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pdr
▼穀物の雨が降る(新→御)
猟奇殺人者新開→御堂筋
新モブ表現




「兄貴、またやったの?」
 帰宅した新開を迎えたのは弟の声だった。
「父さんと母さんが心配してたぜ。最近多いって。ちゃんと後始末してきてんの?」
「してるよ。ちゃんと選んでるし」
 あんま大変そうならオレ手伝うよ、という弟に礼を言って寮に戻る準備を始めた。上着を脱いで、血まみれのシャツを今時の家には珍しい暖炉に放り込む。
 
 厄介な血筋だと新開は思う。人を殺すことでしか生きている実感がわかない。殺す理由は様々だった。父母は結婚してから衝動が収まったと聞くがふたりともそれぞれ殺戮に至る欲望は違ったと聞く。弟が狙う相手は決まって小さく柔らかい少女だった。少女願望を持つ弟が、変身対象の身体を理解したくて至っているのだと共感はできないが理解はしていた。
 新開自身の殺人衝動は愛だった。初めて殺した相手も、最後のインターハイを終えてからできた恋人だった。告白されて可愛いと思ったしいい子だとも思ったがどうしても愛情を感じなかった。ふと、細い首に手を回した時急に愛しさがこみ上げ、気が付くとベッドの上には呼吸をやめた恋人が居た。
 混乱せず、家に連絡して自首をしようとした新開に両親は静かに今いる場所を言いなさいと言った。

 それは血筋であり病気なのだと父は言った。新開より先に弟は経験していて対処の仕方も弟に教わった。国の重役である父母に握りつぶせる範囲で行うことや、決して親しい相手を狙ってはいけないこと、なるべく消えても探されない人間を狙うこと。
 最近は家出少女を見つけやすいから便利だよねと弟は無邪気に笑った。彼は愛を求めてはいなかった。弟を可愛いとは思ったが自分の苦しみが解ってもらえないと思うと新開は仲のいい弟との間に溝を感じた。
 どうしても止められない殺人衝動と、胸に開いた穴が求める愛をどうすれば埋められるのか高校に上がったばかりの新開には解らなかった。足りない愛を補おうとするのは空腹を紛らわせるのに似ていた。
 殺したい訳ではない。愛したいのだ。ホテルに入って、抱き合って愛を囁く。これが本当の愛だと信じて相手を選び、体を重ねる。抱きながら何かが足りないと思って強く掴み、気付けば壊してしまっている。後には何も残らない。

「難儀だね、隼人くんは」
 家を出る前、試験勉強中の弟にあいさつするために部屋を覗くと同情のこもった声で言われた。
「難儀?」
「だって、好きになったら殺しちゃうんだろ?」
「どうかな」
 殺す瞬間に感じる愛情は刹那的なものだ。それだけを求めて殺す。
 映画を見たり、本を読んで人の死に涙する事はある。けれど現実目の前で人が命を落としても、自分の手で命の灯を消しても罪悪感も悲しみも後悔もなかった。そうすることが当たり前で、生まれた時から必要なものだと身体に染みついていた。
「オレたちみたいな人種は愛とかそういうのを求めない方が楽に生きてけると思うんだよね」
 ペンを回して言う弟の顔は明るい。机に置かれた仮面が新しくなっている。また誰か殺したようだ。
 悠人は殺すたびに仮面を新しくする。
「人間はさぁ、殺す側と殺される側に分かれてるんだ」
 新開の家族以外にも、人を殺す人種は存在している。会ったことはないが、殆どの殺す側の人間は国の重役らしい。新開の両親もそうだ。警察関係者にも多いと聞く。
「殺さないと愛が解らないのに、殺しちゃったら愛せないもんな」
 そうだな、と曖昧に答えて別れを済ませた。

 悠人の言ったことを思い出しながらペダルを回すことに熱中した。なるべく考えない様にしたが、ふとした瞬間にお思い出してしまう。
 殺さないとわからない愛。本当にそうなのだろうか。確かに愛を求めて、新開は人を殺す。わからない。どうすれば胸が満たされるのか。
 練習を終えてウサギ小屋に向かった。ごわごわした毛に触れる。いつか、名前を付けたこのウサギも死ぬのだろうと思う。想像すると目頭が熱くなる。これも愛だろうか。何かを大切に思うことが愛ならばきっとそうだ。そこに、欲があるかないかの違いだ。

 押さえつけた体が跳ねる。使い慣れた刃物で心臓を刺し、腹部に向かって刃をゆっくり下げた。脂肪の少ない身体だったので先日の獲物よりすんなりと刃が滑って行く。
 骨を避けて皮と皮膚を撫でるように切り開く。胎内に埋め込んだ性器が興奮で昂ぶった。屍姦の趣味があるわけではない。骨から肉を、皮を剥ぐことで体が昂ぶるのだ。不必要なものだ。削らなくてはいけない。何故かそう思った。歩いている女の子を見ている時は無駄だと感じない。愛がこみ上げて抱きしめている時、どうしても要らないと思ってしまう。
 腕の中で身悶える体を見て、この肉はいらない、この箇所はいらないと切り落とす。削いで、削いで、そぎ落としていくうちに射精していた。

 大学に通い、社会に出てからも習慣は変わらなかった。誘い、連れ込んで抱いて、削ぎ落とす。
 隠蔽するために誰に借りを作り返さねばならないのかも覚えた。いずれ父のあとを継ぐときのために惜しげなく借りろと教わったが、新開はできる限り一人で処理をした。会社の給与以外の収入を得るために株を覚え、趣味が高じてなった作家としての収入もあったので最低限の手助けを頼むだけで済んだ。

「兄貴さぁ、結婚しないの」
 大学卒業を控えた弟に聞かれて苦笑した。はぐらかされたと思った弟は唇をとがらせて皮を引いた。息絶えた体からでも、生皮を剥ぐのは容易ではない。器用に剥いでいく弟に唇を鳴らして感心した。
 一時間前まで美しかった少女の顔は皮一枚ないだけで見る影もない。綺麗剥がれた皮を持ち上げて言う弟の指にはかわいらしい指輪がはまっている。相手も殺す側の人間だと聞いた。そうでなければ結婚などできないことも解っている。
愛を求めない弟にとって、都合のいい相手と家庭を作る事は難しくないのかもしれない。
「オレさぁ、愛のない結婚とかって無理っぽいんだよね」
 組み敷いた身体を、極力血が出ない方法で削りながら愛す。これがもう愛でないことは解っていたが止めることはできなかった。
「あ、隼人くん、テレビつけていい?」
「いいよ別に。」
 内臓の隙間に入れた刃から手を放し、自分の横に落ちていたリモコンを投げた。上手く受け取ってつけた番組はレースだった。
「福富さんが出るんだよ。」
 体温のなくなった乳房を切り取った悠人が少女のようにはしゃいで画面を見た。外国人ばかり映っている画面の中に、かつての旧友が居た。下を見ればこと切れた女性の身体。忘れたと思っていた罪悪感が少しだけ胸に湧いた。
「…あ」
 集団の中に、もう一人知った顔を見つけた。昔、自分を負かした少年がすっかり青年になってそこにいた。
 臓物を広げた体に埋めた性器が硬度を取り戻す。体中の血が沸騰するかと思った。
「隼人くん?」
 不思議そうに尋ねる弟に、大丈夫だと返事をすることができなかった。


 彼が出ているレースで、映像が残っている物を全て集めた。データを持ち歩き、ホテルで再生しながら人間の身体を削いだ。
 無駄のない削り続けた身体。走るためだけに進化した歪な生き物。
 息絶えた体が、けれど筋肉の反射で跳ねる。筋肉、そうだ、発達した彼の筋肉。触れたいと思った。ペダルを回す映像を見て興奮し、冷たい膣に射精する。
「みどうすじ、くん」
 彼の身体にはこんなに脂肪はない、筋肉さえ、必要のない部分にはない。削らなければ、もっと、もっと。
「みどうすじくん、御堂筋」
 まるで普通の性交のようだ。快感を覚えたばかりの子供が自慰に夢中になるのと同じだ。腰を動かして、何度も内側に吐きだす。画面から目を離さず、何度も、何度も、何度も。
「そうか、そうだったんだ」
 初めて人を殺したのはインターハイの後だった。愛を求めていたのではない。求めていたものが違ったのだ。満たされるはずがない。
「は…」
 快感に任せて続け、息が切れて冷たい肌に髪を埋めた。
「みどうすじ…あきら」
 いつか、と新開は思う。今は美しい彼には削る部分はない。いつか彼が自転車から離れ、レースに必要ない部分を蓄え、手にした時、彼を削る日が来る。想像しただけで腰が震え、何度も達したというのに体が昂ぶる。

 それからは簡単に息絶えない様に削る術を必死に模索した。血の出ない場所を、痛みを感じない場所を選び、できるだけ長い間生きていられるように削り取る。
 本番に向けて十分に練習しなければ。
 動かなくなった身体を見て思う。死んでしまったら口をきけない。あの大好きな歌も聞けなくなる。それはダメだ。
 殺したい衝動は抑えきれない。けれど彼を殺してはいけない。
 代わりに殺すしかない。彼を捕まえて閉じ込める。手に入れて生かして置いて、他の誰かを殺すしかない。
 彼が引退するまでにたくさん殺そう。そうすれば手に入れたあとでの欲求は減るかもしれない。
 選手としてのピークはまさに今だ。一秒でも長く美しい形で走っていてほしい。走っていてほしいが手にも入れたい。矛盾した欲望を抱いてナイフを握る。
 胸が焦げ付きそうだった。これが恋だと初めて知った。
 恋を愛にするために生きているのだと知った。

「御堂筋くん」
 モニタにはボトルに口をつける彼が映っていた。美しい、愛しいと思った。
 結婚しないのか、と言う弟の声を思い出す。するよ、と呟いてモニタの映像を一時停止した。



2014/12/29




昨年冬コミで出した本です

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