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pdr
※視認(新御)

T村への3つの恋のお題:あと少しだけこのままで/つめたいまなざし/寂しいときに限って居ない
https://shindanmaker.com/125562

「意外な所で会ったね」
 意外、と口に出して思った以上に自分自身がそう感じていたと気付かされた。京都のどこで会えるかと当たりをつけてブラついていたのだがまさかここで。広いショッピングモール内でもおおよそ彼に相応しくない女性用アクセサリー売り場。周囲を見回しても男一人の客は彼以外に居ない。
「妹さんの?」
 以前彼の家に行って挨拶をした記憶は新しい。可愛らしい妹の誕生日は社交性の高い新開が聞き出すのは難しくなかった。御堂筋が熱心に見ているアクセサリーの系統は義妹に似合う色形だ。
 期待したのはキミには関係ないだろうという嫌そうな声だったのに、孵ってきたのはたった二文字の理解できない単語だった。

だれ?

 冗談や嫌味ではない。真剣に、僅かな怯えを見せた目は人見知りの少年そのものだ。

 名乗る事も忘れ、買い物を終わらせて見知らぬ人間から逃げていく背を見守ってしまった。
「誰―、って」
 本心だった。インターハイで競った相手を忘れるような選手でないのは新開もよく知っている。だというのに御堂筋の目は間違いなく新開を知らないと云っていた。
 入る時に確認したモールの外に止めてあった彼の愛車まで走る。久しぶりに息が切れる程全力を出した。呼吸を整えて小さな愛車を探す。幸いまだ彼は自転車にたどり着いていなかった。携帯電話を取り出しメールを打てば普段と同じそっけない返事が返ってきた。先程会ったと告げても知らないと言われる。つい先程の事なのに記憶に自信がなくなった。あれは本当に彼だったのだろうか。道の上で向けられた敵意の熱が籠った視線からは想像もできないほどひんやりとした大きな黒目はまるで別人で
「新カイ、くん?」
 思考にふけっていたところに声を掛けられて肩が跳ねる。いつの間にかハンドルを握っていた御堂筋の視線は間違いなく新開を見ていた。
「みど―」
 こみ上げてくる感情に、思わず細い手首を掴んで引き寄せたのは無意識だった。名前を呼ぼうとした自分の唇さえうまく動かない。抱きしめた身体が思ったよりも薄いなと、腹からこみ上げた安堵に混じって奇妙な熱が浮かんだ。
 言いかけた名前の代わりに、慎重に言わなくてはと思っていた言葉が口から出ていた。



 抱きしめて好きだと告げ、交際を始めてから半年がたった頃疑惑は確信に変わった。
 御堂筋は新開を、新開だけではない全ての人間を自転車と全く関係のない場所で認識できない。自覚があるのか、御堂筋は出来る限り生活の中で自転車から離れないように心掛けていた。服の下にはサイクルジャージを着て、出来ない時には使い古したグローブをポケットに忍ばせる。
「、っん、ぁ」
 衣服を全て剥ぎ取ってシーツに溺れる時、御堂筋は新開を認識しない。怯えて逃げる体を抑え込んで犯す。名前を呼ばれた事はない。ベッドの中で名前は呼ばれない。誰だか解らない男に組み敷かれて喘ぐ薄い身体を見下ろすたびに、初めて抱きしめた日と同じ感情が胸に湧く。
「い、―っ」
 快感に慣れて素直に新開を受け入れる体になっても、御堂筋は相手が誰なのか解らなかった。解ろうとしていないようにも見えた。
「みどうすじ、くん」
 体を繋げて縮まると思った距離はますます開いた。サイクルジャージのまま抱けば嫌だ離せと暴れるがそうでなければ縮こまって震えてしまう。
「ひっ―」
 両手で頬を包み視線を合わせる。怯えた瞳を宥めるように優しく触れるだけのキスをした。行為の後の柔らかな接触にすら怯える。
「御堂筋くん」
 子供を撫でるようにする手に、見開いていたゆっくりと閉じる。まるで子供の寝顔だ。
「みどうすじくん」
 行為後の倦怠感で眠りに落ちるまでのわずかな間、新開の手で安堵する僅かな時間。
 音を出さずに薄い唇から漏れる名前は自分のものではない。暖かな毛布と優しい手に思い出す名前は新開でも容易に想像できる。小さな嫉妬心は幸せに満ちた寝顔に消えていく。できれば、と新開は思う。できればいつか自分の名前が呼ばれますように。彼の、彼を保つ全てから引き剥がしても。

2016/01/16

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