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迅悠一は恋をしない(迅×未定)
迅さんが誰かを想う話。
CPは想像にお任せ。






迅悠一は恋をしない。

恋をすればいつか必ず選択を誤ると、成人にも満たない年齢にして深く理解しているからだ。未来視を持っているだけならばいい。選択を間違えたとしても誰も迅を責めない。けれど周知している未来視、ボーダーでの実力と立場、何より三門市の現状は選択のミスを許さない。間違えてはいけない。間違えられない。自分は決して間違えない。周りにそう思い込ませて暗躍を趣味と称し、実力派エリートなどと嘯いた。食えない男、気にくわない男ー頼りになる実力者よりもそう見られたかった。導きながらも、標を失っても傷つくものの少ない世界を作りたかったのかもしれない。うまくいかない中で、それらを両立している者に出会ってしまった。組織に忠実な駒であり、戦闘力も申し分ない戦士であり、後人を厳しく正しく育てる先人である隊員は、けれど自身が消えても世界が少しも狂わず回るように立ち回っていた。それも迅のような計算ではなく持って生まれた性質で。優秀な人間であるにも関わらず、いつ消えても不都合の生じない生き方。誰からも尊敬され、重宝されているように見えながら誰にとっても特別足り得ない。知人の死を回避した中で未来視が見せた世界への影響が皆無に等しかったのもその人だけだ。映像として死を見た迅ですら、欠けた世界を平気で歩いていける自信があった。そうなるように接されている。無自覚であり、持って生まれた性質だと解ってしまった。か弱い野良の生き物に餌を与えるのではなく狩りを教える生き方。ずっと迅がそうありたいと願ったものだった。世界にも自分にも取るに足らないその存在に、決してしてはいけない、するはずではなった感情を抱いたのは取るに足らない存在だったからだ。矛盾だ。失っても変わらない存在に焦がれている。不自然で、不気味で、歪だ。こんなものを輝かしいときめきの分類に混ぜてはいけない。視界に入れるたびに世界に影響を及ぼさない姿がどんなに眩しくても。これは違うのだと言い聞かせた。

だから、迅悠一は恋をしていない


嵐山くんによる親友のための進展



迅悠一が恋を諦めていることが、友人として嵐山准は許せなかった。
 自己主張の乏しい友人について、嵐山は常々釈然としないものを抱えている。
 上層部に言わせれば飄々として食えない、実力と実績を駆使して組織を振り回す若造。勿論、自由奔放に見える行動が結果として組織を助けていると殆どの人間は理解している。けれども人を食った態度のせいで勘違いされることが多い。人のために身を粉にしている友が勘違いされているのも、本人がそれを受け入れているのも、嵐山には許せなかった。自分のために生きろと言い続けても生返事で、組織や友人、後輩のためだけに暗躍を続けていた。
 迅が恋をしていると気づいたとき、嵐山はすぐに結末を悟った。誰にも告げず殺されるだけの恋慕への同情と怒りで数日間眠れず、隊にも弟妹にも心配をかけた。迅のことは意図して避け続けた。会えば平静でいられない。例えその場では平静を装えても未来の見える友人には無意味だ。取り乱す嵐山の姿は必ずどこかの分岐に存在する。傷付けたくなかった。同時に友人の恋を諦めたくもなかった。
 行き着いたのは、未来視をかいくぐってでも迅と想い人をふたりにしてやるという決意だった。ふたりにするだけではなくどうにかして実らせてやりたい、実らせると嵐山は心に決めていた。


友人に避けられて二週間以上経つ。彼の隊の面子や近しい者を視れば思い詰めている顔をした友人が居た。避けられているのなら原因に自分が関わっている。日々の暗躍に対する不満かもしれない。いやにやつれて見える映像はそれだけにも思えず、なんとか顔を見て話を聞かなければと打ちかけたメールを送信する直前、当の嵐山から着信が入った。
 問う間もなく避けてすまない、直接謝らせてくれ、明後日の休みにひさしぶりにふたりで遊ぼうと畳みかけられた。実際明後日は久々の休みで予定もなく、ここ数日見回った街中や隊員にも異常は視えない。
 久々の休み、悩める友人の相談に乗るのも悪くないだろう。自分のために生きろとしつこく説く友人はきっとまた善人らしく仕様のない心配をしているに違いない。
 
 呑気に床についた自分を迅は翌日ひどく責めたくなった。
 昼のラウンジは休日の予定を決めるのに持って来いの明るい雰囲気に包まれていた。隊員と休日明けの打ち合わせをしながら友人は現れた。若干くたびれた顔色ではあるが普段通りの明るい笑顔だった。ヒーローであり広報担当の爽やかな笑顔。隊員に挨拶をするのも迅に向かって軽く手を挙げ声をかけたのも同じ笑顔だった。周囲を魅了する笑顔に、けれど迅は指先まで冷えきっていつもであれば返していた笑顔を作れなかった。
 見えた未来は確定で回避の方法はない。絶対に告げる気のない想いを抱く相手の、酷い姿が視えた。数日前に防衛任務に向かう背中を視線で追った時には間違いなく見えなかった。つまり嵐山が迅に電話をかけるまで存在しなかった未来だ。周囲の隊員を見回しても異常はない。確定している信じられない光景は事件にならないと、誰を視ても物語っている。この先迅がどう動いてもだ。
 辺りを見回すことに集中していた手に、嵐山の手が重なった。突然の接触に硬直した手のひらに、冷たい感触。鍵だった。友人に視線を戻す。変わらない正しく綺麗な笑みだった。正義を形にしたような友人のうつくしい姿が目の前の現実と未来とで重なる。全く同じ笑みで、地獄への鍵を手渡し天国への扉を開く。もはや変えられるとすれば開く時間だけだ。予定を明日から今夜に変えてもいいかと聞く声の震えには、確かに期待も含まれた。期待を正確に聞き取った優しい友人は、嬉しそうに頷く。

 隠していた贈り物が成功した喜びに満ちた笑顔だった。

想われた誰かの視点



丸2日、迅の姿を見ていない。
 当然といえば当然だ。2日前の夜、自分は彼にひどい扱いを受けた。もし被害者が女性や後輩であったなら1も2もなく生身の体から一部を切り落としてやるところであったが、あいにく当事者である己は共謀者の嵐山も含めても年齢も立場も上で弱者ではない。何より防ごうと思えば防げた。迅のことで相談があると防衛任務の直後に嵐山に持ちかけられ、夜勤のあとの連休で立て込んだ課題も雑務もないからと頷き、無防備について行ったのは他ならぬ自分の意志だ。自宅でもなく嵐山の家でもなく警戒区域ギリギリの無人の家に入るときでさえ深く考えなかった。出された飲食物も、少しも疑わずに口にしたのも完全な落ち度である。
 その後の出来事は、行為のみを切り取ればあまり思い出したくない。けれど、部屋に入ってきてから全てを終えて逃げるように去るまでの迅の表情。あれは忘れてはいけないものだと年長者であり今後ボーダーという組織を率いる一人として直感していた。

 あんな迅の顔は初めて見た、と言えば加害者であるはずの嵐山はそうでしょうと悪びれもなく答えた。
 屋上には他に人はなく、互いに生身であったので携帯端末に着信でもなければ会話は中断されない。
 2日前、迅が去った部屋で被害者である自分の介抱をしたのは嵐山だ。事件の首謀者に礼を言うのもおかしな話でだが、結局礼も追求も出来ないまま2日が過ぎていた。凶行といってもいいそれの理由を追求せずにいたのは、追求しなくともいくらか察しがついたからだ。実力派エリートと嘯く男の見たことのない顔で。
 神が受肉したのではないかと間違えそうになる能力と、世界をいい方に導く達観した視界。つらい過去を乗り越え、サイドエフェクトで常人の数倍は経験を重ねた彼は滅多なことでは揺らがない。先読みをし、先回りをして事態を収束させる。気付けば彼の思惑通りに動かされていた回数など数え切れない。そういうところが嫌いだった。
 責めてやるつもりはないと言えば、嵐山はまたそうでしょうねと頷いた。迅には責めることが赦しになるだろうから責めないだけでお前は別だと強い口調で咎めておく。少しも悪びれていないボーダーの顔は、明るい口調で謝罪ではなく友人を頼みますと言った。逃げずに向き合ってほしいと頭を下げられると、まるで2日前の凶行が夢のようだった。逃げるとすれば自分ではなくあいつだろうと指摘する。事実、明らかに迅は自分を避けていたし、嵐山と話しているのも見ていない。どれだけ逃げ回るつもりか解らないが、未来視でほとぼりが冷めるのを探っているのだろうと予想はついた。逃げませんよと言い切った嵐山に眉根を寄せると、録画していたのでとさらりと告げられた。
 知ってはいたが実際言われるといい気分ではない。自分への口止めに使われるだろうと想っていたが違ったらしい。確かにバラまかれたところでボーダーのイメージダウンや隊の仲間にショックを与えてしまうだろう、程度の心配しかしていなかった。人の噂もなんとやらでバラまかれたところで日が経てばどうとでもなる。使い道が迅の退路を断つためだとも考えなかったが。
 よろしくお願いします、ともう一度頭を下げてから嵐山は屋上を出ていった。迅のことをよく理解している友人だ。きっと迅は自身の気持ちの整理をつけ、被害者の傷が癒えた頃に最善の方法で誠意を持って謝罪をし、口八丁で記憶封印措置を勧めるに違いない。そうしておいて、一度の行為を唯一の思い出としてしまい込み何でもない顔で笑うのだ。そういうところが嫌いだ。死地に向かう兵士だってもう少し生き汚い。
 隊員からの着信を受け、屋上の扉に手を掛けた。少し考えてからトリガーを取り出して起動をする。任務でもないのにトリオン体で屋上から飛び降りるのは初めてだった。迅の言う可能性の低い未来とはこういうことを言うのだろうと、生身よりいくぶん鈍い感覚で風を感じながら考える。
 感情で動く未来は読むのが難しいと未来視の持ち主は言っていた。成人し、組織の重要な箇所を担う立場になり感情だけで動く方法は忘れていた。迅は恐らく、もっと前からできなくなっていたのだ。それどころか、感情らしい感情を失っていたのかもしれない。危惧した友人は、強引な手段でそれを取り戻そうとした。強引な手段で暴かれた薄暗がりで見えた怯えや興奮、謝罪がないまぜになった歪んだ顔。そこまで追い詰めなければ取り戻せなかったのかと被害者ながらに同情してしまう程だった。嵐山が選んだのであれば、手段はそれしかなかったのだろうが。
 人の少ない時間だったが、屋上から着地をした姿は些か注目を集めた。素早く見回した中に、目的の色を確認する。基本的に常時トリオン体でいる迅に追い付くにはこちらも換装が必要だ。屋上からの移動だけではなく追跡と捕獲も兼ねた換装は成功だった。
 予知より早い、と唇が動くのが見えたのがその証拠だ。嵐山の脅迫材料を使うまでもない。捕まえるのも追い詰めるのも、抱え込ませないことすら少しも難しくないと分からせてやらねばならない。
 なにしろ、相手はまだたった19歳なのだから。




20200422


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