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※シナリオの先(新御)
 なんでボクなん。と引きずり倒した身体が泣いた。

 冬も盛り、風もなく晴れた日。練習にはもってこいの天候だというのに御堂筋は薄暗い部 屋で毛布を被っていた。もともと休暇日であったから走りに出ずともおかしくはない。けれど彼を知る人間なら口を揃えて何故と聞くだろう。休暇であろうと、 御堂筋翔がこれだけ恵まれた天候で走らないはずがない。全力で回さずとも愛車と身体が鈍らぬように走るはずだ、と。
 御堂筋本人も、走りに出ない自分にいらだちを覚えていた。恐怖に負けるなどあってはいけない。自分は恐怖を与える側で、受ける側ではないのだ。
 大会の少ない冬、休暇の度に現れる恐怖から逃れるために、悪役であるはずの彼は柄にもなく毛布を被って蹲り震えている。
 今、彼が居るのも自室ではなく逃げて来た部屋だった。誰かに頼るのは嫌だったので、一年以上前に参加して勝ち取った賞品から宿泊券をひっぱりだした。一枚は久屋の父母に渡し、もう一枚は自分で使いなさいと返されたものの予定がなかったので引き出しに放り込んであった。


 推理小説を読むのが趣味だ。トリックや緊張感もだが何より人の心理や行動が小説の中で学べることが楽しかった。日生活では使えまいと思っていたが、ここ最近新開は物語に学んだ全てを感謝していた。
 新幹線の中で読んでいたのは心理学の本だ。推理小説で読む速度を鍛えた目は移動時間に三冊の本を頭に叩き込んでいた。
 京都について最初に彼に電話をかける。当然出ない。着信拒否をされているのは解っていた。目的は電話を繋げる事ではなく新開が電話をかけた事実を彼に知らせる事だ。幸いにも彼の携帯電話は着信拒否をしている相手からの電話履歴も表示する。
 人見知りをする彼と違い、誰とでも分け隔てなく話せる新開は石垣をはじめとする彼の周囲の人間を籠絡するのは容易かった。御堂筋が周りにどれだけ訴えたところで誰も信じないよう先んじて周囲の信頼を得ておいた。無論、誰かに縋る事を知らない御堂筋がそれをしない事も解っていた。
 休暇である事は山口に聞いた。同じスプリンターとして新開を少なからず尊敬している彼は御堂筋のやり方に不満を覚えており、話を聞いてやれば簡単に味方になった。当然まっとうな選手であったので、チームの作戦を洩らす事はない。新開が知りたい情報はそこではなく、練習の有無だけだ。彼個人のメニューが解らずとも部活の休みがいつであるかを聞く事はできた。そのまま聞いてしまえば警戒されるがテスト期間がいつであるとか、終業式始業式がいつであるか、最近始まった映画をいつ見に行くか、と他愛もない会話から推測した。
 御堂筋自身の休みは彼の家族から聞き出した。持ち前の見た目や声を使えば労せずして彼の義母や義妹から情報を得られる。選手ではないが、趣味で自転車に乗っていた義兄とは年齢が同じであったのですぐに親しくなれた。
 同じ大会で走り、彼の走りに感銘をうけたのだと言えば行儀はよく大人しい子供の貴重な友人として受け入れられた。こいつはいい人間ではない、と家族の前で新開を糾弾すれば逃げられただろうが絶対にできないと知っていた。
 義母や義妹は、一見好青年である新開を憎からず思っていた。義妹など憧れに似た感情を持っている事も解った。彼女が王子様と信じてやまない青年を、悪であると主張する事が御堂筋にはできなかったのだ。
 まして、その好青年に襲われているなど口が裂けても言えないだろう。

 前回捕まえたのは京都市外のさびれたネットカフェだった。仕切りが薄く上下は空いていて、けれど監視カメラの甘い場所だ。ハンカチを口に押し込んでから手でふさぎ、暴れないように関節を巧みに抑えて抱いた。時折薄い壁に身体が当たったが煩いほどに流れている古臭いJ-POPが掻き消してくれた。別な個室で男女が同じように、しかし合意の上でまぐわう声が聞こえた。成程此処はそういう穴場なのだなと意識を失った身体に三度目の精を吐き出してから思った。
 その前は京都伏見高校近くの公園で捕まえた。テスト期間であるにもかかわらず特別に練習を許されていた彼が一人で帰るところで公園に引きずり込んだ。広く人気がなく、入り口付近には痴漢や不審者注意を呼び掛ける看板が立っていた。
 彼が大切にしている自転車ごと園内にある公衆トイレまで引きずり障害者用トイレで情事に至った。長く使われていないであろう場所には下品な落書きがいくつもあり、行為を肯定されている気さえした。
 それ以前の事も全て鮮明に覚えている。逃げ隠れする場所を予想するのは難しい事もあったが楽しくもあり、場所を変えて彼を犯す事はリスクも含めて愉悦を感じた。
 確か、一番最初は彼の部屋だった。母屋から距離のある離れで珍しく勉学に励んでいた彼を背後から抱きすくめた。腕力の差は歴然だったので、最初に怪我をさせない程度に痛みを与えて身体が竦むのを確認してから進めた。恐怖を覚えてしまえば抵抗はほとんどなかった。
 大会での腹いせだと思ったのか、一度目の行為が終わるまで必死に歯を食いしばって耐えていた。二度目の行為に入ったところで、全く萎えない新開に涙目で「なんで」と御堂筋が尋ねた。恐らく、恍惚とした新開の顔が理解の範疇を超えていたからだろう。腹いせや仕返しではなく、愛しい物を抱く顔だった、と思う。自分の顔は見えなかったが抱いた身体が混乱していたので解った。
 全ての行為を鮮明に覚えていたが、初めて彼を抱いたその日の回数だけは曖昧だ。

 空気の澄んだ晴れた日だった。真冬の晴天は嫌いではない。寒いのは苦手だが晴れていれば太陽の暖かさで幾分かマシだ。風もなく、自転車で走るにはもってこいだった。けれど自転車狂である彼は恐らくこの晴天でもどこかに潜んでいるに違いない。新開からの着信に気付き、絶対見つからない場所に隠れなければと走り回っている筈だ。
 義妹に電話で尋ねれば案の定朝早くに家を出たと言われた。自転車を持っていかなったと聞いて電車で出かけたのなら、と行く先を想像した。初めて抱いた日、意識を失った彼の身体を拭いてから部屋中を調べつくした。レースに関係のある物には極力触れず、移動手段と行動範囲が解る全てを探し、覚えた。引き出しに放りこんであった宿泊券を思い出す。確かまだ、ギリギリ期限は切れていなかった筈だ。
 利用できる施設を携帯電話で検索し、高校生が一人で行っても不審に思われない場所を抽出した。所持金や、レース以外に使える額を考えれば行ける場所は限られる。ホテルでの行為は初めてだな、と足取りが軽くなるのを感じた。

 元々二人分の宿泊券だった事もありあっさり部屋に通された。係員の女性に懇願すれば困った顔で彼を呼びだす事を了承してくれた。新開の顔を見て逃げ出そうとした手首を掴み、俺が悪かったよと反論する隙を与えず捲し立てる。ホテルの従業員が不審に思わぬよう丁寧に謝って部屋まで引きずった。

 やっぱりベッドは違うねと言いながら犯している最中、なんでボクなん、と彼が言った。
 揺さぶる動きを止めて、耳元に唇を寄せる。なんで、オレだったのと聞き返す。

 理由は解る。箱根学園のエース、最速のスプリンター。折る事に重要性がある柱を折っただけた。

 シナリオ通りだと彼は言った。インターハイで彼が思い描いていたシナリオの中で新開は叩き潰された。仲間に支えられ何事もない顔で復帰して走る新開を彼はそのまま受け取っただろう。描いたシナリオの先で、己の手で折った人間がどうなるのか想像をしていなかった。
 道の上にしか、彼のシナリオは存在しない。シナリオの先で、道から降りた人間が壊れても狂っても彼は絶対に関知しない。壊れるのは弱いからだ、と吐き捨てるのがリアルに想像できた。
 そうだ、弱いからだと新開は思う。弱いからこうして彼の身体に縋り、道から外れた場所で忘れられないように刻み込むのだ。こうでもしなければ御堂筋翔という選手ではない人間は新開隼人を忘れるだろうから。
 彼が逃げ切れないのも弱いからなのだ。自転車に執着するあまり、御堂筋は新開から逃げられない。物理的な強さもなければ、誰かに助けを求める強さもない。狂った人間のその後を想像する強さもだ。

 
 行為の後に御堂筋は毛布を被って部屋の隅にうずくまっていた。大丈夫かと聞くが返事はない。目も合わせず爪を噛む姿にもう一回くらいいいかなぁなどと呑気に考える。聞き取りにくい声で何か言うのでミネラルウォーターを渡しながら顔を寄せた。

 キミなら男でも女でも選び放題やろ、と震える声が言う。
 だって、先に選んだのはキミじゃないか。微笑んで、被った毛布を引き剥がした。

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