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うすいてのひら(東→御)

 御堂筋の掌は薄い。
 東堂がそれに気づいたのは大会直後だった。医療テントから運ばれていく御堂筋の手がだらりと担架から垂れさがり、まるで死体のようだと見つめた時にそう感じた。
 性格や振舞を差し引いた実力を正確に見抜いたつもりだったが彼はゴールせずに京都へ帰って行った。巻島と競り合う東堂を追い越しゴールを託した真波や、総北の小野田と競った京都伏見のエースを東堂は高く評価していた。巻島には悪いと思ったが小野田よりもずっと力のある選手に見えた。
 先にリタイアを聞いていたのに、担架で運ばれていく姿を見た時に改めて彼が走りきれなかったのだと実感した。
  最後に見た薄い掌がやけに印象に残っていた。

 
 御堂筋の指は長い。
 東堂がそれに気づいたのは卒業直後に出た一人旅の先だった。京都に向かったのは旅行会社のパンフレットで一番に目についたからだ。決して薄い掌を確認するためではなかった。だというのに京都駅からまっすぐに京都伏見高校に向かっていた。観光地からは程遠い何の変哲もない高校。練習の時間を過ぎているらしく部員は居なかった。一人残って練習しているのが誰なのか確認しなくとも分かった。
 誰よりも努力している化け物じみた少年。
 フェンス越しに見えた御堂筋は髪型や僅かな体格に差はあったものの見間違えることなどないほど特徴的だった。
 暗くなり始めた道で愛車を押して歩く姿は一見すれば妖怪じみている。片手で汗を拭い、片手でハンドルを握っていた。大きな手だ。けれどあの日と変わらず薄い。ハンドルの大きさや太さは東堂もよく知っている。遠い距離でも目を凝らせばグローブに包まれた手はよく見えた。薄く、大きな手。指が長く、掌よりもずっと割合を占めている。
 カチューシャもなく私服の東堂に御堂筋は気付かなかった。
 薄く、指の長い掌が沈みかけた陽に照らされる様が脳裏に焼き付いた。

 御堂筋の爪は短い。
 東堂がそれを知ったのは御堂筋が卒業式を終えて校門を抜けた時だった。京都伏見の卒業式に足を運んだのは偶然ではない。随分前に連絡先を交換した石垣に聞いた。当の石垣は久しぶりの来訪を後輩に歓迎され自転車競技部の部室で捕まっている。
 御堂筋は一人だった。親族も来ておらず、見送りにくる後輩もいなければ仲間との会話もない。誰より早く卒業生の集団を抜けてきた生徒が彼だ。門に寄り掛る東堂に見向きもせずに通り過ぎる。卒業証書の入った黒筒を持つ手には普段の手袋はなかった。短く切りそろえられた爪に気付いたのはその時だ。
 自転車競技に長すぎる爪は邪魔だ。深爪になりすぎてもよくない。御堂筋の爪は念入りにギリギリまで切りそろえられていた。


 自転車を持たない御堂筋の歩みは安定感がない。手袋のない大きく薄い、指が長く爪の短い手もふらふらと左右に揺れていた。注意力も散漫で、背後からついていく東堂にも感付かない。
 特徴的な手を掴みたいと感じたのがいつからなのかは解らない。短い爪は長さこそそろっているが一部に噛みちぎったような跡が見えた。ストレスを感じると噛む癖があるのかもしれない。神経質な部分があるのだろう。手袋も威圧的な態度も触れられることを恐れてに違いないと感じた。手を掴みたいと直接頼んでもきっと了承してもらえないとも。
 
 もう数メートル歩けば停めておいた車がある。パーカーのポケットに隠した高圧電流を流す装置を掴み直し、未だ背後の気配に気づかない背中にそっと近づいた。


2015/07/10


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あきゅろす。
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