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pdr
※映華/和の文字パレット弐(新御)
和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/5121222791576944641)使用させていただきました。

前後も落ちもないです




6褐返/月下美人/見つめあう

 御堂筋翔は目を見ない。自転車に乗っている間の彼を、新開は人間ではないと思っている。直線で鬼と称される自身のように、彼もまた自転車に乗って人間を捨てる哀れな化け物だ。化け物である間はいい。誰と目を合わせても弱さを見透かされることはない。醜く歪んだ体も不細工と揶揄される顔も気にならない。そうであるから御堂筋は道の上では暴力的に視線を絡めてくる。絡め取られた視線は道から離れサイクルジャージを脱いでも解放されていないのだと彼は知らない。御堂筋自身は化け物から人間に戻り呪いを解いても、化け物である彼が振りまいた毒に侵された選手が同じではないと気付かない。

 深夜、隣で眠っている御堂筋の布団を引いて潜り込む。翌日が休みの夜を選んで新開は彼を抱く。同棲を始めてから必ずそうしていた。
 ロフトの上に敷かれた二枚の布団。真上に見える天窓から真っ暗な空が見える。月は見えない。
「…また」
 いい加減にしろと小さく苦情が聞こえた。何が楽しいのかわからない。御堂筋は新開の言葉も行動も全てそう言って否定する。言葉どころか視線さえも否定していた。好きだと告げて、愛しげに見つめても決して視線が合うことはない。二人暮らしの狭い部屋の中で、目が合うののは一瞬だけだ。一瞬を捕まえるために、新開は今夜も薄い身体を仰向けに転がして頬を両手で挟む。

 御堂筋翔の生き方は熱帯雨林に咲く花に似ている。睦言に混じって告げた時、彼は確かに笑った。一晩で開き散っていく花を美しいと讃える者に対する嘲笑に間違いなかった。花は確かに一瞬で散っても、茎も葉も根も枯れる訳ではない。一年に一度しか咲かないなんてのは俗説だと新開の知らない知識まで教えてくれた。
 嘲笑う顔に、しかし矢張り似ていると薄い身体を抱いて新開は思った。

 細長い手が新開を押しのけるのを諦め、顔を覆う。腹の中を抉られる痛みと快感に元々高い声が更に裏返った。奇妙に筋肉のついた胸から骨が浮いているくせに割れている腹筋が跳ねる。どこを抉ってやれば快感に我を忘れるのかよく覚えている。細い腰を掴み、逃げないように強く引く。動きは少なく、押しつけて奥を擦り上げた。
「ぅ、くっ」
 喘ぎでも悲鳴でもなく嗚咽だ。セックスの最中、御堂筋は必ず泣く。腰のしびれを自覚して機能不全の性器に反応はなくとも快感を覚える下肢に怯えている。どれだけ隠しても視線を外さない新開には解っていた。
 身体を密着して体重をかけて腰から手を放す。顔を覆う手を掴んで引き剥がす。大きな目が涙に濡れて震えた。
「ぁ、」
 ベッドの中で、自分がどんな顔をしているのか新開は知らない。薄暗い中では大きな瞳に映る顔も見えない。恐らく優しい顔ではない。怯えて震え、それでも視線を外せないかわいそうな子供の表情がそう物語っている。
 御堂筋は存外美しい物を好む。新開の顔も時折皮肉を込めた言葉で褒めることがあり、視線さえ合わなければぼんやりと見つめている。性交の最中に恐ろしい物を見る目で凝視している彼に、自惚れる訳ではないが優しくはなくとも美しいと表現できる顔を晒しているのだろうか。いつか問おうと新開は思う。きっと素直には答えない。目も合せず返事もしない。不機嫌な横顔をじっくり観察して返事を勝手に決めればいい。
 生理的に零れた涙と、恐怖と快感に負けた涙が不健康な色の肌を伝う。
 視線が合ったまま内側を突けば一度流れた涙が再び溜まった。月のない空の色が、涙に反射した気がした。

2015/10/25

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あきゅろす。
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