[携帯モード] [URL送信]

pdr
ふたりでおでかけ(東御)
東御アンソロに寄稿したものです








 待ち合わせは現地の駅だった。遅刻、もしくはすっぽかすだろうと踏んでいた相手が五分前に現れた。二十分前に来ていたことは口に出さず早いなと笑う。早く来た分早く帰せと言われてまた笑った。

 夏の大会で御堂筋翔を見てからずっと、東堂は彼を知りたかった。選手として他者を蹴落とし不気味に走る内側、根本に何があるのかを。
 秋にヒルクライムの大会があった。そこで再会した彼に、オレが勝ったら一日くれと頼んだ。シーズン中の彼には一日も休みがなく、やっと空いたのが真冬の今日だ。

 彼を知りたいと言ってもどうしたらいいのか解らず、咄嗟に思いついたのは一般で言うデートのようなコースだった。嫌がると思ったがレースでの勝敗には確り従う性質らしい。東堂が提案した場所に反論せずに着いてきた。

 休日の映画館は混んでいたがどのスクリーンも満席ではなかった。上映している映画は5本あったが待ち時間を考えれば選択肢は3本だった。
 少女漫画が原作の青春恋愛映画と、アクションが売りの洋画、世界的に有名な、こちらも矢張り洋画でファンタジー映画。恋愛映画はカップルで埋まっていたのでやめることにした。
「ファンタジーとアクションはそんなに違うのか」
 普段映画をあまり見ない東堂が尋ねると御堂筋は面倒くさそうに目を細めた。
「話も画面も作り方がちゃうわ。」
「そういうものか」
 結局御堂筋が見たい方はと聞けばファンタジーだったのでそちらのチケットを二枚買う事にした。列に並んでいる間、ポップコーンや飲み物をどうするか聞いたが御堂筋はいらないと答えた。
「チケット代…今日の代金はオレが出す」
「キミが誘ったんやから当然やろ」
 そっけなく言う男が財布を出そうとしていたのは見えていた。東堂が言わなければ自分のチケット代は出していたはずだ。礼儀や行儀はあるように見えた。並んでいる時も、前後の人間に迷惑にならないように気を配っている。
 カウンターまで進み、映画のタイトルを告げようとしたとき受付の女性がにこやかに言った。
「本日カップルサービスデーですのでお二人で千二百円です」
「…カップル?」
 訝しげな東堂の声に女性は慌てて頭を下げた。申し訳ありません、という声に苦笑いをした。

「そぉんな恰好しとるんが悪いやろ」
「うるさい」
 暖房のきいた座席について白いダッフルコートを脱ぐ。確かに女性が着ていてもおかしくないデザインだが東堂も百七十センチを超えている華奢でもない男だ。
「けったいなモン頭につけとるしなぁ」
「な、これはオシャレでつけてるんだ」
 トレードマークであるカチューシャを指されて反論しかけたところで明かりが消えた。映画が始まる。互いに声を潜めた。御堂筋がカバンに手を入れているのが暗闇に慣れた目でぼんやり見える。携帯電話の電源を切ったのだと解り、慌てて自分の携帯電話も電源を落とした。常識だけではない。作品に対する敬意も持っている、と東堂は直感した。
 長いコマーシャルのあとで、ようやく本編が始まった。
 俳優もグラフィックも美しかった。画面も音楽もセリフも全て文句の付け所がないほど完璧だった。最後のシーンで号泣したが、隣に座った猫背の男はまっすぐに画面を見ているだけで涙は流していなかった。

「何故泣かないんだ」
「泣くほどの話とちゃうやろ」
「そんな事はない!」
 映画を見る前とは逆で、映画の良さや魅せ方を話す東堂の言葉を御堂筋が聞き流して歩く。映画館の入ったモールを出た後、安い蕎麦屋に入った。次に行く場所への通り道だったからだが味は悪くなかった。
 正面に座った御堂筋は猫背だが箸の持ち方は綺麗だった。口元に麺を運ぶ姿も、
「ん?」
「なんや。じろじろ見て」
 綺麗、だとそんな風に見える人間ではない。どちらかと言えば異形だ。
走る姿も、他者を圧倒し脅し走る姿も、美しくなどない。
「…歯並びが綺麗だな」
「そらおおきに」
 目を伏せて興味なさげに即答する声におや、と思った。相手にしてない声と仕草のはずなのに、先程までと違う気がした。どこがどう、とは解らなかったが確かに違う響きを感じたのだ。
 薄く開いた目と、箸を動かすたびに開く口から覗く白い歯。首元が大きく開いた服から見える肌は青白かった。不健康な色はとてもロードレースで走っているようには見えない。
「伸びるで」
 指摘されてはっとする。かけそばを頼んだ御堂筋の皿は空になっていた。天ぷらそばを頼んだ東堂の器には、指摘通り伸びた面と、衣がふやけた天ぷらが浮いていた。
 東堂が食べる間、先に食べ終わった男は黙ってお茶を飲んでいた。急かすことも文句をいうこともなく時折携帯電話を出すもののメールの有無を確認する程度で暇つぶしに弄るような事はしなかった。

 蕎麦屋を出てから数駅乗り継ぎ、水族館に着いた。動物が得意ではないと聞いたが魚ならましだろうと思ったのだ。比較的静かだし、博物館や水族館では東堂の方がつらかった。

 駅から広い道を歩いて、人工滝の脇を歩き土産屋を通り過ぎて入り口が見えてきた。ゲートには大きな魚の飾りがあって、先に歩いていたカップルが魚との背比べをして笑っていた。チケットを買ってからまだ少し歩き、階段を上がる。登った先に開けた場所にドーム状の入り口があり、エスカレーターで降りたところがようやく水族館らしい空間だった。
 薄暗い空間で、水槽からの明かりは目に優しかった。
 休日だったが幸いにも他に客は少なく、逸れそうになる事もないがどこかぼんやりとしている御堂筋に急に不安になって距離を縮めた。水槽ではなく、水槽の上、水面を見ているような気がした。倣って見上げれば水槽の和らな光よりいくぶん眩しい明かりが目を射す。目を細めて隣を見上げると大きな目は全く細められずきらきらと反射する水面を写していた。
 美しいと、素直にそう感じてしまった。

 知りたいと思った選手の根本はわからない。けれど半日時間を共にした時点で、東堂の御堂筋に対する評価は随分変わった。
 道の上での彼と、そうでない時の彼はまるで別人だ。アレはただのパフォーマンスだったのだろうか。いや、パフォーマンスであそこまで出来る人間は恐らくいない。仲間を切り捨てることも他人をあそこまで悪く言うことも、演技でできる物ではない。覚悟がなければできないのだ。
 並んで歩く彼は至って普通の少年だ。礼儀も行儀もあり、常識もわきまえて優しさもある。その彼が、どのような経緯を経てあそこまでできる覚悟を持ったのだろうか。
 三日目の朝、髪を切った彼を見て何かを捨てているように見えたが、なにかではなく全てを捨てているのかもしれないと水槽の明かりに照らされる姿を見て思った。たった一五歳の少年が、全てを捨てると言うのは生半可なことではない。水色の明かりに浮かぶ姿を見て、改めて彼を知りたいと強く思った。まるで恋だ。
 壁は水槽で埋め尽くされている。暗い空間に浮かんで見えた。水色や、薄緑の窓がぼんやり浮かぶ壁の間を歩く。綺麗な色の魚が泳ぐ水槽よりも、小さくどこにいるのかわからない魚を探す時の方が御堂筋の目は輝いて見えた。水槽の中を探る瞳がくるくると動く様を間近で見れることが妙に幸せに感じた。魚の種類には詳しくない。水槽の隅にある説明を見てようやく渚の魚、国内、海外の物だと解る程度だ。
 食べる魚ならば解る。捌くこともできる。けれど観賞用となるとさっぱりだ。
 階段を降りると食用でも、丸のままは見たことがない魚が大きな水槽で泳ぐ姿が見えた。半円状になっている大きな水槽を猛スピードで泳ぐ魚はレースの最中の自分たちに似ている。
「止まったら死ぬんやね」
 こいつらも、と言った気がした。どこにかかる「も」であるのか解ったが東堂は追及しなかった。ぎらぎらと、攻撃的なまでに光る魚の身体はぴったりしたユニフォームを想わせる。止まったら、きっと彼も死ぬのだ。
 通路を進んだ先は外だった。それまでの暗い道から急に明るくなったので目がくらんだ。先を歩く御堂筋の背を追って外に出る。二日目の山岳リザルトで見た彼の背中より、ずっと細い。着ている服はユニフォームよりずっと分厚いというのにあの時のような威圧感がないせいかもしれない。こんなに細く、頼りない背中だっただろうか。
 冷たい空気の先に見えたのは極寒の地にいる人気の生き物だった。白と黒の、分厚い脂肪に包まれた、飛ぶことを忘れた鳥類。
「白と黒だけだというのに…不思議な愛らしさがあるな」
「せやね」
 この無表情な顔でも、何かを可愛いと思うのだなと感心する。ペンギンが泳ぎ、歩く姿は確かに愛らしいが鳥類だと思うと不思議な気持ちになる。はたしてそれで幸せなのだろうか。飛ぶことができなくなった鳥は泳ぎ歩いて生きている。泳ぐ姿は空を飛ぶ姿に似ている気がした。
 猫背で、真っ黒な服を着た彼はまるでペンギンのようだった。足を止めて見つめる横顔が可愛いと感じたのはペンギン感じた愛嬌と似ていた。
 もしかしたら、と東堂は思う。もしかしたら彼は空を飛ぶ生き物に生まれるはずだったのでは。何かを間違えて人間に生まれてしまったせいで酷く不格好な姿になってしまったのかもしれない。否、確りと背筋を伸ばし、相手を蔑むような顔をしなければ立派な人間だ。生きにくそうな姿勢と表情が別な生き物が無理をしているように見えてしまう。御堂筋の歩みは水の光に反射する通路のように不安定だ。まっすぐと歩けないのだろうかと少し歩調を速めて横に並んで観察する。
 室内に戻ると、先程と違い明るい場所に出た。サメに触れられる水槽があったが御堂筋は触れたくないと言うので一人で触ってみた。ざらりとした感触が指先に残る。
「なぁ」
「なんや」
「マグロ、もう一度見に戻らないか」
「めんどくさい」
 暗い通路で青い照明に照らされる彼をもう一度見たかったのだがひとりで行けとまで言われては無理強いはできない。
 先に進む背を追いかけるが諦めきれずに御堂筋の裾を掴むが振りほどかれる。思わずむくれて手首を掴み、また振りほどかれた。
 背後から子供のざわめきが聞こえた。どうやら幼稚園か小学生の遠足らしい声の中から、自分たちに向けられた声にぎょとした。
「おにーちゃんカノジョのわがままきいてあげないとだめだよ」
「そうだよーフられちゃうよー」
 ファ、と御堂筋が子供と東堂を交互に見てから口元に手を当てた。喉を鳴らして笑い、それから東堂が反論する前に先程まで振りほどいていた手を逆に掴んだ。
「せやねぇ。カノジョにフられたら困るなぁ」
 子供たちのはやし立てる声に便乗し、愉しそうな目で御堂筋は笑い、引率の教師に叱られて歩いていく子供たちに手を振った。騒がしい声が聞こえなくなってから細い指が離れ、汚れものを払うようにぱたぱたと振られる。失礼な奴だと罵りたかったが東堂の喉から普段のような声は出なかった。
「…なんなん、そのキモい顔」
「お、れにもわからん…」
 御堂筋と比べれば十センチ以上低い身長と、服と髪の所為で女性に見えてしまうのは映画館でも解っていた。女性扱いされた事にひどく怒りを覚えたはずなのに、今自分の顔は違う感情で血が集まっていた。女性に間違えられ羞恥からではない。並んで歩く相手とカップルに間違えられたからだ。それが箱根学園の仲間や、良きライバルの彼だったとしてもこんなに顔は赤くならなかっただろう。紛れもなく相手が御堂筋翔だからだ。
「…変な東ドウくん」
 呆れた声を出して歩く背に目を見開く。
「どこへ行くんだ」
 あとはレストランへ進み、土産屋を見て外に出るだけだ。元来た階段を歩く必要はない。
「鮪見るんとちゃうん」
「いいのか!」
 慌てて走り寄り、隣に並ぶ。聞き入れてもらえないと思っていた事よりも、それが嬉しかった自分に驚いた。

 水槽の前には他に客が居なかった。並んで見上げると円を描く水槽は不気味にも神秘的にも感じた。
 御堂筋の背は高いが、これだけ大きな水槽の前に立っていると小さくすら感じる。彼より十センチも低い背で言えたことではないが。
 ぐるぐるとまわる魚の影が、水面の光を遮り御堂筋の目がきらきらと瞬いた。
「…鮪見るんとちゃうの」
 水槽ではなく御堂筋を見つめていることを指摘されたが目線を変えることはできなかった。不思議な光に浮かぶ細長い身体から目が離せない。
「違ったみたいだ」
 この水槽の前で、もう一度彼が観たかった。並んでここに立ちたかった。
「わけわからん」
 ちらりと向けられた目はすぐに水槽に戻される。同じ場所を回り続ける魚は彼の目にどう映っているのだろう。自転車で練習場を回り続ける自分と重ねたりするのだろうか。それとも、もっと大きな意味で一度目に水槽の前に来た時東堂が感じたのと同じことを感じているのだろうか。
「…御堂筋は」
 視線は水槽に向いたまま、東堂の声に意識が向くのが解った。
「止まったら死ぬのか」
 声に出して聞くのは怖かった。自転車で走る事は楽しい。乗れなくなるとしてもそれはずっと先で、その時自分がどうなっているのかはわからないがきっと後悔はない、筈だ。そして、乗れなくなったとしても死ぬことはない。だが彼はどうだ。他者からどう思われても構わない振舞をし、ライバルにも仲間にも憎まれる覚悟をして走る彼は止まって生きていけるのだろうか。
 誰かに殺されるか、もしくは自分で命を絶つのではないだろうか。
 誰かに殺される姿を想像してぞっとした。ありえないことではないからだ。それだけの事を彼はしている。自覚は、恐らくない。道の上でならば何をしても許されると純粋に信じているのだ。
 道の上でなら何をされてもいいとも思っているに違いない。勝ち負けにすべてを委ねている選手は勝敗に抗うことをしない。けれどそこから外れた時にルールが適用されないことをまだ知らない。
「死ぬかもしれへん」
 ぽつりと漏れた声は、何物にも執着していない色だった。
 ああ、と東堂は水面が反射する大きな瞳に目を細めた。彼は、止まったら、走れなくなったら自ら死ぬのだろうと予感した。嘆くでもなく悔やむでもなく、ただ静かに死んでいくのだ、この男は。
 急にこみあげてきた涙をたえきれず、東堂は泣いた。訝しげな眼を向ける御堂筋はしかし、なんで泣くのか聞かなかった。

 ぐずぐずになった顔を隠すためにフードを被り、先を行く御堂筋からはぐれぬように服の裾を掴んだ。きっとますます男女のカップルに見えているに違いない。気にする余裕がないほど、東堂の目からは涙が溢れつづけた。途中、何度かカップルと勘違いされる声が聞こえ、そのたびに前を歩く御堂筋がからかうように笑った。その笑みに胸が締め付けられ、東堂はますます涙を流した。
「…そのカオで電車乗るん」
 呆れた声に返事ができずしゃくり上げていると掴んだ裾が駅とは違う方向に向いた。滲む目の先に見えたのは大きな円、早い日暮れに浮かんだ灯りは美しく、前に立つ長身の影に目がくらんだ。

 一般ふたりで千四百円。チケットを買い、乗り込むときもまだ東堂の目からは涙が出ていた。前後に並んでいるのもカップルばかりだったが恥ずかしいとは思わなかった。むしろ

「さっきあそこ行ってたんやね」
 見下ろす先にあるドーム状の建物を指して御堂筋が言う。だいぶ涙が引いた視界に、ぼんやりと水族館が見えた。ぐるぐる回る魚に、飛べない鳥のいる建物だ。
 ここもそうだ。狭い箱の中、自転車のために進化した生き物、止まれば死ぬ、飛べない鳥だ。
 窓の外を見る御堂筋の瞳は半分閉じられている。見開かれた目とも、他人を挑発する目とも違う。ぼんやりとした目だった。

 今日と言う一日を貰う為に、走った道を思い出す。最後の登り、余力のあった東堂は先頭を走る御堂筋の背を見つめていた。追い越すことは困難ではない。いつものように音もなく加速し、御堂筋が気付いた時には東堂はゴールに向かっている。
 出走前、東堂を含めて何人かの選手を挑発していた。どうやって調べたのか聞きたくなるほど詳細に選手たちの傷を抉る言葉に感心するほどだった。
 出走直後、先頭集団でも彼の存在感は圧倒的だ。傾斜がきつくなり、一人二人と脱落する。普段よりもボトルの中身が早く減る。ペースも乱れていると東堂は自覚していた。乱されている。前を行く存在感に気おされて喉が渇きペダルを回す脚に余計な力が入った。落ち着け、と言い聞かせる。同じ傾斜を走る選手なら同じ苦しみを味わっているのだ。余裕そうに笑う男を確りと見据える。東堂よりも大柄な身体で、リドレーよりずっと小さな車体を操りきつい坂を登る。
 軽量を極めた薄い身体。長く乗っているであろう自転車。インターハイでは気付かなかった努力の証に目を奪われて加速を忘れそうになった。
 勝てたのは奇跡だと、東堂は思う。

「たのしかったか」
「…マァ、映画は悪なかった」
 窓に頬杖をついて言う御堂筋の横顔にそうではないと言いたかったが声にならない。
 あのヒルクライムの時、御堂筋は笑っていたがペダルを回す姿は誰よりも真剣で、ロードレースという協議に対して真摯に向き合う選手だった。
 だからオレは、と溢れる言葉がまとまらず東堂の口からは結論と言うべきたった三文字が飛び出ていた。
「好きだ」
「…ファ」
 窓の外に向けられていた瞳が東堂を映す。
「なん…ああ、もしかして今日のこれ、罰ゲームかなんかやったん?」
 呆気にとられた御堂筋が思考の後に言った言葉に腹が立った。信用されないのが解るから尚更だった。
「…まぁ、まだ今はいいさ」
 先程まで彼が見ていた景色を眺め、同じように頬杖をつく。急に会話を打ち切った東堂に御堂筋もそれ以上追及する気はないらしく窓の外に視線を戻す。
 横目で見れば薄く開いた目が遠い地面を映していた。立ちあがり、歩み寄れば観覧車が僅かに揺れる。面倒くさそうに視線を寄越す御堂筋の肩にそっと触れてから、幅はあるが厚みはないそれを両手で抱きしめた。
 まだ罰ゲームだと思っているのかもしれない。肩に回した手は振りほどかれなかった。
「罰ゲームなどではないし、本気で好きだ。でも、信じたくないなら信じなくていい」
 自転車以外を不要とする男に受け入れてもらえない事は不幸ではない。むしろ幸福だ。
 観覧車が終点に着く。同時に抱きついた相手の頬に唇を寄せた。驚く彼を尻目にドアから飛び出て駅に向かう。早く行こう、と手を振る。周囲はすっかり暗くなっており恐らく周囲からは男女のカップルに見えるだろうが今は好都合だった。声を出せば男同士だとわかってしまうのでただ手を振って御堂筋が追い付くのを待った。
 横に並んだ手を掴み、笑う東堂の視界はもう涙で滲んではいなかった。




アンソロに寄稿したやつ

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!