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pdr
旅行雑誌(東御)

当方男。

身長180センチ以上。
痩せ形。
黒髪。
学生。
即日ホテルへ行ける子。
ネコ。
小遣い有。

 こんな数行の愚かしい文章に食いつく若者もいる。実際何人かと会い、好みに近い相手とホテルに行ったこともある。希望を書いたお蔭でそれなりに興奮はしたが行為の後に残る虚しさは何度経験しても慣れなかった。それも当然だ。どんなに近い相手を抱こうと求める本物は絶対に手に入らないのだから。
 勘の良さを利用し、目印の雑誌は相手を見てから取り出すことにしていた。まず女性相手では絶対に出さない。学生を指定している為、女子の間でそれなりに顔が知られているのも理由の一つだがなにより間違いがあってはいけない。男であってもできるだけ年下を選ぶことにしている。
 年下で、180センチ以上の痩せ形、黒髪、他にも細かく注文はあるが大まかに言えばそれが東堂の好みだった。

 鞄に入れた手で指定された雑誌を弄り周囲を見回す。待ち合わせの17時まであと5分だ。180センチを超える学生を目で探し、彼を見つけた瞬間あまりの衝撃に気を失うかと思った。
 念のため周囲を再三見回すが他に条件に該当する少年はいない。喉を鳴らし、鞄から指定の雑誌を取り出して緊張を抑え込みページをめくる。記事を読むわけではなくあくまで表紙を待ち合わせの人間に見せる行為。ちらりと見やれば、大きな瞳が細められ東堂の手にする雑誌を凝視していた。気付いてこちらに来てほしい、来ないでほしいという気持ちが葛藤し心臓の音が大きくなる。まさか、まさか彼が
「まぁさかファンクラブまである色男が出会い系で学生食うとるなんてなァ」
 演技じみた声と、人を馬鹿にして出された舌、驚きを大げさに表し顔に当てられた薄く広い掌。出会い系で待ち合わせた場所に現れたのは間違いなく御堂筋翔その人だった。
「書き方でオトコノコ探してるんは解ったけど周りに言えへんでこうやって相手探しとるん?」
「…あまり大きな声で言うな。」
「せやなぁ。ほなね」
「は?ちょ、ちょっと待て!」
 くるりと振り返り歩き出そうとする腕を掴んで呼び止める。なんのために来たのかわかってるのかと言う前に御堂筋が嫌そうな顔で振り返った。
「あんなぁ、こういうんは知らへん相手やからええんやで。知っとる相手とホテル行って今度レースで会う時気まずいやろ。別に誰にも言わへんし」
 誰にも言われないのはありがたい。というか御堂筋だってバレれば困るのだから言わないのは当然だ。
「お、まえは、その、こういう」
「…金」
 自転車には金がかかる。御堂筋がどういう経済状況で暮らしているのかは知らないが援助交際まがいの事をしているということはそれなりに困っているのだろう。自身の提示した条件は間違いなく学生をホテルに連れ込み金を払うそれだった。
「よくするのか」
「あんなぁ」
 東堂を見つけた時の揚々とした声から、急に小声になった御堂筋の口から出た言葉は矢張りと納得できるものだった。犯罪ではあるが、相手も未成年に淫行を働こうとしたのだから財布から現金を抜き取られても仕方あるまいと東堂も腑に落ちないながら納得した。
 説教でもするつもりなのかと身構える御堂筋に、一言だけ相手は大人なのだから何をされるか解らない、気を付けろと言うつもりが東堂の口から出たのは全く違う言葉だった。
「いくらだ」
 は、と間抜けな形で開いた薄い唇から視線が離せない。
「一回に財布から抜く金額だ」
 少しの間のあと、立てられた指の本数に頷く。
「それだけ出せばホテルに入ってくれるんだな」
 大きな瞳が見開かれ、すぐに顔が顰められる。声は出なかった。どうやら自転車から離れた素の彼は存外おとなしいらしい。会ってすぐは東堂を自転車選手として認識していたが、今は出会い系で呼び出した相手としてはっきり警戒している。
「なにもしない。ただ一緒に部屋に入ってくれればいい」
 きっと今自分は情けない顔をしている。片思いの相手に縋るストーカーのような、ような、ではない。事実そういう状況なのだ。
「ええよ」
「ムリを言っているのは解っている、…て、え」
「ええよ、ボクも危ないことするよりはキミにお小遣いもらえる方がええし」
 あっさりと了承した御堂筋に今度は東堂が目を見開く番だった。
「い、いいのか?本当に?」
「ええて言うとるやろ」
 面倒そうな声だったが、それがやけに嬉しく感じた。視界に花でも飛ぶんじゃないかと思うほど心が浮かれるのがわかる。
「…180以上て言うと、福富くんあたりやろ」
 唐突に出たチームメイトの名前。初めて見る気を使うような表情。何を言っているのか、自らの勘の良さが恨めしくなった。
「確かにデブが来たら困るやろぉけどぉ。筋肉質とか書いたらよかったんちゃう」
 想いを告げられない相手の代わりに、誰とも知らない相手を探す。東堂のしていた事を的確に見抜き、けれど最後の答えを御堂筋は間違えた。
 返事はせず、財布の中身を確認して薄い掌を掴んだ。
「まぁボクゥもオールラウンダーやけど」
 それでキミがええならええよ、と言った。気がした。頭と顔に血液が集まり、言葉の終わりはあまり耳に入らなかった。

2015/08/19

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あきゅろす。
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