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pdr
懐疑主義(東御)



 ソファで眠ってしまった薄い身体を見下ろした。やっぱり好きなんだけどなと声に出して呟くが起きる気配はない。
 先程までレースの映像を流していた液晶は真っ黒で、今夜はちゃんと電源を切ってたか寝たんだと感心した。時々つけっぱなしでスクリーンセイバーが起動している事もある。
 御堂筋が東堂の部屋に遊びに来るのはなんら不自然ではない。二人は一応恋人同士だ。一応、というのは東堂が恋人にならないかと何気なく言った言葉に御堂筋が彼らしからぬ毒気を抜かれた顔をしてからええよと返答したからだ。練習も終盤に入り、ペダルを回す脚に力が入らなくなっている時間の会話だった。そのせいもあり自転車を止めると同時に東堂は綺麗に転んだ。呆れた顔で振りかえった御堂筋がさっきの取り消してもええかと聞くので慌てて飛び起きて駄目だと叫んだ。後から追いついた仲間に何事かと聞かれたが二人の交際は二人の間だけの秘め事にすると短い時間で暗黙の了解ができていた。
 東堂の部屋の方が交通の便がいい。恋人だからという理由より、御堂筋が入り浸るのはそこに理由があると薄々気づいていた。思えば交際を受け入れた時に短い間があったのはそれを考えていたからではないだろうか。東堂の部屋に泊まれる正当な理由を手に入れたかったから。
 ソファに座ってDVDを再生する御堂筋は恋人の部屋に泊まるのがどういう意味をもつのかまるで解っていない。もしくは、解っているが自身には関係ないと信じている。男同士だから、ではなく自分が御堂筋翔だから。東堂が一度問い詰めた時、確かにそう答えた。確信をもった声は普段のような自信に満ちた化け物ではなく、しかし自分が化け物であると信じ切っていた。
 薄く歪な体に欲情する男など存在しないと言外に告げる黒い目に、東堂は言葉を飲みこんだ。きっと何を言ってもこの化け物は信じない。好きも愛しているも口から音として出た瞬間に意味をなくし床に落ちる。彼まで届く事はないと、既に視線を逸らした顔を見て思った。
 何が彼をそうさせたのかは想像に難くない。レースの最中そう呼ばれるように仕向けた化け物ではなく彼自身が容姿を気にするずっと前から心無い級友に揶揄されたに違いない。物心つく前から周囲に容姿を褒められ続けた東堂は、それが当然だと信じ、そう生きてきた。御堂筋も同じで、刷り込まれた己の容姿を成人した今でも醜く愛されるものではないと信じている。
 誰が何と言おうと、東堂は彼の容姿も生き様も走る姿も愛していた。
 二人きりになるたび何度も言った。何度も言い、そのたびに御堂筋はどうせ嘘だろうと一瞥して言葉を叩き落す。
 今日も、部屋に訪れた御堂筋に何度目になるか解らない告白をして床に言葉を落とされた。どれだけ時間がかかっても、せめて一言彼に届けるまでは触れてはいけない。肉欲を優先してしまえば東堂の言葉は重みを無くし、叩き落とされるまでもなく届く事なく消えてしまう。
 
 練習の疲れで眠った顔を覗き込む。無防備な寝顔に彼が好きだと再確認した。聞こえるはずのない言葉を、見下ろした顔にもう一度告げる。せめて夢の中で声が聞こえますようにと祈りながら。

2015/5/22

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あきゅろす。
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