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※▼悠久の唄(悠御)
※人外パロ・悠御







 彼を見た瞬間救われた。自分以外に「そう」であるものを見つけた気がしたからだ。実際には「そう」でなかったが間近で見た彼は遠くから見るよりずっと魅力的で、食欲がそそられた。
 怯えて逃げる足首を掴めば簡単にバランスを崩して壁に額を打った。痛そうだねと近付いて体をかがめると彼特有の鳥のような虫のような声が聞こえた。
 可愛い、可愛い、なんて美味しそうなんだろう。大きな瞳も大きな口も綺麗な歯も長い舌も。
 真っ暗な部屋、悠人の作った巣。許された物しか入れない、出ることもできない生暖かい空間に引きずり込んだ獲物が叫ぶ。反響する声に全身が震えた。新開悠人という少年の身体だけではなく、隠していた醜い部分全て。

 新開悠人が新開悠人として意識を持ったのはほんの数年前だ。新開家の子供は新開隼人一人だった。長くそこに建っていた家の、さらに長くからあった「それ」を人間は知らなかった。「それ」自身も自分が何であるのか知らなかったので後から来た人間が知ることがないのは当然だ。新開隼人を見た「それ」は彼を美しいと思った。感情が生まれ、真似るうちに彼の弟としてそこに存在した。
 人間の記憶は悠人がじっと見つめるだけで思いのままに操作できた。人間になりたいと思って彼を真似ているうちに「それ」は自分が人間だと思い込んでいた。
 高校に入る頃、兄と同じ自転車競技部の選手の中に兄と同じくらい美しい人間を見つけた。東堂尽八、真波山岳、二人とも美しく、彼らのようにもなりたいと思った。兄の容姿を真似た自身の姿を見難いとは少しも思わなかったが彼らのようになりたかった悠人は兄と違う選手の道を選んだ。
 ペダルを回し成長を感じ始めるのと同時に、自分が人間ではない事を思い出した。成長するほど内に隠した人ではない部分が増えた。悠人以外には入れない秘密の空間に閉じこもる時だけ現す正体は誰が見ても醜い化け物だった。新開悠人である少年の肌から肌のいたる場所から生える気味の悪い器官は蛸の足や植物の蔓を彷彿とさせる。美しい物に焦がれて変化した悠人にとって自身の正体は嫌悪の対象だった。悠人として存在するはるか前から存在していた意識の中で探していた同種は結局見つからなかった。人間として生きていくと決めたからには必要ないと思っていたが美しいものを見てしまった悠人にとって完全にそうなれない身体を引き裂いてしまいたい痛みと、同時に沸く欲に日々脳が蝕まれて行った。
 彼を見つけた時、本当に心から仲間だと信じ切った。信じ切れるほど彼の姿は人間から離れていた。間違いなく同種だと信じ、誰も入れた事のない部屋に招いて初めて勘違いだと解った。
 ただの人間で子供だと解って襲ってきたのは落胆ではなく別な欲だった。誰にも見つからないように作った巣の用途を、長く生きてきて初めて知った。ここは巣ではなかった。
「御堂筋、さん」
 粘った音を立てて体の一部で掴んだ足首を強く引いた。ひっくり返った悲鳴が耳に心地いい。柔らかな感触だ。少し力を入れれば簡単に皮膚を裂き筋肉も骨も砕けると確信する。
「暴れないでください」
 怯え震える獲物に喉が鳴る。無意識に伸ばす器官を制御するのに慎重になるのがわかる。四肢を抑え込んで嫌な感触がする壁に押し付けた。部屋の素材も身体から伸びる一部と同じだ。肉塊に囲まれた部屋。ここに一人で閉じこもると身体は休まりどこにいるよりも安眠できるが悠人はここが嫌いだった。少しも美しくない。赤黒い壁と床と天井。室内に漂う鉄のような香り。「それ」にとってどこまでも安らぐ場所だ。その事実が悠人にとっては吐き気がするほど嫌だった。こんな場所がなければ生きていけない自身が心底嫌だ。
 仲間だと思い込んで引きずり込んだ人間を見て初めてここがなにかわかった。鉄の香りも身体の一部と同じ素材もこの為だったのだ。
 人間に扮して過ごしている間、何を口にしても悠人の舌は味を感じなかった。食感を楽しみはしたが皆が言う味は理解できず、臭いもわからなかった。食欲は一度も覚えた事がない。たった今まで。
 ここは餌場だった。赤黒い壁がじわじわとぬめり始めた。押し付けられた過敏な肌が感じとって不快感にうめき声をあげた。奇妙に高い少年の声に心身が昂ぶった。喉が鳴るだけではない。胃袋が痛いほどに空腹を訴える。頬に熱が集まり目が潤んだ。食欲だけではなく性欲までも目の前の薄い身体に高まっているのが解った。
「暴れないで、御堂筋さん」
 同じ言葉を繰り返し、未だ人間の形を保っている手で頬に触れた。想像よりもずっと柔らかな頬だった。
 抑え込んだつもりの欲が溢れてほとんど無意識に唇を塞いでしまう。小さな突起に覆われた身体の一部を押し込まれた口からはもう意思を持った声は出ない。呼吸をするための必死な息だけが耳に届いた。
 兄が初めて射精を迎えた朝の事を悠人はよく覚えている。自身には一生関係ないと思った生理現象と快感。背中を走る寒気に似た、けれど熱い痺れにあの朝の兄のわずかな羞恥が頭をよぎる。
 壊さないように気を付けながら他の箇所に比べて肉のついた太腿を割り開いた。興奮で分泌された粘液を塗りたくり奥へ奥へと器官を進める。逃げようともがく体がこそばゆい。身悶え逸らされる腰と背がこの上なく悠人を煽った。恐怖で冷え固まった身体の内側はそれでも暖かく受け入れてくれた。内臓をかき分けて進み、薄い身体が反応する箇所を執拗に嬲った。恐怖と嫌悪だけだった反応に生理的な快感が混じり体液が漏れると僅かな香りに悠人の背に走る痺れはますます強くなった。腰が震え、肌から伸びる過敏な部位のぬめりが増える。興奮に飲まれかけて必死に首を振った。少しでも力加減を間違えれば薄い腹を突き破ってしまう。まだ駄目だ。まだそれをするのは早い。満たすべきは空腹だけではない。
 粘着質な音が響き部屋の温度が上がる。何度も意識を失っている御堂筋からはすすり泣きに似た声が漏れていた。
 御堂筋の身体は男として不完全だったが悠人にとってはどうでもよかった。不完全な骨ばった身体が何より上質な馳走に見えた。内側に欲を放つ快感に夢中になり、気付いた時には薄い腹が痛々しく膨らんでいた。うつろになった真っ黒な瞳を舐め、膨れた腹を撫でると舌を垂らした唇から泣き声が漏れた。泣き声の中に含まれた現実を受け入れられない嘆きが、吐き出し落ち着いた欲を再び揺さぶった。
 性欲以上に満たされていなかった空腹に、足首に巻かれたままだった一部が暴走した。うつろだった目が見ひらかれ啜り泣きだけだった声が悲鳴を上げる。もともと満ちていた鉄の香りが鮮烈な香りに染まった。床に染みた真っ赤な体液はあっという間に吸収されて部屋全体が明るさを帯びる。急激に満たされ悠人は熱い息を吐いた。千切った足首を取り込んで全身が歓喜する。ひっきりなしに漏れる悲鳴すら天井や壁が吸い込んで悠人を満たした。
「ぅああ…」
 美味しい。片方の足首だけでこれだけ満たされるとは思わなかった。
 失った足首を視界に入れて悲鳴を上げ続ける御堂筋を見下ろして唇を歪めた。まだこんなに残っている。足首から上に手を這わせると悲鳴が止んだ。怯えた瞳が化け物を映して涙の膜が厚くなる。
 食べてしまったら消えてしまう。この大きな瞳も大きな口も、そこから覗く綺麗な歯も長い舌も薄い身体も全部。勿体ない。もっとゆっくり、ゆっくり味わいたい。膨らんだ腹にふと思いついて悠人は人の形を残した上半身を起こして両手を合わせた。いいことを思いついたとでもいう仕草に御堂筋の瞳がぱちぱちと瞬く。驚いた顔が幼く見えて優しく微笑み返して、悠人は赤黒い部屋が餌場だけではなかったと確信する。
 全ての生き物が生まれてくる理由は一つだ。新開悠人になる前の「それ」がなんであれ同じ種が存在しない限り生き物としての目的が果たされることはない。他に方法があるかどうかすらわからない。
 彼を「そう」だと思ったのは見目が異形だったからだけではない。人間でいう所の一目ぼれだったのだと部屋で犯して解った。彼ならきっと出来る。というより恐らく「それ」には可能だ。自分以外の身体を苗床にして新しい命を産める。ほんの一欠けらだけで空腹が満たされた理由は命が産まれるまでにもつようにかもしれない。きっとそうだ。

 誰も入れない、出ることも出来ない部屋の中に嬉しそうな笑い声と悲痛な泣き声が小さく木霊した。







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