pdr 桜拐/和の文字パレット(新→御) 和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/505144195518971905/photo/1)使用でリクエストをいただいて書きました。 御堂筋君のおかあさん 4.撫子/花曇り/憂う 満開の桜の下を、誰かの手を引いて歩いていた。知っている相手なのか、それとも違う誰かなのかわからない。 振り向いて顔を見ようと思うのだが、どこかで振り向くなと声がする。振り向いては、手をほどくのがつらくなると。いつかは解かなければいけない細い手。振りほどく事がつらくなるから、顔を見てはいけないのだと誰かが耳元で囁いている。 薄暗い道は空を見ずとも曇天である事がわかった。 満開の桜がもったいない天気だ。手に縋る相手もきっと残念に思っているだろう。縋っている、そうだ、手を引いているのではない。何処か怯えた様子で縋りついている。満開の、視界をくらませるような桜は人によっては恐怖なのかもしれない。 こんなに綺麗なのに、と言ってやりたいのだが誰だかわからない。誰だかわからない相手に、どう声をかけたらいいのかもわからない。 ふと桜の色よりも濃い色が視界に入る。自身の着ているジャージだ。桜の花弁が描かれているそれは、けれど桜よりも深い色だった。地面に向けていた視線を前に向けると、待ち合わせていた人物が手を振るのが見えた。視力はこちらの方がいいと言うのに、いつも先に見つけられる。まず、先に着いているのがいつも向こうだ。足を速めてやる義理もないのでゆっくりと歩を進めると縋りつく手がますます強くなった。 おかしい、とそこで初めて違和感を覚えた。自分はジャージではなく私服で歩いていたはずだし、待ち合わせも桜が満開の道ではなかった。何より細く縋る手に心当たりが微塵もない。 待ち合わせの相手が桜にも劣らない華やかな笑みで手を振り、呼んでいるのに縋る手の冷たさで先に進めない。 ざざぁ、と音がするほどの風で桜が舞った。視界がくらみ、空いている手で思わず目を覆う。細い手が弱い力で背後に引こうとした。あまりに弱かったのでふらつく事もなかったが、逆にその誰かが耳元に顔を寄せるのがわかった。 憂いを帯びた、か細い声が耳元で訴える。 「どうした。ボーっとして」 待ち合わせた場所に姿を見せたものの、いつまでたっても離れた位置から歩かない御堂筋に焦れて近付いた。どれだけ誘っても映画も遊園地も美術館も頑なに拒否した彼が自転車のパーツを探すのにいい店があると言ったら一も二もなく頷いた事に新開は驚きを隠せなかった。 実際に来てくれるかさえ、彼が姿を見せるまで不安だったが、桜が並ぶ道を人並みに紛れて歩いてくる姿にほっとした。視界に入って手を振るのと同時に、御堂筋は急に足を止めたのでまさか帰ってしまうのかと不安になった。 しばらくしても歩み出さないので人波を掻き分けて話しかけたのだ。 「…いや、なんもない…」 不思議そうに振り返る御堂筋は、まるで誰かを探すように真横から後ろを見ていた。それからようやく周囲の人ごみに気付いたようで新開は首を捻る。いつの間にこんなに人おったん、と呟く声にずっといただろと返すがどこか上の空である彼は納得していなかった。 「さくら」 「ああ、綺麗だな」 花見客の間を縫って歩き出す。人波に飲まれぬように手を引くと、御堂筋が小さく声をあげた。驚いたような、怯えたような声だった。 「どうした」 二度目になる問いかけに、御堂筋は小さく首を振った。 「ひとりで、あるける、から」 珍しい表情だった。思わず喉を鳴らしそうになるのを耐える。はぐれないでと言ってからペースを落として歩き出した。人ごみが苦手なのだろうか。それとも桜が。 離れすぎないように、人ごみを歩くのに邪魔にならない程度に距離を保って進む途中、御堂筋が独り言を言うのが聞こえた。 人間の耳というのはよくできていて、どんな喧騒の中でも本当にそれを欲していれば小さな音でも正確に拾うことができる。 (おにに、さらわれへんように) 不可思議だが、何故か新開には妙な愉しさを与える言葉だった。 思いついたような声ではなく誰かに言い聞かせられた事を、子供が繰り返すような声だ。 桜の花弁が舞い、曇った空に色をつける。ようやく自転車から離れた彼と並んで歩いているという事実をかみしめ、新開はこっそり微笑んだ。 Rさんリクありがとうございました。 リク通りでない結果になってしまって申し訳ないです。 [*前へ][次へ#] [戻る] |