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逃華/和の文字パレット弐(新御)
和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/5121222791576944641)使用させていただきました。

前後も落ちもないです




12霞色/勿忘草/想いあう
 視界を覆うほどの霧だ。真っ直ぐに手を伸ばせば自身の指先すら見えない。この中を走るためには勘の良さと運動神経がなければ不可能だ。勘の良さは元仲間の東堂ほどではないが運動神経は人並み以上はあると自負している。視界の悪い道でも記憶と足の裏に伝わる感触を頼りに進めば転びはしない。更に注意深く耳をすませて目を凝らせば、荒い息遣いと頼りなく揺れる背が時折見えた。
 もっとだ。霞のかかった視界に眉をひそめる。もっと目をこらして確りと見なければ見失う。必死に逃げる獲物は足が遅く時折転ぶが油断すれば霧に隠れて逃げられる。それは駄目だ。
 姿が見えない相手が誰なのかわからない。わからないが捕まえて、進むたびに音を立てる枯葉の上に引きずり倒したい。骨ばった首に噛みついて吸い上げ血の味を口内に広げ、溢れる唾液と共に飲みこみたい。
 ようやく掴んだ手首は思い描いていたそれより細く、力を込めればぎしりと軋む。

 視力はいい。恐ろしいほどに濃い霧でも怯まずに進めた。恐ろしいのは背後から迫る気配だ。足がもつれて上手く走れない。呼吸が乱れ、霧で湿った枯葉で滑り転ぶ。必死に起きあがって走り出すが背後の足音は少しも疲れを見せず淡々と迫ってくる。ハンドルを握ってペダルに足を乗せれば誰よりも早く進めるというのに地につけた足はバランスの取り方を覚えず空を切る手は細長いばかりで推進力などみじんも稼がない。
 もっとはやく、はやく進まなければ。霧の先に愛車が停めてある。進んだ道を少しも知らないのにそう確信できた。そこまで逃げれば。
 追ってくる気配が誰なのかわからない。わからないが捕まれば湿った枯葉の上に引き摺り倒されて臓物から食いちぎられる。
 逃げる為に大きく振った手首を万力のような力で掴まれた。どれだけ暴れても掴まれた腕はびくともしなかった。

 下着の中に不快感を覚えて目を覚ます。明け方というには早く深夜と言うには遅い時間だ。折角気分のいい夢を見ていたのに。否、見ていたからこその生理的反応だ。夢の余韻に浸りたかったがそうもいかない。そもそも霞がかった夢の内容を覚醒し始めた脳は迅速に消去してしまった。忘れないでくれと叫ぶ夢の中の自分に、申し訳ないけれど現実的な問題は無視できない。
 目の前で大きな瞳を瞼に隠して眠る恋人が目を覚ましてしまえば情けない下着の内側に失笑されるに違いない。
 穏やかとは言い難い寝顔に軽く唇を当て、そっとベッドから抜け出した。口の中に甘い味が広がった気がする。愛しい相手にキスをしたからなのか、夢の中でなにか美味いものを食べたからなのかは解らなかった。
 魘されている恋人が起きたらとびきり甘いココアを淹れて、どんな夢を見ていたのか聞こう。寝起きの悪い恋人はどんな悪夢を見ていても起こされるのを嫌がるので決して起こさない。できれば早く悪夢から解放してやりたいけれど。
 薄い唇が、自分の名前を呼んだ気がしたが返事をしても結局朝を迎えるまで大きな黒目が開かれる事はなかった。
 

2015/11/08

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