと死んだらしい。でもきっとあの世で彼女が長門と結ばれる確立はゼロに近い。だって長門は天国に行くんだから。人殺しになったあの女はきっと地獄に行って裁かれるに違いない。否、そうであってほしい。


二人が住んでいた住まいの前に立つ。あの事件以来オイラ達は引っ越してマンションに移り住んだ。駅から三分、4LDKで学校からも近い、オイラの悲しみを理解しただろう旦那が気遣ってくれた行動。だけれどオイラはいつも学校帰りにここによる。あの日は今日のように雨も降っていなかったが、どことなく似ている気がした。二人が死んでもう1年、長門と小南は今頃あっちで如何しているんだろうと考えて、彼等と過ごした部屋から立ち去る。アパートの階段を降りているとき、気のせいか、雨に混じって薄っすらと生臭い血の香りがした。










あきゅろす。
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