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pdr
※土砂降りと街灯(東御)
※未来捏造







 初めての夜もこんな土砂降りだった。

「…っ、は、ぁ」
 歪な身体だ。女性のように柔らかさも丸みもなく、男としての魅力もあるとは言い難い。たとえば過去に同じチームだった新開隼人の身体は同性の東堂から見ても美しいと形容して間違いない造形だった。同じ自転車競技の選手とはいえ走りのタイプは身体の造りを大きく分かつ。新開と東堂がそうであるように、ベッドに組み敷いた歪な体もそうだ。
「ん、んっ…しつ、こい…っ」
 性器を埋め込んでおきながらろくに動かず首筋や胸元にばかり唇を寄せてばかりいる男に御堂筋が抗議の声を上げた。
「あまりがっつくなと言ったのはお前だろう」
「…意味がちゃうやろ」
 不満いっぱいの声と視線を無視して鎖骨に歯を立てると内側がきゅうと締まる。
「ぁ…ん、ふぅっ…」
 自転車以外に何も求めていなかった体を内側で感じるように仕込んだのは東堂だ。最初からそんなつもりでしたわけではない。ただ、あの土砂降りの夜に彼を犯してから止めることができなくった。止められないのなら少しでも体に負担のないようにと心がけた結果だ。
「ぅあっ!ぁ、は、ぁっ…〜っ」
 腰を動かし感じる箇所を刺激してやればそれだけで悲鳴を上げて喉を反らす。快感に呑まれかけた意識を否定し、反らしていた頭を俯けて首を振り背を丸める。汗がシーツに散るのが見えた。
「み、どうす、じ」
 名前を呼び、薄く開いた瞳が自分を映していると認識して喉が鳴った。紛れもなく、御堂筋翔を抱いている。そう思うだけで涙が浮かぶ。初めての、豪雨の夜もそうだった。




 卒業を控えた東堂がそれを知ったのは偶然だった。卒業式の後にクラス会に参加するか部で集まるかを話すために寮の一室に集まっていた。整理整頓が行き届いている東堂か福富の部屋でといつもの二択になり、同室の人間が留守にしている福富の部屋になった。ヒルクライムのレースに参加した後だった東堂は他のメンバーより疲労がたまっていたせいかベッドに寄り掛っていつの間にか眠ってしまった。
 浅い眠りの中で、三人が会話をしているのが聞こえた。レースの話だ、とすぐに分かったがいつの、どのレースか始めは解らなかった。

 目が覚めた東堂は、インハイの運営に報告すべきだと主張した。たとえ箱根学園が今後出場停止にされたとしても隠すべきではない、包み隠さず報告しろと訴えたが信頼してた三人の仲間は誰一人として受け入れなかった。それどころか福富は黙っていてくれと東堂に頭を下げたのだ。新開は黙り込み、荒北も福富に並んで頭を下げた。呆気にとられ、目の前が真っ暗になった。
 金城真護の電話番号はアドレス帳に入っていた。登録してから一度もかけたことのない番号にかける手が震えていたのは緊張のせいではないだろう。電話口から聞こえた回答に、東堂はまともな挨拶も出来ないまま電話を切った。
 不正を憎んでいるように見えた田所迅でさえ、金城が許している事を蒸し返す気はないと答えた。巻島裕介がその事実を知っているのかと聞くのは恐ろしかった。



「は、ぁっ…はぁ…」
「…ぅ、はぁ、みどうすじ、みどう、すじ」
 胸に額を当て、鼓動を聞く。御堂筋翔が存在する、それだけで涙が出る。


 インターネット回線で巻島との会話を終えた東堂は、その足で旧友の元へ自転車道具を処分しに向かった。高校に入っての三年間と、中学の二年間、生きてきた人生の中では半分にも満たない短い間だったが喪失感は想像を絶するほどだった。全て捨て、自転車から離れると決めて箱根を離れた。
 耐え切れなくなってすぐに買ったのは安売りされていたクロスバイクだった。ペダルを回す足は練習を裏切らず、地続きであればどこまででも行けた。少ない荷物で国内を回り数年経った頃、思い出したのはかつて夏を共にした京都伏見のエースだった。
 

 一人暮らしを始めた御堂筋の家を見つけたのは土砂降りの日だった。ずぶ塗れでドアの前に立ち、珍しい苗字の表札を見ていた東堂に声を掛けたのはあの夏と同じ愛車を肩にかついた御堂筋翔だった。
 研ぎ澄まされた身体を見て急に涙がこみ上げた。試合であれだけ周囲に毒を吐き、裏切りを平然と行う選手はしかし、ギリギリのところで越えてはいけないラインを絶対に超えない。不気味と罵られる身体を見て確信した。厳正な試合でルールを絶対として戦う孤高な美しい魂。
 雨で塗れた髪にカチューシャはなく、涙まみれの顔はかつての強気で美形を自負する面影はなかった。それが東堂だと御堂筋は始め解らなかった。みどうすじ、と声をかけられて初めて東堂だと理解したように見えた。自転車をやめて数年経つ男がずぶぬれで自分の家の前に立っている違和感に眉をひそめてから、タオルくらい、とドアを開いた。雨の中でペダルをまわしてきた御堂筋の背中に抱きついた東堂は声を出して泣き、動揺している身体を玄関で押し倒した。
 骨と皮だけに見える体についた筋肉は自転車に真摯に向き合っている証拠だ。触れるたびに涙がぼろぼろと溢れた。土砂降りの夜、けれど御堂筋の部屋は窓の傍にある街灯のせいで妙に明るい。浮き上がった不自然な程白い肌に異様に興奮した。


「あの夜も雨やったなぁ」
 カーテンを閉め切っても差し込む街灯の明かりに照らされた横顔が呟いた。
 御堂筋の部屋に転がり込んだのは一年前の梅雨で、その日から東堂は再び自転車に乗り始めた。数年のブランクはプロ入りするには大きなハンデだったが苦ではなかった。彼の隣で走るためなら何でもすると、雨の音を聞きながらあの夜に決めた。
「そうだな」
 うるさいほどの雨音に声がかき消される。街灯の明かりが強い雨と曇りガラスで歪んで寝転んでいる御堂筋の顔を照らす。眠そうな目がゆっくりと閉じるのを瞬きを忘れて見つめていた。
 駒になると言った東堂を煩わしがっていた御堂筋もしつこく食い下がる相手に根負けしプロになれたらええよと頷いた。一度辞めた人間がその道に戻る難しさを知っているから出した条件に違いなかった。部屋に転がり込んだ時も追い出そうとしていたが周囲から丸め込まれ家賃折半の魅力に負けて今ではほぼ同棲状態だ。
 そうしなければ生きていけなかったと東堂は思っている。東堂が卒業間近に失ったものを埋められるのは御堂筋翔ひとりだった。彼でなければだめだ。歪な心身はそれでも競技への誠意を無くさない。卑怯で汚いと罵られる選手の内には何よりも潔癖で気高い精神が宿っている。
「お前がいてくれてよかった。」
 寝室のドアを取り払った先に二台並んだロードバイクを見て東堂は微笑んだ。


2015/07/03

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あきゅろす。
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