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pdr
婚約指輪(新御)
 眠っている手を掴み、持ち上げる。指を一本一本撫でると閉じた瞼が震えた。
「…なにしとるん」
「んー」
 ゆっくり持ち上がった瞼から覗く瞳はまだ夢の中だ。にっこり笑ってやれば瞼が落ちていく。新開自身はそれほどでもないが、御堂筋は新開の顔が好きだった。正確には整っている顔が好きだった。
 運良く一番乗り出来ただけで、新開以外にも彼を想う人間は居た。それも、彼の好みである顔の整った人間が何人もだ。同性であることや、それを恋愛だと認めるのに他の人間が時間をかけている間に新開は一足早く彼を手に入れた。当然新開も戸惑ったが一瞬だった。ほかの人間が彼に向けている目の中に、自分と同じ色を見つけた時、誰かに先を越されるのだけは絶対嫌だ、と戸惑いを飛び越えて腕を掴んでいた。

 恋愛を自覚する前にその手をとったので、家を出ると聞いてすぐ同棲し始めたものの恋人としての一線を超えられるか不安があった。大きめのベッドを買って、一緒に寝ることにしたのは自分の背を押すためだったがいざ同じベッドに入れば無自覚だった恋はあっさりと欲に負けて眠りかけていた恋人の拒絶も聞き届けず行為に没頭した。


 一度目の行為がトラウマになった御堂筋はそれからとことん新開との同衾を拒んだ。何度謝っても許してもらえず、絶対に触れないからと言ってなんとか同じベッドに寝てくれるようになったのは謝り始めてから一週間たった夜だった。
 それから新開は必死に耐えた。が、矢張り愛しい身体が目の前にある事に耐え切れずどうにか抱かせてくれないかと情けなくも泣きついて月に二度までならと行為を許可された。
 同じベッドで眠るだけでも十分幸せだったが、新開も若い男なので許された夜は最初の行為同様、没頭してしまう。せめて月に4回、と交渉を試みるもあっさりと却下された。

 せめて触れるだけは許してくれと、必死に頭を下げてベッドの中で彼に触れることを許された。性的な意味を持っていなくとも愛しい身体に触れるだけでストレスはずいぶん減った。

 眠そうな目が、新開の顔を見て僅かに表情を緩ませることに気付いたのは触れうるだけの行為を許されてしばらく経ってからだった。
理由が解ったのは、彼が他の人間の顔を見ている時だったのが少し悔しい。
 視力のいい彼は、相手が気付かない距離で顔見て、好みである時ほんの少しだけ顔を緩めるのだ。それが一般的に美形とされる顔である事に気付いてから、少しでも早く彼に想いを告げてよかったと新開は安堵した。
 それなりに整った顔であると自負しているが、自分程度の顔であればいくらでもいたし、その中に幾人も御堂筋を想う者はいた。
 交際を隠したがる御堂筋に、せめて親しい選手にだけは言いたいと食い下がった理由がそれだ。自分の物であると主張し、誰も寄せ付けたくなかった。実際、交際を明言してからは彼に言い寄るものは減った。しつこく粘るものも居たが、御堂筋は新開との交際すら面倒がっていたのでこれ以上人間関係を深く広げたくないと全て断っていた。同時に新開との交際を他の人間からの申し込みを断る事に使えると利点にも気付いて別れるとは言いださなかった。
  もっと明確に、印が欲しいと時折新開は思った。行為の最中に痕を残すことはある。嫌がられても絶対に見える位置につけた。いくらかの牽制にはなるが、却って挑発する要因になる事も同じ男として把握している。きわどい位置につければつけただけ負けん気の強い男などは彼に迫るに違いない。

 男女の婚約者のように所有する証、例えば指輪があればいいのに、と細い指を掴んで思った。
 御堂筋は存外、押しに弱い。新開の交際を受け入れたのも面倒くさかったと口では言っているが、言い換えれば押しに弱い故流されたのだ。もしも、彼を想う誰かが身体だけで、一度だけでいいからと泣きついたら受け入れるのではないかと思うと気が狂いそうになる。
 幸い彼を想う人間の中に誰かの所有物を侵そうとする者はいなかった。だから新開は、もっとはっきり、これが自分のものであると証明するなにかが欲しかった。

 細い指にはきっと指輪が似合う。骨ばってはいるが、デザインを選べばきっと映える。
 重いから嫌だ、と御堂筋は拒否するだろう。指輪を渡しても引き出しに仕舞われて所有の証としては役に立たないのは目に見えている。万に一つつけてくれたとしても練習の最中、レースの最中には外すに決まっている。新開だって、婚約指輪をつけてはペダルは回さないだろう。それでは意味がない。御堂筋が一番魅力的である道の上で、彼が自分の所有物だと証明できなければなんの意味もない。

 手首を掴み、持ち上げて細い指に唇を寄せた。
「いっ…!」
 微睡んでいた目が見開かれた。
「なにするん!痛いわアホ!」
 突然走った痛みに覚醒した御堂筋がべしべしと新開の頭を叩く。
「…ん、ごめん」
「腹減ったんなら大好きなパワーバーでも食べたらええやろ!寝ぼけるのも大概にせぇよ」
 ベッドから蹴落とされそうな剣幕に悪い悪いと笑って謝って自ら降りる。ぶつぶつ文句を言って、御堂筋はまた布団を被った。
 布団を引く左手、薬指にくっきりと残った歯型を見て新開は一人笑みを深くした。

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あきゅろす。
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