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pdr
手入れ(東御)
※未来捏造同棲設定









 土砂降りの雨に見舞われた。同居するアパートの前の道が舗装工事の最中だった。その二つが重なっただけでここまで酷い惨状になるとは思わなかった。
「いい!もう全部脱げ!服は玄関でいいからさっさと風呂に行け!」
 泥まみれになった衣服を脱ぎ捨て、口を開けない御堂筋の背を叩く。泥水の上に二人そろって転んだ。正確には転んだ御堂筋に裾を掴まれて東堂も巻き込まれた。起き上がって真っ先に御堂筋に怪我がないか確認した。泥まみれになった御堂筋は小さい擦り傷はあったものの酷い怪我はなかった。珍しい申し訳なさそうな顔に、自分の服が泥まみれである事に気付いたがそんな事を気にするなと言って壊れた傘二本を脇に抱えて御堂筋の手を引いた。
 新品で、買ってすぐに着て見せたほど気に入っている服だったがそんな事はどうでもよかった。転びかけた彼が反射とはいえ自分に縋ったのだと思うと怒るどころか顔が緩んでしまう。残念ながら彼を支えてやれず一緒に転んだわけだが。身長は十センチ以上御堂筋の方が高いにも関わらず体重は殆ど変らない。時期によっては御堂筋の方が軽いことさえある。支えてやれなかった悔しさを誤魔化すように玄関をはいってすぐに大声で風呂に追いやった。

 湯船に湯を張りながら熱いシャワーで体を温める。春先の雨は冷たい。白い肌にお湯をかけて擦り傷を確認した。
「痛くないか」
 俯いた顔は背後からでは表情が解らない。鏡の前で膝を抱える骨ばった身体に苦笑して髪にも湯をかけてやった。
 広く薄い背中を丁寧に流していると少しだけ上がった顔がちらと東堂の方を見た。未だ視線は下に向いているので視界に入るのは床に就いた膝くらいだろう。
「服の事なら気にしてない。どうせ濡れてた」
「…さよか」
 御堂筋は東堂に対して素直に謝らない。東堂だけではなく殆どの人間に対してはそうなのだが、礼儀と節度は持っている彼は相手によっては確りと謝罪も感謝も口にする。東堂をはじめとする同等の選手にそれが出来ないのは御堂筋翔という不器用な生き物性質の一つなのだと東堂は理解していた。

 湯船に溜めたお湯が半分を超えたところで御堂筋に入るように言って自分の髪を洗い始めた。泡を流し切って、湯船に浸かっている御堂筋がまた東堂を見ていると気付く。普段それほど東堂に視線を向けない彼が珍しいと軽く動揺し、視線の位置に一瞬だけ動揺が強くなった。腰より下に向けられた目は、しかし動揺は勘違いでもっと下の太腿から脹脛に向いていた。
「別に怪我はしてないぞ。」
 同じ選手として心配なのだろうかと無事を伝える。大きな目がぱちりと瞬いた。
「そらよかった、ナァ」
 気まずそうな声におや、と思う。どうやら怪我を気にしたようではなさそうだ。
「なんだ。」
「べつに」
 アパートの部屋はそれほど広くないが、湯船は広く気を使えば二人で入れる。向かい側に入ると長い脚が折り曲げられて膝が水面から顔を出した。
「…ん」
 白い膝小僧に乗せられた手が普段と違う形な事に急にぴんときた。
「ああ、そういえばそろそろ剃らないとと思ってたんだ。」
 つるりとした御堂筋の脚と違い、東堂の脚には成人男子の平均以下ではあるが脛毛が生えている。競技上小まめに手入れはしているがレースも少なく、実家の手伝いを優先する時期は処理が普段より遅くなる。
「御堂筋は全然生えないからな」
 一緒に住むようになって知ったのだが、御堂筋は脚をはじめとする髪以外の体毛を処理しない。処理をする必要がない。洗面台に置かれた剃刀を見た御堂筋が何故こんなものがあるのか東堂に尋ねて発覚した。最初は冗談を言ってるのかと思ったが彼が一度もしていないのは同居していればわかったし、なにより肌に触れた時にどの部位にも産毛一つない事は確認済だった。
「イケメンでも無駄毛って生えるんやねぇ」
 まじまじと見つめれて居心地が悪くなる。仮にも恋人に下半身を見つめられれば若く健康な男なら正常な反応だと思う。
「それって、どうやって剃るん」
 興味深そうな顔は普段の悪戯っぽさのない幼さを感じさせた。

「…別に楽しくないと思うが。」
 下着をつけ、脱衣所に新聞紙を敷いた。玄関に脱ぎ捨てた服は洗濯機に放り込んである。Tシャツにハーフパンを履いた御堂筋の手には買ったばかりの剃刀が握られていた。
「このまま使てええん?」
「待て待て待て、肌が傷つくから」
 首をかしげる御堂筋に慌ててシェービングローションを渡す。普段使わない物を手にするのは楽しいのか黒い瞳が僅かに輝いて見えて東堂はまた心臓が高鳴るのを感じた。
 風呂上りの柔らかくなった肌にひやりとしたクリームが乗り、小さく息を吐く。脹脛に白いクリームを塗る顔は工作を楽しむ子供のようだった。
「そんで、この上から剃ればええの?」
「あ、刃の向きが逆だ。そう、それで少し皮膚を引くようにして…」
 自転車以外に関して不器用な細い指に若干の不安はあったが他人の肌に刃物を当てる作業に緊張しているのか丁寧な動きで内心胸をなでおろした。
 一通り終わると緊張が解けたのか大きな口から長い溜息が漏れる。
「お疲れ様、だな。逆は自分でやるから」
「見ててもええ?」
 意外な申し出にとっさに返事ができず軽く裏返った声で相槌をしてしまった。
 床に座り、新聞紙の上で行う作業というだけでも普段とは違うのに目の前で恋人にまじまじと見つめられて手元が狂いそうになる。それでも御堂筋の作業よりはずっと早く済んだ。足に残ったクリームをタオルで拭ってから冷たい水で絞ったタオルを当てると不思議そうな目をされたので肌を引き締めているのだと教えた。何をしているのかは理解できたらしいが何のためなのかわからない首がまた傾けられた。
 保湿クリームを塗る作業は納得できているようだった。乾燥しやすい肌の御堂筋も保湿はよくしている。乾燥の原因の一つは極端に少ない体毛のせいではないだろうかとふと思った。

「いちいち面倒やね」
 居間のソファに座ってテレビをつけてもまだ御堂筋は東堂の脚を見ていた。自分にはないものに沸いた興味がまだ持続しているらしい。
「まぁ…慣れれば別に」
 鍛えているし誇れる部位ではあるが羞恥が沸く。長ズボンを選ばなかったことを後悔しながらココアの入ったカップに口をつけた。
「ふぅん」
 東堂の入れたココアに御堂筋も口をつける。揃いではない、互いに持ち込んだカップは並べるとひどく歪だった。
 並んだ体もきっとそうなのだろうと東堂は夕方のニュースを流し始めたテレビに視線を向けて考えた。ニュースの内容は頭に入らない。隣に座った御堂筋の脚が、焼きついて離れなかった。
 出来たばかりの擦り傷と、体毛のない白い肌。これはきっと進化だ、と東堂は思う。異常なまでの自転車への執着が幼い少年を変質させた。正常な成長を奪い人間から遠ざけた。
 剃刀を手にした御堂筋の姿を見たのは恐らく東堂が初めてだ。初めてで、できれば最後の一人になりたいと思った。
 肌に触れた指の感触を思い出す。性交の最中ですら御堂筋は全く東堂に触れようとしない。ユニフォームを着て、グローブを着けた彼の手が挑発の意味を持って他者に触れることはある。その中に東堂も含まれるが、それは御堂筋翔に触れられたとは言えないと信じている。あれは自転車の一部であり、彼はその時人間ではないのだ。
 恋人として、初めて彼が東堂の肌に触れたのだという事実を噛みしめ、土砂降りも道路の舗装工事も神の恵みではないだろうかと感謝した。

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