[携帯モード] [URL送信]

pdr
※離教室(東御)
※久屋さん捏造







 御堂筋は頭がいい。高校三年生の東堂が勉強を教わっても難なく教えることができる程頭がいい。けれど、と東堂は思う。確かに御堂筋は恐ろしく頭がいいが、人間の心情を察することはできないのではないだろうか。

 冬休みに入ってから東堂は頻繁に御堂筋が住んでいる久屋に入り浸っていた。最初は純粋な興味で御堂筋翔という選手の生体が気になって押しかけ、もともと社交性のある東堂は久屋の人間と親しくなってほぼ毎週に顔を出すようになった。出費は厳しかったが京都の業者とも取引のある実家は宿泊費がかからないならばと交通費を負担してくれた。京都の業者に挨拶をして実家の為に新しい仕入れ先を捜し歩き、久屋に泊まって月曜までに箱根に戻る。そんな事を繰り返していたが冬休みに入ってからは毎日のように久屋に入り浸った。
 久屋の人間と親しくなり、ますます御堂筋翔という選手について興味がわいた。暖かな家庭で、例え血がつながっていないとはいえ愛情を持って育てられたにも関わらず彼の走りには他者を重んじる姿勢がない。苗字の違いを疑問に想って久屋の長男に尋ねた時に聞いた御堂筋の生い立ちも、彼が他者を蹴落とし踏みにじる理由がそこにあるとは思えなかった。
 離れに住むようになったのは中学に上がる前だったと久屋の娘に聞いた。一人部屋が欲しいとごねた娘の為に、庭で廃屋同然になっていた物置を自身で掃除して御堂筋が越したのだと言う。当然小学生の手で物置を人が住めるレベルに出来るはずもなく久屋の父の手で立派な離れに改装された。自転車と学費以外の全てを受け取らない子供は改装の費用を確りと記録し、いつか返すと言った。その話をする時、久屋の人間はみなどこか寂しそうだった。
 長男は東堂と同じ歳だったのですぐに親しくなり泊まる際はいつも彼の部屋で寝かせてもらった。互いに三年生で選択科目も同じだったので勉強を教え合ったりもしていた。東堂もそれなりに成績がよかったので勉強を教えることもできた。しかし東堂がわからないとなると二人で頭を抱えるはめになった。
「…翔ならわかるかもしれんなぁ」
「御堂筋?だが奴はまだ1年生だろう」
 東堂の苦手科目である英語は、運悪く久屋長男にとっても苦手科目だった。かつ箱根学園のテキストは彼の通う高校より幾分難易度が高い。
「翔、外国語得意やから。聞いてきたらええよ。まだ起きとると思うし。」
 軽い言葉で部屋から送り出されて断りきれずに廊下に出ると、久屋の母からお茶と菓子を渡された。どうやら示しを合わせての行動だったらしい。
 久屋の家族は、御堂筋という子供の境界線を測りかねている。礼儀と節度をわきまえ、自分から巧く距離をとる大人しい子供の引いた線を越えられない。優しさでもあり、面倒事から遠ざかる人間の卑怯さでもあった。


 御堂筋の部屋に入るのは初めてではない。自転車と、自転車の為の工具や資料、低い勉強机に座布団と、隅にたたまれた布団がある。前に見た時と違ったのは御堂筋の布団の横にもう一組たたまれたそれがある事だ。
「おばさんが、今日は東ドウくんこっちで寝かしてやり、て」
 嫌そうな声でも顔でもなく、ただ事実を告げただけの声だった。
「そうか」
 友達を一度も家に呼んだ事のない子供の元へ押しかけてきた東堂を、久屋の人間は友達と判断して受け入れたのだろう。残念ながら秋が過ぎ冬を迎えた今、東堂は御堂筋を少しも友人として見れていなかった。
 選手としての彼に興味を抱いて京都に通い始めた東堂は、人間御堂筋翔を先に知ってしまった。人間としての彼は空っぽだった。空っぽでなければいけないと頑なに自分を守り、周囲を拒絶する姿にいつしか東堂は魅せられていた。彼が何故自転車に固執し悪役を演じ狂ったように走るのかすらどうでもよくなるほど、ただの御堂筋翔をもっと知りたいと願うようになった。
 何度か訪れた離れで、ふたりきりの時に想いを告げた。境界線をくっきりと引いた少年は東堂の言葉を線からそちら側に受け入れず大きな目を細めただけだった。
「…ここまででいい。やはり母屋で寝かせてもらう」
 筆記用具を仕舞う東堂に、御堂筋が首を捻った。
「全然進んでないやん。大体おばさんもユキちゃんももう寝とるんやで。玄関開けたら迷惑やろ」
 御堂筋の言葉は最もで、久屋家の玄関は大きな音を立てる旧式の引き戸だ。二階で眠る長女は勿論、仏間で眠っている父母を起こさずに開け閉めするのは難しい。
「キリのええとこまで進めぇや。せやないと見とるこっちもキモい」
 向かいに座っている御堂筋のノートは閉じられている。東堂の勉強に付き合っているのが一目でわかりシャーペンを強く握った。芯が折れる音がして、御堂筋が眉を顰める。畳に落ちた芯の欠片を拾い、すまないと謝ってからテキストに向かった。
 東堂が御堂筋に告げた想いは純粋な好意だった。純粋、といえば純粋だが言い方を変えれば不純な好意だ。好きで、邪な目で見ていると素直に告げた。東堂自身口にするまでは不確かだった。テスト期間に成績優秀者を集めての特別補修から戻った御堂筋が制服を脱いでいる姿を見て間違いなく欲情したのでそれも含めて正直に告げたのだ。
「…お前、頭はいいが馬鹿だな」
 ため息をつき、額を押し付けて言うと御堂筋から怒声が飛んだ。予想はしていたが真横で怒鳴られて耳が痛い。
「ハァ?!勉強教わっといて人を馬鹿扱いっていくらなんでも常識なさすぎるんとちゃう?!」
 いっぺん死ね!と怒鳴られるが机に突っ伏したままちらりと見た近すぎる鎖骨のせいで全く響かない。正面で自身の課題をこなしていた御堂筋が隣に移動して東堂のテキストを読み始めたのは小一時間前だ。自分でもよく耐えたと思う。
 東堂が離れを訪れた時御堂筋は風呂上がりだった。それだけでも思春期男児にはつらい物があったのだが、電気代を気にして暖房を低めに設定した前科を持っている子供の為に母屋と連動している温度設定は真冬だと言うのに熱すぎた。おかげで御堂筋は薄手のトレーナー一枚とハーフパンツのみで、それも首元が広く開いている物だった。普段はユニフォームに包まれている箇所が見え、白いと思っていた肌が日に焼けた部分はまだましだったことを間近で確認してしまうと勉強どころではない。机に顔を押し付けた東堂は浮いた鎖骨から視線を外せないまま固まっていた。
「ちょお、なんなん。眠くなったんならもう布団敷くからそこ退いて」
 キリのいい場所まで終わったわけではないがこれ以上は無駄だと踏んだのかカチューシャをつけた頭をばしばしと薄い掌が叩いた。
「…おれ、おまえにすきってゆったよな…」
 普段と全く違う頼りない声が出ている事は解ったが、涙声になっていないのが救いだった。叩いても動かない東堂の髪を弄び始めた指が止まる。
「言うたっけ…?」
 自分の声も随分間が抜けていたが、御堂筋の返事はそれ以上に間抜けだった。近すぎるノートの文字はぼやけて見えないが難易度の高い外国語の問題は彼のお蔭で殆ど解けている。だというのに御堂筋は東堂の出した問を少しも解けず、いや解こうともせずに隣に座って髪に触れて―
「いっ―!」
 手首を掴み、畳の上に引き倒して見下ろした。驚いた瞳に見上げられて安堵する。
「好きと言ったろ。」
「…覚えてへんもん」
 乗り上げられて初めて東堂の言葉を理解したのかばつが悪そうに眼をそらして唇を尖らせた。子供じみた表情に胸がきゅうと締まる。
「じゃあ今覚えろ」
 尖らせた唇に触れるだけのキスをして、呆気にとられているうちにハーフパンツを引き摺り下ろした。暴れかけた体は急所を握りしめられて硬直し、声にならない悲鳴が上がる。
 母屋から離れはそれなりに距離があり、離れは完璧ではないが防音なので御堂筋が大声を出したところで誰も気付かない。夜に離れを訪れると決まった時、東堂の頭の中にはそんなことが浮かんでいた。
「ピッ!なん、なんなんキモい、キモ」
 威嚇する声は震えていて迫力がなく、石鹸の香りがする性器を舐め上げれば意味のある言葉は出なくなった。
「ふっ…ぅ、ぅっ…ん、ん」
 反応を見上げながら丁寧に愛撫する。完全に立ち上がらないのは慣れていないのか彼の体質なのかは解らないが震える全身を見ればそれなりに快感を感じていると解って安堵した。
 日焼けしても白い肌よりももっとずっと白い場所に興奮し、柔らかい性器を御堂筋が泣きだすまで舐め続けた。

 離れに温水が出る水道があってよかったと思いながらぐったりとした体を拭いてやる。結局御堂筋は射精に至らなかった。今までしたことがないのかと尋ねれば何がと返されるばかりで要領を得ないので彼はどうやら経験も知識も人並以下なのだと判断する。保健体育の成績が悪いわけではないので教科書の文字としては覚えているのだろうが。
「突然悪かったとは思ってる。だが、できれば好意を寄せている相手に無防備に近づくのはやめてくれないか」
 勉強机を片づけ、布団を敷いてから謝って告げる。返事がないので電気を消す前に顔を覗き込むと疲れ切った顔で寝息を立てていた。
 並べた布団に潜り込み、カーテンの隙間から僅かに入り込む月明かりで御堂筋の寝顔を見る。暗い中でも白い歯が浮かび上がって見えた。
 きっと明日になり、早くに練習に出た御堂筋は今夜の事を忘れるだろう。自転車以外の事を覚えておく余裕など彼の頭にはないのだ。恐ろしいほどにいい頭も、自転車を続けるために使う。成績不振者がレースに出れないのならその不安を取り除くために勉強をする。チーム内の成績すら見るために学んだ知識があるから三年生の勉強も難なく見れるのだろう。
 彼の努力を知れたのが嬉しくて頬が緩む。同時に、邪な心を持って彼に触れてしまったことを僅かに後悔する。
 頭がいいのに、人の心情を理解しない少年の危うさがやけに悲しい。布団を頭まで被って強く目を閉じる。今夜の事を彼が忘れるなら自分も忘れてしまおうと決めて。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!