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pdr
鬼の目に(新御パロ)
鬼新開×幼児御堂筋
(まなんちょを含みます)





 出会っている中で、記憶があったのは新開だけだった。
 箱根学園の自転車競技部の、普通の男子高校生であった頃も鬼にたとえられたが今の新開はたとえでなく鬼だった。
 神にたとえられていた仲間は実際の神であり、それ以外にも妖怪であったり、人間でも異界との間を繋ぐ能力を持っている者も多い。
 ふと、彼はどうなのだろうと気になったのは十八になった頃だった。この年齢になるまで思い出さなかったのは彼にこの歳で彼に会ったからだろう。
 彼ならば神だとしても妖怪だとしても、その二つを下す力を持った人間だとしてもおかしくない。
 
 男子高校生だった記憶の中での世界は平和だった。比べてこの世界は残酷で、力のない者はすぐに淘汰されていく。まさか彼が淘汰される側だと新開は思わなかった。

 地名は違ったが彼の学校のあった場所、あちらの世界で言えば京都にあたる場所に向い見つけた人間の子供は間違いなく彼だった。
 仲間全てが記憶の中と同じ年齢ではなかった。大きな差がある人間もいた。彼ほど幼くなった人間はいなかったが。

 襤褸切れのようになった子供を見つけ、最初に感じたのは信じられないというショックだった。あんなに強く恐ろしかった御堂筋翔が、小さく、今にも世の中に殺されそうだったのだ。同じ男子高校生だったとはいえ新開を叩きのめした彼が、力の差のある世界で最下層にいるとは信じられなかった。
 芯からか弱い子供が目の前で倒れていれば、鬼となった今でも駆け寄って助けたに違いない。まさか彼が、彼ならば自分が手を差し伸べることなどせずとも自分で起き上がって乗り越えるに違いない、そう思い箱根に戻る事に決めて歩き出した。
 歩く道すがら石垣に会った。彼はまだ御堂筋という人間を知らなかった。この先に子供が居ると聞いてな、と言う彼を思わず引き止めた。
 石垣は土地神だった。己の領地で最も力を発揮できるタイプだ。村々を見回っている途中で、親を亡くした子供の話を聞いてかけつけたそうだ。不治の病にかかり、感染を恐れた人々に村八分にされた母子を探していて、ようやく見つけたのだと石垣は説明した。
 大丈夫だ、誰もいなかった。そう口にしたのは無意識だった。石垣が念のため見に行くと言うのを止めて強引に帰路につかせた。石垣の背が見えなくなってから御堂筋が倒れていた場所に走る。彼は変わらずそこで死体のように転がっていた。母親の遺体は、恐らく村人に焼かれたのだろう。この世界は記憶にある場所よりも医療が進歩していない。未知の病に対して過敏になる事は間違いではない。彼らの気持ちも解る。
 このまま死のうと決めているであろう身体を仰向けにする。予想以上に軽い。
 鬼とはいえ、人間を食べることはない。食べられないわけではないが福富の仕切る箱根では神も妖怪も総じて人間に危害を加えてはいけないことになっている。西ではどうだかわからない。石垣に確認すればよかったと思いながら箱根に向かった。

 目を覚ました御堂筋は、布団から飛び起き部屋の隅に逃げた。矢張り他の者同様別の世界の記憶はなかった。怯えると同時に、新開が鬼であることも構わず憎悪の目を向けた。異様なまでの怯え方に、どうやらあちらの地域では人間に危害を加えても構わないようだと察することができた。
 土地を納める神がおり、神の意思が人間に危害を加えない事だとすればある程度は守られる。福富のように意思だけではなく土地全体を仕切り、人間に危害を加えた者を厳重に罰すると決めていれば尚更だ。しかし御堂筋の所在を知らなかった石垣を見る限り、彼は妖怪も人間も自由意思で生きることを尊重しているに違いなかった。一見優しいそれは、強い物が生き残る社会を形成しているのだが年若い彼はまだ気付いていないのだろう。あるいは、死にかけた幼い御堂筋と出会っていれば彼の考えは劇的に変化したのかもしれなかった。
 石垣の変化を妨げたかったわけではない。新開も、種を超えた生き物が傷つけあうのは好まない。けれどそれ以上に、何も知らない弱い彼を自分の手にする誘惑に勝てなかったのだ。

 何の変哲もない男子高生であったころ、新開は彼に焦がれていた。敗北した夏、十八年生きてきたすべてを否定されただけではなく、どんなに伝えても振り向かず手に入らない彼を諦めることができなかった。
 その人生を、新開は悔やんでいる。
 同性であった事、同じ競技の選手であった事、敗北者である事、全てが彼に想いを伝えるには障害だった。伝えても信じてもらえず、彼は新開を避け続けた。真摯な気持ちで訴え続ければ、いつか、たとえば彼が自転車を降りる時でも構わず待ち続けようと決めた想いは最悪な形で裏切られた。
 自転車から降りた彼は、死という形で新開から逃げ切ったのだ。あの夏のスプリントリザルトから追い続けた背中はどんなに手を伸ばしても届かない所へ行ってしまった。
 しばらくの間呆然と日々を過ごした。置いて行かれた事を憎いと自覚した時、彼に対する思いの中に憎むほど愛があったのだとその時に気付いた。生きている間に一度でも彼に抱かれたり、彼を抱くことができたら少しは憎悪が少なかったろうとさえ思えた。
せめて、訴え続けた想いに一度でも耳を傾けてもらえたなら違ったのかもしれない。

 怯えて部屋の隅に縮こまる少年を上から下まで見る。年齢はまだ十も満たないか、あるいは十を超えていても栄養失調で成長が遅いのだろうと思った。
 自転車のない世界で、彼は明らかに弱者だ。母を亡くして一人きりで死に向かっていた彼を見るに、父親はとうの昔に姿を消すか命を落としているのだろう。自身の生い立ちを考えれば、記憶にある世界と連動している部分が多く、恐らくは普通の男子高生であった御堂筋も母を亡くしていたのは想像に難くない。
 そうであれば開会式で総北の一年生と揉めていたあの話はなんだったのだろうと怯えて青ざめた顔を見て考える。母をなくした選手が、相手の動揺を誘うために自分の傷を抉るような真似をするのだろうか。彼はしたのだ。そして一位を勝ち取った。狂っている。鬼として育った今でさえ、ただのスポーツ選手であった彼の狂気は背筋を震わせた。

 その彼が、今は幼い子供として目の前で鬼に震えている。もう一歩で世界から淘汰される程か弱い生き物は、確かに彼だ。彼が狂った選手として成り立っていた世界は弱さを隠してなお生きていけるだけの恵まれた場所だったのだ。
「…御堂筋、くん」
 ピ、とまだ声変わりしていない声が聞いたことのある奇声をあげた。何故名前を知っているのか、という怯えた目がこちらを向く。名前は重要だ。鬼や神に名前を教えてはいけないときっと彼も親に習っただろう。
 怯えた目は、それでも憎悪を持って新開を見ている。御堂筋翔と言う少年はきっと鬼だけではなく人も神も憎んでいる。石垣に拾われたとしてその後、彼がどうなるのか考えた。恐らく、石垣をも利用して異種も人間も殺せるほどの力を手にしていただろう。当然そこに至るまでに血のにじむような努力をする筈だ。新開の知っている御堂筋翔ならば間違いない。この世界に御堂筋翔という人間が、何の妨害もなく形成されていたとすれば世界に対する復讐者になっていたはずだ。
 インターハイは八月の頭で、七月に誕生日を迎えた新開が彼を思い出して京都に向かったので歯車が狂ったのだ。執念だ、と新開は思う。生まれ変わりか並行世界かは解らないが、死に逃げた彼を追ってきたような気がした。
 細すぎる脚を掴み、縮こまった身体を強引に開くように畳に押し付ける。虫を標本にしている気分だった。
 怯えきって悲鳴も出ない子供は圧倒的な力の差に抵抗もせずに目を白黒させる。
「つかまえた」
 人間との境を重視する仲間に見つからない様にここまで連れてきた。彼らはきっと孤児である御堂筋を保護し、人の中に帰すだろう。帰された御堂筋は、遠回りこそすれ過去と同じ道をたどるに違いない。信じた道を進み、最後には新開の手の届かない所に逃げる。
「大丈夫。優しくするから」
 人の肉を食べた事はない。新開が生まれた時から箱根では禁じられていた。味も知らぬ物を食べたいと思ったことは一度もなかった。今は違う。目の前で震える、食べる部分もなさそうな小さな生き物が酷く美味そうに見えた。
 参列した葬式で見た、綺麗な彼の死に顔を見た時と同じだ。
「心配しなくても取って食ったりしない」
 死に物狂いで暴れる子供を片手で畳に縫い付けて新開は笑った。鬼の笑みに怯えて、子供の歯がガチガチと鳴る。
「逃げたら、わからないけどな」
 ずっと欲しかったものが、理想の形で目の前にある。あまりの感動に鬼として生まれてから初めて新開は泣いた。
 人間よりも幾分逞しい身体の新開と引き換え、普通の子供よりもずっと小さく細い身体だった。壊れてしまいそうだと思いながら喉を鳴らして薄い唇を指先で撫でた。
「ひ、んっ…」
 唇を割って指を潜り込ませると小さな歯の感触があった。強引にこじ開けて綺麗な歯並びを確かめる。こちらの世界でも歯を磨く事はできるのだと感心してから更に広げる。記憶にある長い舌は体と同じでずっと小さく、大きく開かせた口も過去に比べれば可愛い物だった。
 歯を立てようとする口はしかし、新開の力に適わず僅かに開閉するだけだ。皮膚に当る小さい歯の感触に耐え切れず唇を奪った。
「ん、ぷぁ…う、ううっ」
 小さい口は舌をねじ込むだけでいっぱいになり、苦しげな呼吸と共に唾液が隙間からだらだらと溢れた。口を放すとぼんやりした瞳と目が合う。
「少しマシになったろ」
 向こうの世界ではなかった治療法だと付け加えるが曖昧な意識の中に居る少年はうっすら目を細めるだけだ。消耗し、今にも消え入りそうだった命の灯に有り余った自分の物を分けてやった。訓練すればこちらの世界では人間同士でもできるらしい。神、妖怪の類はよほど相性が悪くなければ誰とでもできた。皮膚の接触や、高度なものになれば手を触れなくてもできるそれは、一番効果が早いのが体液の交換と粘膜の接触だ。
「ほら、いい子にしてればもっとあげるから」
 突然流し込まれた高濃度の栄養に意識が追い付かないらしい。薄く開いた口から小さな舌を出し、言われるままにねだる姿は赤ん坊のようだった。
「ん…はっ…」
 唇を合わせて今度はゆっくりと舌を絡ませる。
連れて来てすぐに一番小さい浴衣を着せたがそれでも大きかった。裾をたくし上げ、上半身の布を乱さないまま幼い下肢を露わにして掌で脚から腰を撫でた。膝裏の柔らかい部分から、臀部までの間はとても短く、手を広げれば掌で届いてしまいそうだ。尻など片手で覆えてしまう。薄い肉に、胸がざわついて必死に舌を吸う少年の腰を両手で押さえつける。
与えられる栄養に没頭していた少年が我に返って鬼の頭を押し返そうと暴れ出した。全力で暴れてもびくともしない鬼に子供は泣きながら母の名を呼ぶ。胸が痛む、と頭の中に常識的な言葉が浮かんだ。実際新開の胸は痛いほど鳴っていた。いやだ、こわい、たすけて、おかあさん、と泣く声はまだ幼く変声期を迎えていないがどこか彼の声に似ている。全く鍛えられていない体に彼の面影はないと思ったが触れれば触れる程彼を思い出した。泣きじゃくる顔は一度も見たことがない筈なのに彼が泣けば間違いなくこうなるのだと解った。
すぐにでも射精してしまいそうな興奮を覚えて暴れる体をひっくり返し、むき出しの腿に噛みついた。人間と違う鋭い歯が当たり、じわりと血が滲む。畳を掻いて逃げようと這う子供が悲鳴を上げた。
か細い声が母を何度も呼ぶ。
脹脛は指が回って余る程細く、片手で掴んでいればどんなに子供が暴れても逃げることはできなかった。小さな双丘に唇を寄せ、怯えた声を聞きながら舌で嬲った。
「あ、あ」
 小さく狭いそこに舌をねじ込み、広げるように舐める。今の彼の身体では指で慣らすのも厳しいのは目に見えて解った。目の前の馳走にあふれ出る唾液を使って性急に広げていく。
「いっ…や、やぁ…あっぅあぁ」
 恐怖だけではない声を耳が拾い、新開は唇を歪める。そろそろいいかと、それでもまずは小指を挿し込んだ。異物に細い肩が跳ねて逃げるために畳についていた手が崩れた。
「ふぁっあ」
 散々唾液で濡らされたところを強く押され全身が小刻みに震えるのが解る。奥まで入れて揺すると小さな体が魚のように跳ねた。
「狭いな」
 小指一本でこれではとても性器は咥えられないだろうと舌打ちする。熱い肉壁を広げるように動かせば幼い身体は必死に快感を拾って痛みから逃げる。興奮している鬼の体液で快感が増幅しているとはいえ強引に挿入すれば間違いなく裂けるだろう。
 薬指を増やしたところで痛みが快感に勝った子供の身体が硬直した。上がっていた体温が下がり始めて震えた唇から歯の鳴る音が聞こえる。
「…悪いな。我慢できそうにない」
 自身の和服の前を開けるとこれから起こる事を察した子供がひきつった息を吐いた。
「そんなに怯えなくていい。さすがにこのまましたら、おめさん壊れちまうだろ」
 なるべく負担をかけないように、今さらだが畳の上から布団まで小さな体を運んで俯せにする。腰を掴んで軽く持ち上げてから一瞬目を閉じた。
 神や狐狸の類に比べれば得意分野ではないがかつて自身が経験した姿形であれば鬼も変化が可能だ。新開が化けたのは、人間だった頃に野兎を轢いた年齢の姿に近かった。鬼として生まれてからの成長はとても早く、その姿の頃は恐らくまだ今の御堂筋と同じ年齢だった。かつての十八歳だった姿は数年前に通り過ぎていた。
「これならなんとか…」
「んっぁ、ああっ!」
 幾分縮んだとは言え指と比べ物にならない圧迫感に小さな手が布団を掴む。
 彼とは別人だが、間違いなく彼なのだという事実に興奮が抑えきれなかった。泣き叫ぶ体を無遠慮に揺さぶって、自分でも早いと思いながら一度目の精を狭い体内に吐き出す。
「…は、…御堂筋、くん」
 律動が収まり息をついていた子供がまた震えた。
「なん、なんでなまえ、ぼくの」
 初対面の鬼に名を呼ばれた恐怖を思い出して震える体を抱き起す。体の大きさは変わったが腕力は変わっていない。座り抱きこんだ細い身体はつながりが深くなり喉を逸らして鳴いた。
「ぴ、ぁっ」
「オレはね、ずっと探してたんだ」
 小さな顎を掴んで振り向かせる。涙で濡れた目に、また背中に快感が走った。
「ふぁっ、あ」
 内に収まっていた性器が硬度を取り戻す。敏感な体が感じ取って身悶えた。
「まさか死ぬなんて思わなかったからなぁ」
 自転車に乗っていなかった御堂筋翔は弱かった。病気が発覚して、それからはあっという間だった。海外から戻り引退を記者会見で発表して、一週間と経たないうちに彼は死んだ。入院もせず、実家に戻ってかつて使っていた離れで静かに息を引き取ったのだと後に家族に聞いた。
 チームメイトも旧友も、誰も知らされていなかった。当然ただの知り合いである新開も記者会見を聞いて慌てて帰国したが着いた時には彼は既に居なかった。
「ひ、ぁ…あ…あっ?い、あっあ」
 びくりと細い肩が強張った。二の腕を掴む手と、体内にある性器の大きさが急激に変化したせいだ。掠れはじめた声がひっきりなしに助けを求める。
「悪い」
 二度目になる謝罪を口にして、つながった箇所を確認する。幸い、裂けてはいなかったがぎちぎちと音をたてそうなほどきつかった。すっかり元の身体に戻った新開は興奮を抑えきれない自分に苦笑する。
 彼の葬儀に参列した日を思い出した途端、腕の中の小さな体に対する欲が抑えきれなくなった。
「あ、ぁ、ぅぁ」
 すっぽりと抱きこめてしまう体が全身を痙攣させる。振り向かせるのではなく仰向けて顔を見る。それほど今のふたりの体格には差があった。
「たすけ、…あっ、ゆる、ひて」
 わけもわからず救いを求め、許しを請う声が脳をしびれさせる。恐怖で震える子供の懇願がまるで勝手に死んだ彼が罪を贖うそれに聞こえた。
「いいよ。こうして戻ってきてくれたんだ」
 陸に上げられた魚のように口を開閉していた子供が、許された事に安堵して長く息を吐いた。
「もう勝手に居なくならないでくれよ」
 受け入れきれない性器で膨らんだ腹を撫でる。長い爪が皮膚を這う感触に体が硬直する。幼い性器の先を爪で撫で、緊張を解くように優しく撫でた。
「逃げたら骨も残さないで食べるから」
 今の自分にはそれが容易にできる。かつて人間だったころ、彼を食べてしまいたいと願った。人間であるが故にそれは途方もない願いだった。実現するには時間と労力が掛かり、法にも人道にもそむく行為だった。今はそれがない。一部の仲間の目さえ潜り抜ければこの小さな体をそっくり胃に収めるのに一時間もかからない。
「それはそれで、いいからさ」
 逃げたければ逃げていいぜ、と小さな耳に吹き込む。ぐったりとした体が消え入りそうな声で母の名を呼んだ。健気な声と狭い胎内に思わず二度目になる吐精をする。人間の数倍の量の精液が放たれたそこから、ごぽりと音がして白い液体が溢れて布団を汚した。

 目を覚ました子供に、生きたいのなら何か食べろと言ったが部屋の隅で膝を抱えて動かなかった。飢えて死にたいという意思表示だ。部屋から出ようとした形跡が見えたが、張った結界は破けなかったようで剥がれた爪が痛々しかった。
 食べたくないなら仕方ないな、と微笑んで細い身体を布団に引きずり込む。
「捨てたんだろ、これ」
 心臓の上に手を置いて言うと丸い目が見開かれた。
「これ…?」
 大きな掌の上に細く小さな手が重ねられた。
「いのち」
 なら、オレにくれ、と低い声で言って笑って着ている物を剥ぎ取った。普通に栄養を摂取しなくとも、毎日精を注ぎ続ければ死なない。彼にとってそれは地獄にも等しいだろうが新開にはこの上ない幸せだった。
 おかあさん、と音を出さずに薄い唇が泣いた。


 並行する世界から世界へ移る力が真波にはあった。天狗の先祖返りとして山に生まれ、麓の巫女見習いの少女と過ごす自分は覚えている中でも珍しかった。一番印象に残っている、というより多く経験している世界は学校と言う場所に通っていた頃の物だった。二つの車輪を人力で回し走る競技が全てだった。
 真波以外に別の世界を旅している者はいなかった。少なくとも、他の世界ではそうであったので探すこともしなかった。記憶は生まれた時からあったので、初対面の相手でも全て知っていた。十六を過ぎた頃、記憶の中でも印象的だった御堂筋翔はどうしているか気になってそれとなく周囲の人間に尋ねたが誰も彼を知らなかった。同郷で一番話を聞きたかった新開は、真波と出会って数か月後、姿を消していた。学校と違い、顔を合わす機会も少なかったので話を聞く間もなかった。自分の縄張りに引きこもったと荒北から聞いた。それなりに力のある者が自身の縄張りに閉じこもってしまえば外からは干渉できない。
 嫌な予感がした。いくつかの世界の中で、新開はいつも御堂筋を見送っていた。彼が先に逝くのを見送る新開は、ともすれば狂いかねない闇を抱えていた。
 大好きな少女との時間を、自分と言う意識のままで繰り返せる事は幸福だった。自分の能力に感謝していたが、ループする中で必ずと言っていいほど不幸になるふたりを、真波は知っていた。知って、見て見ぬふりをしていた。他人の痴情のもつれなど関わっても仕方ない。首を突っ込んでいい問題ではないと思っていた。
 新開隼人と、御堂筋翔というふたりの関係は真波から見て酷く歪んでいた。弱者が淘汰されるこの世界で、彼らの関係がまっとうであれるはずがないことも予想できた。
 石垣に会い、御堂筋という名の子供がひと月ほど前に死んだと聞いてほっとした。生い立ちを聞いた限り彼は淘汰される側であり、鬼として生まれた新開に会えばどうなるのか想像したくなかったからだ。いっそ自然淘汰されてしまったほうが幸せであった末路を真波は幾度か見たのだ。
「名前はあとで知ったんやけどな。ああ、そういえば居なくなっとるのを確認したのは新開やったな」
 その時の事を思い出して話す石垣の言葉に、真波は聞いた事を後悔した。
 ひと月前に石垣の領地を訪れた新開がどうやって御堂筋の事を知ったのかはわからない。けれど石垣の足を止める必要があるとすれば理由はひとつだ。
「この世界も駄目だったんですね」
 なにが、と聞く石垣に答えず真波は帰路に着いた。早く帰って愛しい少女の顔を見なければ自分も狂ってしまいそうだった。
 石垣を追い返した直後なのか、それとも連れ帰って自身の縄張りの中でなのか、あるいはまだ先になるのかもしれないが新開はきっと御堂筋を逃がさず胃におさめた、あるいはおさめるに違いない。元は優しく面倒見のいい男を狂わせたのは、ここではか弱く死にかけた子供である御堂筋翔に違いない。恐ろしく狡猾で強かった彼を、もしかしたら新開は覚えているのかもしれない。そう考えれば辻褄が合う。探して見つけて、今度こそ逃がさないと捕まえたのだ。
 助けに向かおうとは思わなかった。向かったところで間に合わない可能性の方が大きい。なにより、渡り歩いてきた世界で一度も成就しなかった恋を叶えてやりたいと思ってしまった。力があり、法も道徳もないこの世界ならば狂った男の願いが叶うかもしれない。
 世界の法則に則って、一人のか弱い子供が鬼に食われて死んだ。それだけの事だと自分に言い聞かせ、羽を広げて天狗は地を蹴った。






                        終



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