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pdr
待ち人(東御)
 待たされることは嫌いではない。楽しみにしていた時間と相手を待つ事は約束そのもの以上にわくわくしたりもする。東堂も例にもれず待ち合わせのカフェに入って待ち合わせの相手が来るのを今か今かと待っていた。窓際の席を選んだのも、現れた彼をすぐに見つけられるようにだ。人の多い駅だが待ち合せに選んだのは閑散とした改札なので出てくる待ち人を見逃すことはまずありえない。
 普段は飲まない甘く熱い飲み物を一口含んで窓から見える階段を眺める。ファミレスやファーストフード店はしょっちゅう入るがコーヒーショップには滅多に入らない。注文の仕方はそれほど難しくなかったがメニューの多さに驚いた。外に展示されていたメニュー表を見てなんとなく名前が印象に残ったものをカウンターで口にした。
 キャラメル、と名に入っていただけあってキャラメルの香りがした。甘い物は苦手でもなければ好物というわけでもない。

 電車が駅に入り、まばらに階段から人が降りてくる。徐々に見える足の中に目的の人物はすぐには現れなかった。広いホームの逆に降りてしまえば階段までの距離はかなり長くなる。待ち合わせの時間を考えればトラブルさえなければこの電車に違いない。
 女子高生の集団が通り過ぎた後ろに、待ちわびていた靴が見えた。立ち上がって出迎えようとしたが思い直して椅子に戻る。よく知る足の横に明らかに連れだって歩くものが見えたからだ。それでなくとも改札を出れば何もない出口だ。偶然同じ場所に来るとは思えない。しかし今日はふたりで出かける約束をしていた。つまり彼の後ろからついてくる男は勝手についてきたことになる。あるいは、あまり考えたくないが彼が動向を許可したか、だ。

 カチューシャをつけている東堂に言えたことではないが長くさらりとした髪前髪を止めるバンドのせいでぱっと見は女性である男は記憶にある顔だった。
 確か彼の後輩で、名前は何だったろうかと思い出そうとしているうちにふたりは階段を降り切って周囲を見回していた。待ち合わせが階段下なのでどこにいるのか探しているのだろう。目のいい彼の事だからコーヒーショップの窓を視界に入れればすぐに気付くだろうが生憎と視線は階段の周りを巡ってから携帯電話に落とされた。数秒してからポケットに入れていた携帯電話にメールが届く。読まずともどこにいるのか尋ねる物なのか解る。東堂が遅れている可能性を考慮し、電車での通話を嫌う彼は普段あまり打たないメールを打ったのだろう。けれど今は目の前のふたりの距離の近さが気になってしまい目が離せなかった。
 いくらなんでも近すぎる。交際している東堂ですら外出時にあそこまで近くに寄る事は許されていない。東堂自身、男同士だからと周囲の目を気にしてある程度の距離を保って歩くようにしている。だというのに先輩と後輩、それだけの関係である2人がぴったりとくっついて会話しているのは非常に解せない。
 携帯電話をいじる手が苛立っているように見えるが相変わらず東堂の姿を見つけられない彼は画面と周囲を交互に見ていた。出るタイミングを見逃した。カップに残った甘い液体を飲み干したら外に出ようと決めてカップに唇をつける。ふと、特徴的な髪の少年の目が自分を捉えている気がした。生憎と東堂は恋人ほど視力が良くない。目が合ったかどうか確証は持てなかった。持てなかったが、次の瞬間それを確信して椅子を倒す勢いで立ち上がって店から飛び出ていた。背後で店員が慌てる声がして罪悪感が沸いたがそれどころではなかった。車が来ている事も構わず道路に飛出し危うく引かれかけながらも道を渡って階段下まで走る。
 繋がれた手の間にとびこんで、引き剥がし、黒い手袋に包まれた骨ばった指を掴んだ。
「ファ、どこから飛んできたん」
「そ、この、コーヒーショップに、」
 短い距離とはいえ全力で走ったからだけではない。異常な焦りのせいで息が切れていてうまく話せない。
「な、なんで、こいつが」
「会うたことあらへんかったっけ。小鞠やで」
「そういう事を聞いてるんじゃない!」
 思わず声を荒げると御堂筋よりも随分背の低い少年は素早く彼の背後に隠れた。一瞬、怯えたようにも見える仕草に謝りかけるが先の視線と今の彼の表情に頭に血が上って掴んだ指先を強く引いた。
「今日はふたりで出かけると言っただろ。なんで後輩を連れてきてるんだ」
「何でって、買い物って言うたやん」
 確かに今日は新しいグローブを見に行くと約束をした。けれど当然ふたりきりで、という約束だった。買い物をして、食事をして、越したばかりの東堂の部屋に来るという約束をひと月も前にしたというのに。
「ボクも同じ店に買い物に行くんでどうせなら一緒にって思いまして」
 愛想のいい笑みが妙に癇に障る。
「…別に一緒でなくてもいいだろう」
 飛び出してきたばかりのコーヒーショップに向けて返事も聞かずに手を引いたまま歩き出した。
「じゃあ、後で店で」
 ついてこようとする少年を振り切る為に解散の意を遠まわしに、けれどきっぱり告げてコーヒーショップに入る。
 飛び出して行った客が戻ってきた事で驚いた店員は、それでも接客業に慣れているらしくすぐに切り替えて笑顔で注文を聞いた。先と同じ甘い飲み物を二つ頼むと御堂筋が何か言いかけたが、どうやら彼も店のシステムに慣れていないのかメニューを把握していないらしく口を閉じた。

 窓際の席に並んで座ると、一口飲んだ御堂筋が「甘ァ」と呟く。それだけで先程までの苛立ちが一気に溶けていく気がした。
「…なんで連れてきた」
「ついてきたんや」
 両手でカップを持ち外を見る御堂筋の言葉に、道の上での狡猾さや裏は見えなかった。これだから困る、と東堂は熱い飲み物にため息を吹きかける。
 どう見ても東堂との逢瀬を邪魔しに来た後輩の意図を御堂筋は全く理解できていない。
「待つのは嫌いじゃないんだが」
「ボク、別に遅れてへんよ」
 待ち合わせをすると必ずと言っていいほど早めに来る東堂が好きで待っていることを御堂筋は知っている。待たせて悪かったと謝る必要は当然ない。
「今日は嫌だった」
 急激に不機嫌になり、甘い飲み物を苦々しい表情で飲む東堂に薄い唇から知らんわと呆れた声が漏れた。
 二杯目になるキャラメルの飲料は先程のような甘さがない。
 せっかく楽しみにしていたというのに。唇をとがらせて少しずつカップの中身を減らして時間を稼ぐ。早く行っては未だあいつが居るだろうという打算からだった。
 ちらと横を見ると御堂筋も随分ゆっくりとカップを減らしていた。不思議に思ってよく観察してみる。いつの間にか手袋を外してカップで暖を取る姿に気付いた途端、胃に入った液体から急激に甘さが広がった。
「…甘…」
「せやね」
 頭に血が上ったのと同様に、頬に血が集まるのを感じる。なんてことない仕草に自分の機嫌があっという間に直って行くのを実感して緩む口元を隠すためにカップの中身を一気に煽った。
「甘い」
「一気に飲むからやろ」
 甘い以上に熱かったが、体温が上がっていた東堂にはそれほど熱く感じなかった。
 カップで暖を取る恋人の横で携帯電話を取り出し地図を開く。駅から距離はあるが別な店に行くためだ。ひと月待った約束にこれ以上邪魔を入れたくなかった。

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あきゅろす。
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