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pdr
※凍華/和の文字パレット弐(新御)
和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/5121222791576944641)使用させていただきました。

前後も落ちもないです




25若菜色/宿り木/巡りあう

 寒い、と思った。
 父母に贈られた暖かな上着でも防げない寒さを覚えて新開は首をすくめる。道をゆく人も町全体も浮かれて見えるのは間もなく訪れる季節が影響しているのだろう。街のあちこちに飾られたリースの色がやけに眩しい。
 進路も決まり卒業を控えてイベントに参加できるとチームメイトははしゃいでいたが新開はどうしても乗り気になれなかった。
 家族と約束があるとは言えなかった。やがて入学してくる弟に聞けば嘘はバレてしまう。先約があると言ったが具体的に誰と言えない新開を仲間は疑っていた。
 友人と居ても、信頼できる仲間と居ても寒さを覚えるようになったのはインターハイを終えてすぐだ。暑いと騒ぐ仲間の後ろで一人腕を擦っていた新開に誰も気付かなかった。

 秋が過ぎ冬が来て、寒さはますますひどくなった。暖房を入れても毛布を被っても寒さは和らがず、ペダルを回しても寒さにかじかむ指先で集中力を削がれた。
 調子の出ない新開に向けられる目は心配や憐みばかりで、ありがたいとも思ったが煩わしくもあった。優しい仲間の視線に耐え切れず、一人でペダルを回すことが多くなった。
 練習中何度か立ち寄った小さな公園を思い出し足を向けた。自転車で向かうよりずっと時間がかかった。日が暮れたそこには人影がない。ブランコと滑り台、砂場しかないが昼間は親子連れで賑わっている。
 ブランコに座って空を見た。雲一つないが星が見えない。街の明かりの所為かもしれない。空気が澄んでいるのに星が見えない不安で目を閉じた。

 あたたかいものを想像する。毛布、こたつ、暖かな食べ物、ウサギ、そう、生き物だ。人肌を想像する。柔らかな肌、女性の小さく柔らかな掌、細い手首、腕、首筋と鎖骨、ふくよかな胸。閉じた瞼の下に浮かべた映像は体に熱を与えておかしくない。そうであるのに新開の身体はより一層冷えていく気がした。
 手袋をつけている指先と手がかじかんだ。自身を抱くように腕を回してぎゅうと力を込める。誰かに抱きしめてほしいのか、誰かを抱きしめたいのかわからない。けれどそうしなければ凍えて死んでしまう気がした。
 閉じた瞼の裏に浮かべた女性の肌はいつの間にか掻き消えていた。代わりに浮かんだ体を、思考の中でゆっくりと暴く。女性の身体を抱くようにではなく、ただひたすらに熱を求めて早急に体を繋ぎたいと願う。
 同性に対する拒絶、ちがう、新開が新開であるから拒絶される。やめろと叫ぶ声はあの日に道で聞いた奇妙な叫びと重なった。演技という言葉を思い出し、真に迫った悲鳴を想像する。もっと追い詰められて苦しげな声だ。
 走る以外を人生に入れなかった体に悦びを教え込む。跳ねる腰、反りかえる腰と喉。大きな瞳は焦点が合わなくなり綺麗な歯の隙間からだらりと垂れる舌は熱に浮かされて真っ赤に染まっている。抵抗できなくなった腕ごと薄い身体を抱きしめる。
 あたたかい。あの夏に初めて覚えた熱だ。見つけた季節のせいで気付くのが遅れた。寒くなって初めて放してはいけない熱だと知った。
 薄く開いた目に映ったのは誰もいない公園。想像の中で抱いた身体はどこにも見えない。
「―さむい」
 口に出すのではなかったと小さく後悔する。音になって出た言葉はますます体を苛む。
 ブランコを降りて立ち上がって空を見上げた。真っ暗で、澄んだ空気だ。街灯で曇った空にそれでも小さな星が見えた。
 離れた西の地でも見えるだろうかと白い息を吐く。凍えて死んでしまう前に、早く会いにいかなくては。

2015/11/15

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