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pdr
※眠華/和の文字パレット弍(御堂筋受け)

和の文字パレット(https://twitter.com/needbeen_s/status/5121222791576944641)使用させていただきました。

前後も落ちもないです




7濡羽色/花桃/触れ合う

 やっぱり黒が似合う。苦労して探した真っ黒で美しいシーツは横たわる体によく似合っていた。
 大きな瞳は閉じていてもわかるほどで、瞼に覆われた眼球の丸さが際立っている。シーツと同じに黒々とした髪を撫でても、深い眠りの中に居る少年は目を覚まさない。
 光沢はあるが肌触りのいい布地の上に、ポケットから取り出した花弁を散らす。桜の季節にはまだ早かったが通りかかった公園で桃色の花を見つけて数枚拝借した。真っ黒なシーツと横たわる少年にきっと似合うと思った。
 期待通りに桃色の花は黒に映え、不健康な少年の肌を僅かに赤くした気さえする。体温の下がった頬を両手で挟んで唇を寄せる。薄い唇は触れる感触を拒ますに促されるままぱくりと開いた。頬に沿えていた親指を両端から滑り込ませて大きく開き、至近距離で顔を見つめながら指先で真っ白な歯をなぞる。視界の端を染める濃い黒が白い歯と混ざってちかちか光る。開いたままの口から唾液が零れる。口から放した指先で唾液を救う。目立たない喉仏の上に指を滑らせ胸をたどる。広い胸には不自然な筋肉がついている。眠りに落ちて脱力しているせいで柔らかく暖かい。頬を寄せて耳を当てれば穏やかな呼吸と心音が聞こえた。
 ペダルを回す彼の心音は恐らく小動物のように速いに違いない。一生のうちに生き物が打つ鼓動の数は決まっていると言う。説が正し気ればペダルを回せば回すだけ、少年の寿命は短くなっていくことになる。置いて行かれるのは嫌だ。けれど残して死ぬのも嫌だ。仮に彼を置いて先に死んだとして、そのあとの世界で彼が誰かと番う想像をすれば気が狂いそうになる。初めて出会った真夏の大会で一目見た瞬間に予感していた。
 服に包まれていた肌はまるで人間とは別な生き物のように白かった。放った花弁の乗った箇所だけが僅かに赤みを帯びている。蛍光灯に照らされた花弁が透け、薄い色の肌に桃色を落としているからだ。
 奇妙にくびれている腰を両手で掴み、胴回りを確かめるように撫でる。一つの競技に命を賭けて歪み続けた結果を体現していた。骨も筋肉も血管も肌も、醜いほど美しく、美しいほどに醜い。歳にも体格にもそぐわない性器はペダルを回していれば生きていけると思い込んだ時から成長を止めたのだとそう思えた。どんなに刺激を与えても反応しない箇所はいっそ哀れだ。速く強い選手は一代でその戦果を終わらせる。利用はしても自身の技術を与えることをしない彼は後継者を育てるつもりもなく、まして身体を歪めてまで走り続ける彼を継げる物はきっと居ない。
 胸と同じに柔らかく暖かい太腿に触れる。細く骨ばった身体の中で最も肉付きのいい箇所だ。テーピングで圧迫された痕を丁寧に撫でる。力の入らないふわりとした筋肉に、やはりこの部位が一番好きだと実感した。
 骨の張った膝も細い脹脛も足首も足先も、脚は全て好きだ。けれど異様に発達した太腿は他の箇所とは比べ物にならないほど努力の跡が見て取れる。努力、執念と言ってもいい。生きることを許されるために走り続けた結晶がそこにある。
 真っ黒なシーツに投げ出されていた大きな掌を掬い上げる。道から降りた手は決して他人に触れず、触れることを許さない。意識のない手は指を絡ませても拒みはしない。まるで恋人同士のようだと頬が緩んだ。
 少年の手は大きく、指は細い。掌に厚みはなかった。骨ばっていてまるで骸骨の手に見える。ハーフグローブの日焼け痕が模様のようだ。
 

ピピピ、と電子音が鳴る。時間が来た。掌から肘を持ち上げて柔らかな皮膚を上に向ける。ぽつぽつと残った痕に眉を顰めた。こうしなければ逃げてしまうが、できれば体に余計な傷をつけたくない。そう思っても、他に手段は浮かばなかった。目覚まし時計のアラームを止め、時計を乗せた机に並べてあるケースから注射器を取り出した。持ってきたばかりのケースからは僅かに花の香りがする。公園でついたのだろうか。
 腕に針を刺し、薬を血管に流し込む。
 一度も目を覚ましていない少年に、おやすみ、と声を掛ける。髪についた花弁は外さずに額を撫でた。真っ黒なシーツと同じでよく似合っているとそう思った。


2015/10/21

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あきゅろす。
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