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※鳥籠姫(新御/モブ御 

 ガタガタと、歯を鳴らして震える姿を見つけて気付かれない様に口端を上げる。壁に向いている御堂筋の背にそっと手を添えて撫でた。触れた瞬間ビクリと跳ねた身体に小さくごめんと囁いてやる。
「驚かせたかい?汗が引く前に風呂入ろう。沸いたから」
 練習後、自転車の整備を終えた御堂筋は着替えもせずに寝室に駆け込んで膝を抱える。その理由を、新開は知っている。
 触れない様に気をつけながら立ちあがらせて浴槽まで連れて行く。暖かなお湯につけて安心する香りと柔らかな声で落ち着かせる。お湯の中でなら触れても怯えないので練習後の筋肉をほぐした。ほっと息をつく顔に、頬が緩む。けれどあくまでも心配している優しい年上を演じなくてはいけない。
「大丈夫?」
「…ん」
 安心しきった御堂筋の頬に軽く唇を当てる。髪を撫で、軽く抱き寄せた。ぴくりと跳ねた体が震える前にもう一度大耳元に唇を寄せた。
「大丈夫だよ」
 同じ言葉を、しかし問いかけではなく言い聞かせる響きで繰り返す。
 今の御堂筋は他人に触れられることに酷く怯えていた。

 御堂筋が他者の手を拒絶するようになったのはちょうど一週間前からだ。新開が駆けつけた時には既にそれは終わっていた。閉ざされた部屋の中で起こっている惨事を知っていた新開はたどり着く前に通報していたので、ドアを開けて最初に会ったのは警官だった。被害者の少年と親しい関係だと明かせばあっさり通され、兎も角彼を落ち着けて連れて帰ってくれと言われた。事情はあとで聞く、と言われて取り乱しつつも半狂乱になりかけている御堂筋を連れて一人暮らしの部屋まで戻った。取り乱しているように見せた、とも言える。
 三年目のインターハイの後、御堂筋は執拗なストーカー被害に遭っていた。私物が無くなることはしょっちゅうで、夜道をつけられることも増えた。危ないからと仲間や友人、新開も含めて送ると言い警察に相談しろと言ったが自転車やレースに被害が出ていないなら問題ないと御堂筋は取り合わなかった。

 結果、誘拐の末複数の男に暴行され未遂には終わったが監禁されそうになった。暴行が殴る蹴るの単純な痛みを与える物であればここまで他人の手に怯えるようにはならなかっただろう。ようやく安心してベッドに横になっている顔を見て新開は思った。
 執拗に彼を追い回していたのは新開だった。彼の行動パターン、生活習慣を完璧に調べ上げていつ一人になるのか、誘拐するならいつがいいのかを調べ上げた。依頼主はそれなりに権力のある年配の男たちだった。自分の身元を隠し、いくつかのツールを経由して連絡を取り合っていたので依頼主たちは新開の事を知らない。
 御堂筋翔という選手に対して性的な関心を持つ人間がいることを知ってから計画を思いついた。お膳立てをしてやり、望むままに彼の身体を好きにさせてやると嗾けて、最後には現場を通報して社会的に殺した。何人かをわざと逃がしたのは御堂筋を守るためだ。計画の通りにそれなりに地位を持つ人間が事件を隠ぺいしてくれた。勿論彼らの弱みも確りと握っているので二度と御堂筋に手を出すことは出来ない様にしてある。
「もう大丈夫だから」
 最初の二日間御堂筋は全く眠れなかった。明るいうちは体がどんなに痛んでも練習場に向かい何度も転びながらペダルを回し、部屋に戻ってからはローラー台でペダルを回し続けた。目を離してはいけないからとこじつけて傍で見守りながら新開は笑いを必死に耐えていた。
 御堂筋を蹂躙した男たちは決して乱暴に彼を扱いはしなかった。優しく、彼が快感で狂うように追い詰めた。そうするように指示したのは新開だった。彼にとってそれがどれだけ恐ろしい事か知りながらだ。
 度を超えた疲労に三日目に倒れて丸一日昏睡した御堂筋を見て抱きしめたい思いを押さえ、親が子にするように撫でてやった。何度か浮上する意識の中で御堂筋が新開に安心感を覚えるように。
 
 一週間経って、御堂筋は新開の手だけを受け入れるようになった。湯船の中、眠りに向かうベッドの中だけだが今はこれで十分だ。
 御堂筋翔という生き物に魅せられ狂わされた新開は、彼なしでは生きていけなくなった。それが思い込みだとしても今さら元に戻る事は出来ない。どうすればいいのか二年間考えた結果、彼にも自分無しではいられなくなってもらうしかないという考えに至った。ほかの人間に触れさせるのは死ぬほど嫌だったが今後二度と誰にも触れさせないように出来ると思えば耐えられた。
 かつて後輩である岸神小鞠にマッサージをさせていた御堂筋は今それすら拒む体になった。二人きりの浴室か、ベッドの中で新開にだけ歪んだ体を晒す。もう少しだ、と新開は彼が眠っていることを確認してから微笑んだ。
 まだ彼の前では心配そうな顔をしなければいけない。幸福で漏れそうになる笑顔はまだしばらく隠さなくては。

 深い眠りの中にいる彼を見つめて、白い額に唇を寄せた。

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あきゅろす。
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