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※言わないだけ(東御)

 大学の入り口まで迎えに行くことはめったにない。行けば彼―御堂筋があからさまに嫌そうな顔をするからだ。それ以外にも理由はある。

「東堂?なにしに来たん?知り合いでもおるんか?」
 御堂筋に並んで歩いていた男が明るい声で尋ねる。これだ、と東堂は眉を寄せた。
「迎えに来ただけだ。」
「迎え?」
 不思議そうな声で聞き返す石垣の隣で御堂筋が舌打ちをする。御堂筋を迎えに大学に来て石垣に遭遇したのは今日が初めてだった。
 東堂と御堂筋が同じ部屋に住んでいると石垣は知らない。知らせる必要もないと御堂筋が言ったからだ。隠しているわけではなかったが誰も家に呼ばない御堂筋の知り合いは同居人の存在を知らなかった。
 東堂からの回答を待つ石垣を無視し、御堂筋の手首を掴んで歩き出す。
「ちょ、東堂―」
「ほな石垣クン、また来週」
 追いすがる石垣を制したのは黙り込んでいた御堂筋だった。後輩に別れの言葉を告げられた男はそれ以上追ってこなかった。

 普段は押して歩いている愛車をしっかり仕舞って鞄に入れているのは接近している台風のせいだろう。今夜から明日明後日にかけて速度の遅い大型台風が近づいているとどのチャンネルでも放送していた。風がある分、この季節にしてはだいぶ涼しいのはありがたい。
 
「学校には来るなって言うてるやろ」
「行かないと返事をした覚えはない」
 御堂筋の通う大学から二人の住む部屋までは歩いて十分かからない。
「来週うるさいやろなぁ」
 面倒そうに呟く声に苛立ちを覚える。東堂と御堂筋の関係は周囲に話していない。同じ部屋に住んでいる事実と同様、隠しているわけではないがわざわざ話すまでもないからだ。
 御堂筋が二年目のインターハイを終えた夏から始まったそれに満足していないわけではなかったが大学に上がってすぐに不安が増えた。高校時代と比べて単純に見た目で判断する人間ばかりでないのも当然で、本当に魅力のある男を女性は放っておかない。東堂自身よく知っていて、けれど本当の不安はそこではなかった。
 御堂筋が選んだ大学には二年前から石垣光太郎が通っている。御堂筋が女性に囲まれて談笑している時以上に、石垣と並んで仏頂面で呟いている時の方が東堂の胸はざわついた。
 エレベータを降り、部屋までの短い廊下を進む間も御堂筋は何か呟いていたが聞きたくなくて意識を前に向けた。鍵を開け、乱暴にドアを開いてから背後に立っていた体から肩にかけていた鞄をひったくって壁に掛ける。勢いに任せていたが大切なものであるのは誰より知っているので細心の注意ははらっていた。
 季節にしては暗い空のせいで電気のついてない玄関は視界が悪い。視力のいい御堂筋でも明るい外廊下からの暗転で目がくらんだのか反応が鈍かった。
 ぶれた視界が捉えていたのは唇に噛み付いた男ではなく自身が押し付けられた壁と逆側に見えた愛車だった。


 玄関で長時間のキスを終えた後、寝室までもつれながら入りベッドになだれ込んだ。昼間東堂が洗っておいたシーツは洗剤の香りがしたが、すぐに汗と性交の香りに飲まれていった。
 台風が直撃するのだから練習はせいぜい室内での筋トレとローラーだろうと言い訳染みた口説き文句を何度か繰り返し抵抗を抑え込む。10センチ以上高い身長を抑え込むのはそれほど難しくない。自転車から降りた御堂筋は他人を押しのける腕力、ではなく気力がない。他に消費するエネルギーは無駄だと自身に暗示をかけているのだと東堂は知っている。
 自分自身すら騙して身体を縛り付ける男が東堂は好きだった。
「ぃ、あっ!や」
 念入りに馴らして挿入した箇所は数年かけて開発しただけあって痛みを感じていない。性的快感を感じていなかった頃の方が御堂筋は素直だった。恋人という関係上行う営みを、痛みが大きければ渋々付き合ってやっていると強引に納得していたからだ。

 幼いころから何の配慮もなく自転車に乗り続けていたせいかは解らないが、御堂筋の性器は完全に起ちあがらなかった。本人は気にしていなかったが東堂はそれなりに心配して病院を勧めたりもした。行為の上下を決める時に御堂筋の身体がそちら一択になってしまうのは気の毒だったからだ。御堂筋はと言えばそもそも行為自体に興味がなかったので東堂の葛藤は無駄に終わり、身体を繋げたいという東堂の願いを叶えるには自然今の形になるだけだった。

 不自然なほど細長い腕と脚がびくびくと痙攣する。力の入っていない膝を掬い上げ、ゆっくり胸元に押し付けた。関節も筋肉もしなやかな体は痛みを覚えないのか深くなる挿入にただ震えた吐息を吐いている。
「あっ、あ、ふぅっ…」
 呼吸を整え切る前に腰を揺すり、押さえつけていた膝から手を放した。
「ひっ、い、やめっ、い、やや、それ」
 確りと割れているがそれでも厚みのない腹から腰にかけての一見奇妙とも表現されるくびれが好きだ。細い腰は、残念ながら東堂の両手では覆うようには掴めない。左程身長の変わらない新開と、過去に掌を合わせて大きさを比べた事がある。あの大きな掌ならばと過って小さく頭を振った。
 精一杯大きく広げた掌を真っ白な下腹部に当ててぎゅうと押す。僅かに芯を持つだけの幼い性器と腹の間に入れた手は律動のたびに小さな熱が当たった。
「い、ぃあ、ひぅ、いっぁあ!」
 喉をそらして喘ぐ姿に胸が満たされる。通常の射精ができないそこからだらだらと流れる快感の証にもだ。これを知っているのは間違いなく自分だけだ。ほかにはいない。御堂筋も誰かに知られるなど許さないだろう。
「ふっ、ぅ、もう」
「ん。わかってる」
 正常位では唇に届かないのでいつも首や顎にのキスをする。行為の終わりが見えた合図で、御堂筋が安堵するように優しくと心がけて柔らかく触れる。
「東ドウ、く」
 薄い掌と細長い指は東堂に向かって伸びることはない。シーツを握り、時には枕にしがみついて快感に耐え続ける。自転車に跨っている彼とは大違いだ。自己を主張し他人を蹴落とし振り払う手はベッドの上には存在しない。自分を失わない様にと健気に耐えるための手に成り下がる。
「…みどう、すじ」
 汗や涙、唾液で塗れ、歪んだ顔に興奮して薄いゴムの内側に射精して組み敷いた身体の名前を呼んだ。


 授業と練習とセックスで疲弊した体はかろうじてシャワーを浴び歯磨きをしたところで力尽きて脱衣所で崩れ落ちた。
「こんなところで眠ると風邪を引くぞ」
「…れの、せ…」
 心配してかけた言葉に誰のせいだ半分眠った声が反論した。
「不安にさせるほうが悪い」
 やわらかな頬に触れ、屈みこんで閉じた目を見つめる。薄く開いた目はすぐに閉じ、何か言いたそうにひらいた唇も同じように結ばれた。低く小さな鼻から漏れる息は完全に寝息だった。
「そろそろ先輩に紹介してくれもいいだろうが」
 自転車で走り回っているにしては白い肌はどこか爬虫類を想わせる。豊かな表情を織りなす顔の筋肉は力が抜けていると驚くほど柔らかい。眠ってでもいなければ触れられないそこを堪能し、幸せを感じながらも唇をとがらせて東堂は続けた。
「お前から紹介してくれないと俺が言うからな」
 聞こえていないと解っていたが、穏やかな寝顔に拗ねた声で文句を投げる。
 頬を嬲られている青年は、けれど心地よい眠りに飲まれて恋人の不満など知る由もなかった。

2015/07/21

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