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pdr
※神様なんかいない(東御)
※未来捏造
※盛大なキャラ崩壊
※一瞬ですが東巻っぽい







 東堂尽八は巻島裕介と付き合っている。と、世間では言われていた。実際の所二人の間に交際関係はなかったが噂を否定する理由もなく言われるまま適当な相槌を返すのが常になっていた。
 巻島の人間関係は狭く、東堂は広い。東堂の方が巻島の隣に居ることを選択すれば自然二人が一緒に居ることが多くなる。
 東堂自身、巻島であれば同性でも恋愛関係になれるのではないかと少なからず思っていた。もっと言えば自分は巻島に恋をしていると思い込んでいた。
 自転車と、自身の身なりに気を使ってばかりいた東堂は恋を知らなかった。戯れに好きだと告げても巻島は苦笑いをして誤魔化し続けていたが邪険にされなかったので良きライバルとしての関係を築きつづけた。そのことに微塵も不満を覚えなかったことが恋愛としての矛盾だったのだがその時の東堂はまだ気付いていなかった。

 最初はやたら視界に入るなと思った。異形とも言える見目ならば仕方ないだろうとも。目は合わないがそれは相手が人の目を見ない性質をもつからだと気付いたのは自分が必死で目を見ているからだと気付いて愕然とした。
 チームメイトである新開や福富を口汚く罵り、東堂も煽られた。それどころか自身の仲間で先輩という立場の石垣を蹴落とし利用した人間だ。仮に美しい見た目だとしても許せる行いではない。
 御堂筋翔は醜い。初めて心から悪だと、許せないと思う人間に東堂は出会ってしまった。
 視界に入るようになった御堂筋翔は矢張り醜かった。彼の出るレースを全て調べて参加したが、どの試合でも彼はめぼしい選手を調べては挑発して罵り、とても10代半ばとは思えない心の抉り方をして勝利をもぎ取っていた。走る姿もその精神を顕わしているかのようで、観客席からは子供や女性の怯える声が聞こえた。全て捨てて削り走る姿は鬼気迫り、確かに恐ろしい。フォームも表情も、背には昆虫の羽が幻覚として時たま見える。恐ろしいと思った。寒くもないのに背に寒気が走り鳥肌が立ち、ゴールして涙を流している自分に嫌悪した。
 一体何に涙を流しているのか全く理解できなかった。その日のレースで東堂は一位だったにも関わらず表彰台に立てないほど気分が悪くなり救護テントで横になっていた。目を閉じて浮かんでくるのは異様な前傾姿勢でペダルを回す薄っぺらい体だった。ペダルを回すためだけの身体は筋肉の付き方も異常で必要以外の場所には筋肉も贅肉もなく骨と皮だけのように見えた。体のラインをくっきり浮かべるユニフォームの所為で一度も見た事のない御堂筋の身体さえ閉じた瞼の裏に映し出されてついに東堂は目を開いた。救護の係員が心配するのを振り切ってトイレに駆け込んでレース中に食べた補給食を吐き出す。
 視界がちかちかと白み、その隙を縫うように打ち消した裸体が浮かぶ。炎天下を走っているとは思えないほど御堂筋の顔は白い。首も、ユニフォームとグローブから見える肌も全て白い。剥ぎ取った下はもっと白いのだろうかと考えたくもない肌の色を思い浮かべてまた胃の中身がせり上がった。
 胃が空になるまで吐き続け、口を濯いでトイレから出ると丁度帰りのバスに向かう御堂筋の姿が見えた。走っている時と違い、大きな口は閉じられ真っ黒な瞳は地面に視線を落として歩みもどこか不安定だった。自転車のために歪められた体は普通の生活をしにくいのかもしれないと嘔吐で霞んだ頭で思った。
 御堂筋がバスに乗り込む直前、レースに参加していた選手が何人か彼に詰め寄った。口汚く罵り、かつてのレースでの不正を抉られていた選手だった。胸倉を掴まれても御堂筋は相手を蔑んだ目で見て弱者の意見を聞き入れる気がない姿勢を貫いていた。気分の悪くなる光景だった。汚い手段で敵の戦意を削いで勝った御堂筋も、その程度の戦略に負けた弱者も東堂から見れば等しく醜い。
「おい」
 今にも殴りかかりそうな何人かが東堂の低い声に委縮し、御堂筋を突き飛ばして逃げて行った。
「ファ、今日の優勝者さんやないの。助けてくれておおきに、て言えばええん?」
 安堵した顔は微塵も見えず余計な事をするなという副音声が聞こえてきそうだった。レースが終わった今、大会運営が駆けつけられるこの距離で大した暴力は振られないのだから東堂が止める必要はなかった。御堂筋は言外にそう言っているのだ。
「お前のやり方に問題があるんだろう」
「いい子ちゃんは言うことが正論やなぁ」
 口元に手を当てて笑う姿は明らかに東堂を馬鹿にしている。演技じみた仕草に眩暈がした。
「…東ドウくん?なんなんキミ顔イロ酷いで。そういや表彰式にもおらんかったし体調悪いんやったら救護テントに―」
 呼吸が荒くなりふらついた東堂に、意外にも御堂筋は平凡な気遣いを見せた。なんだ、こいつも人間だったんだなと思いながら言葉は出なかった。喉が熱く、吐くものもないのに喉が異音を立てる。
「しゃあないな、今係りの人呼んでくるから」
「やだ」
 えづきそうになる喉を抑え込み、短い言葉を吐きだした。震えるどころか痙攣し始めている手で掴んだ手首は思っていたよりも太さがあったが思っていたより肉はついていなかった。骨と皮だ、と思った。
「言うてもキミ過呼吸起こしてるんとちゃうの。あかんやろ。それに―」
 ずっと合わなかった視線が合った。レース中の仮面を被った演技じみた表情ではない。一人の人間として御堂筋翔が目を合わせた。上がりきった息が喉からますます異音を立てる。
「そないボロボロ泣かれたら平気て言われても信じられへんよ」


 視界が白く染まる。吐きそうだ。胸がむかむかする。頭が痛い。強い日差しを背中に感じて、自分が地面に崩れたのだと解った。掴んだ手は最後まで放さなかった。




「巻ちゃん、どうやら俺は巻ちゃんに恋をしていたわけじゃなかったみたいだ」
「知ってたッショ」
 あっさりとした言葉に、妙に納得した。曖昧な言葉で返されていたのも、それに対して少しも不満を覚えなかったのも全て理由がついた。
「俺はお前のこと嫌いじゃねぇけど、お前が俺のことを恋愛対象として見てないのは解ってたから」
 巻島の言葉は、彼が常に他者との間に引いている境界線を感じさせた。彼もまた、未だに他人を愛したことがなかったから東堂の言葉の裏を敏感に悟っていたのだろう。
「見つかったなら祝った方がいいか?」
「いや、逆だな」
 笑うのが苦手な、不器用な親友の笑みに東堂も珍しくへたくそな笑みで答える。
 いっそこの不器用に笑う親友に恋をしていたならと思う。焼けそうな胸の痛みも喉をあがる吐き気も知らずに済んだ。
 優しく触れることも出来たし照れながら手を繋ぎ指を絡めもしただろう。男同士の恋愛で苦労はあったかもしれないが甘酸っぱい胸の痛みや切なさ以上に幸福と微笑みに満ちた日々を送れたはずだ。自分と彼が互いに恋愛感情を抱くことが出来たなら。
「きっと俺は後悔すると思う。」
「そうか」
 恋を見つけた親友に、巻島は何も言わなかった。後悔することが解っていると言いながら東堂の目には微塵も迷いが存在していない。冗談のように何度も聞いた愛の言葉と裏腹に初めて見つけた恋愛を語る東堂の言葉は鉛のように重かった。
 食事を終え、駅まで歩いて改札で別れる。最後に巻島が、やっぱり一応言っておくと前置きしておめでとうと言った。
 目立つ緑色の髪が見えなくなるまで見送り、駅から自宅まで歩いた。
 巻島が日本に戻ってからまだ数か月。東堂が家を出て郊外のマンションを買ってから半月。
 自身の恋愛を自覚して、東堂はそれをすぐには巻島に告げなかった。ただ愛の言葉を告げることを辞め、周囲の誤解を解いた。距離が離れた事もあり東堂と巻島の仲を勘ぐるものは徐々に減っていった。
 巻島に、自分の気持ちが恋愛ではないと告げるタイミングをいつにするのか東堂は気持ちを自覚した夏に決めていた。想い人に気持ちを伝え、通じるまでは言わずにいようと。

 オートロックのマンションは、室外だけではなく室内からも鍵がなければ開かない作りになっている。買ってすぐにそう改造した。鍵を開いて室内に入るとか細い声でおかえりと聞こえた。震える声に微笑んで返事をする。怯えなくても確り挨拶が出来た恋人に手をあげる趣味はない。
 玄関から長い廊下を抜けた先にある広い部屋はまるでそこだけで生活できる一室のように風呂トイレ別の個室になっている。造りは安いホテルのようだが間取りは広く壁も天井も床も全て高級感がある。部屋の隅にはローラー台が置いてありロードバイクも何台か置かれていた。足りない物と言えば窓くらいだ。この部屋には窓がない。風呂とトイレのドアを除けば長い廊下に続いている扉があるがその扉も数字を打ち込み鍵を挿さなければ開かない。
 厳重に鍵をつけられた扉は、御堂筋には開けなかった。数字を知らないからでも鍵を持っていないからでもなく、その位置まで届かないのだ。首と、足首につけられた分厚い皮のベルトは御堂筋一人では外せず、そこから繋がれている金属製のワイヤーは素手どころか包丁やカッターでも切れない。
 すっかりおとなしくなった御堂筋はしかし、毎日決まった時間だけ必ずペダルを回し、できる限りの身体づくりをしている。それ以外の時間はじっと部屋の隅に座り東堂の足音に怯えていた。
 おかえり、と返事をするようになったのは昨日だ。反抗的な瞳が消えたのは一週間前、薄い唇から罵声を吐かなくなったのはその二日前。
 特別酷く暴力を振るい続けたわけでも脅したわけでもない。部屋に呼んで、どうやら俺はお前に惚れているようだと言った。馬鹿にした笑いが恐怖に変わるのはすぐで、自転車から離れた体は力の使い方を知らず東堂の手にあっさり落ちた。一度目の行為で、初めて彼への想いを自覚した日の事を思い出した。あの暑いトイレの個室で吐きながら、僅かに、けれど確かに東堂は欲情していた。それを認めたくなくて何度も吐いた。
 認めた欲を押さえつけた薄い腰の中にぶちまける頃には性行為に慣れていない御堂筋は意識を飛ばしていた。用意していた睡眠薬を使うまでもなく拘束用のベルトをつけられた。

 頬を撫でる手に眉を寄せなくなった。薄い唇にキスをして、細い髪を撫でる。おとなしい身体に寒気がした。あの夏と同じで鳥肌も立っている。胸が焼けるように痛み、視界が白む。
 触れる程遠くなるような苦しみに、これが恋か、と呟いた。

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