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pdr
※住華/和の文字パレット弐(新御)

和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/5121222791576944641)使用させていただきました。

前後も落ちもないです



未来捏造
24青碧/菖蒲/信じあう

 食事の支度を終えて寝室を覗けばベッドの上で上半身を起こした御堂筋が無言で両腕を上げた。かつての彼からは想像もできない大人しく素直な要望に笑顔で答えてやる。ベッド脇に置かれた車椅子に以前よりずっと軽くなった身体を移動してやれば自身の力で寝室を出ていく。トイレにつけた取っ手にもすっかり慣れたようで初めの頃は嫌な顔をしながら新開の手を借りていた排泄も一人で行えるようになっていた。
 居間に戻り珈琲を淹れ、机に置く。大きなカップにほんの僅かに継いだ黒い液体。重すぎるカップいっぱいに液体を注げば重みに負けて御堂筋はカップを落としてしまう。机に並べたトーストとサラダも少ない握力で食べられるように工夫してある。
「ジャムとマーガリン、どっちにする?」
 車椅子を机につけ、珈琲をすする御堂筋に尋ねれば大きな瞳がちらりとジャムの瓶を見た。新開が果実から作った甘いそれは御堂筋の口に合うらしい。手間をかけた甲斐があると口には出さずに喜びを呟き、昨晩作ったパンにジャムをつけた。
 真っ赤なジャムを食む真っ白な歯と薄い唇。痩せて締った喉は以前よりも骨が浮いている。飲みこむ音に合わせて動く喉に、新開も無意識に唾を飲み込んだ。

 新開が自転車を降りたのは御堂筋が降りるずっと前だ。御堂筋の引退は平均よりもずっと遅く、最後の大会ですら現役の選手と同等の速さを見せた。周囲に惜しまれながらもハンドルを離した御堂筋は、翌朝ベッドから降りてこなかった。
 歩けない、脚が動かない原因を医者は精神的な物だとだけ告げた。本人は生活できるように家を改装して車椅子の扱えれば何も問題ないと原因を追及しなかったが新開は一人何故彼の脚は動く事を放棄したのか考え続けた。長く考えるまでもなく答えは出た。家で過ごす姿に生気はなく、食欲も減り眠っているのかいないのかわからない顔でぼんやりと座っている。足の自由どころか生を放棄した御堂筋翔に、新開は一人で泣いた。
 ペダルを回さない脚は、御堂筋翔に必要ない。御堂筋自身がそう信じていたからこそ、引退と同時に彼の脚は活動を辞めたのだ。元々酷使していた筋肉や骨は健康を維持する努力を怠ればすぐに脆さを現した。急激な変化についてこれなかったいびつな身体は普通の生活を送ることすら困難になり、脚だけではなく身体全体の機能が目に見えて低下していった。
 日々細く小さくなる身体を支えるたびに新開は言いようのない幸福感に包まれた。気力を無くした御堂筋は新開の提案を全て受け入れ、外界との交流をほぼ断った山の中で二人で住もうと言っても黙って頷いた。引っ越しを終えた初夏の頃、小屋の周囲に咲いていた紫色の花はすっかり散っていたが初めて彼に出会った時に抱いた印象とよく似ていたのでここを選んで本当に良かったと笑顔で語りかけた。
 人並み外れて良かった視力も、今はすっかり落ちている。なるべく目にいい色を生活に取り入れようと家具は緑や青を多くした。テーブルクロスに使った青碧の布を見つめる虚ろな瞳が、新開は好きだ。空になった皿を退け、ジャムのついた口元をぬぐってやる。
 後片付けを終え、部屋の掃除と洗濯を終えると居間から洗面所に移動した御堂筋の歯を磨く音が聞こえた。長い歯磨きの後は新開が口の中を見てやることになっている。歩けなくなってから冗談交じりに仕上げをするかと尋ねたら大きな目を一度瞬かせた御堂筋がこくりと頷いてからそれは始まった。
 まるで父性や母性を求められているようで、嬉しさと同時に嫉妬を覚えた。綺麗に磨かれたを覗きこみながら胸に湧いた嫉妬に任せて唇を貪り、そのまま洗面所の床に動かない身体を組み敷く。ほとんど毎日。
「…ひっ、ひ、ぃ」
 いやだと言われた事はない。生理的な涙を流し首を振って快感を否定はするが新開の手を拒みはしない。筋肉の落ちた身体での抵抗が無意味だと知っているからなのか、抵抗したところで新開が止めないとわかっているからなのかは聞いても答えは得られなかった。あるいは生を放棄した身体で生を表わす行為に抗うほどの余力がないのかもしれない。
「ぁ…っあ、あ」
 一度目の行為の後、寝室に運んで二度目になだれ込んだ。揺さぶられる反射で出る御堂筋の声以外は粘着質な水音と肌のぶつかり合う音しかしない。愛を囁く甘い言葉も互いの名前も呼ばない。恋人同士の性行為には程遠い。動かない足を抱えて奥まで突いて精を吐く。命も愛も、何一つ育まない無為なセックスだ。
「ん、ぁっ」
 僅かに背を反らせ御堂筋が達する。力を持たない性器からの射精はなく、新開に抱かれ慣れた後ろだけでの快感でだ。余韻に瞼を震わせる顔を見てまだ彼が生きていると実感した。
 明日の朝もまた、無言で腕を上げる姿が見れるように新開はベッドから少し離れた位置に車椅子を置くのだ。


2015/10/22

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