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pdr
寝室に雑誌(東御)
※未来捏造
※東堂がモデルしてます




 玄関を入ってその場に寝転んだ。フローリングの床が心地いい。明日は休みだがこのまま眠ってしまっては体を痛めかねない。少し目をつぶって廊下を這うように進む。仕事で渡された服を着て帰った事を思い出し脱がなくてはと床を這いながら一枚ずつ放り出す。
 廊下の奥、ベッドの正面の壁にテレビをかけた部屋になんとかたどり着いたころには上下とも肌着になっていた。
 ベッドに登るだけの気力はなく、上半身を起こして背を預けると朝放り出しておいたリモコンを拾う。電源を入れると背後から呻くような苦情が聞こえた。
 ちらりと視線だけ向けるが起きた様子はないのでテレビの音量だけ下げて画面を見た。起動が終了して中に入れたままのディスクを読み込む音がする。
 先日の海外でのレース。御堂筋のチームは総合で三位だった。三位を獲ったのも彼ではなくチームメイトのフランス人だ。大会後数日はひどく荒れたと石垣に聞いた。
 画面に映し出された御堂筋は高校の頃の姿と殆ど変らない。狂気に満ちた走りは他者を圧倒し外国の選手にも劣らない。
 外国語の解説が御堂筋を褒めているのが解り疲れ切った表情筋が僅かに緩んだ。

 高校時代、東堂は御堂筋の選手としての生き方がが嫌いだった。卑怯な戦略を認めることなどできないと思っていた。彼が大学に進学しかつて東堂の仲間だった選手と同じチームで走っている事を知った時も認めたくないと心から感じた。大会を見に行って、御堂筋のチームメイトとなったかつての仲間に表情を読まれて苦笑された。御堂筋はいい選手だと、かつてのチームメイトは東堂にそう言った。
 言葉の意味を理解したのは御堂筋が大学を卒業し、海外に渡ったあとだった。卑怯な戦略も悪意に満ちて見えた人心掌握も、全て勝利を求める故の必死な姿勢だったのだと彼が表彰台に立っている姿を見て気付いた。実際に見に行ったわけではない。彼のマネージャーを務めている石垣が撮った大学最後の大会の映像だった。それはつまり石垣の目を通して見た彼で、今にして思えば酷く悔しいのだが過ぎた時間は取り戻せない。
 勝つためならば何をしてもいいと豪語する彼はしかし、決して努力を怠らず相手の実力を卑下することはなかった。実力のあるものを認め、正面からぶつかる走りには卑怯な色は少しもなく、削りきった身体も精神も美しいと感じた。

 御堂筋が映る僅かな時間を繰り返し再生している東堂の頭にばさりと紙の束が落ちた。だるい腕で拾い上げるとファッション雑誌で、自分の写真が載っている物だと理解した瞬間にそれを放り投げた。
「いつまで下着一枚でおるん」
「上下着てるんだから一枚ではない」
 いつの間にか枕と逆に頭を移動した御堂筋が布団から頭と片腕だけ出して東堂の頭を軽く叩いた。投げた雑誌は、恐らく彼が眠る前まで見ていた物だろう。
 東堂がモデルの仕事を始めたのは高校を卒業して二年経ってからだった。海外で本格的にロードレーサーになるつもりのなかった東堂が兼業として選んだのがモデルだった。極稀にテレビに出ることもあるがマネージャーからイメージを損なうからなるべく喋る仕事は浮けない様にされている。以前SNSをやりたいと言った時も巻ちゃんとばかり言うのであれば駄目だと禁止された。
 モデルの仕事は嫌いではないがスタジオに着くなり身ぐるみ、特にカチューシャを剥ぎ取られる事だけは納得できない。
「…今日はあのだっさいカチューシャしとらんのやね」
 頭に触れていた細長い指が東堂の髪を梳く。解りにくいが上機嫌な顔に心臓が跳ねた。
「仕事からそのまま戻ってきた。お前が―」
 来ているから、と続けようとした口は二冊目の雑誌で塞がれた。

 東堂が御堂筋の走る姿に焦がれているように、御堂筋は東堂のモデル姿が好きらしい。
 日本にいる短い間、ホテルに泊まるという御堂筋を家に招くようになって今年で三年目だ。かつて彼が住んでいた親戚の家の離れには今は義兄の夫婦が住んでいるらしい。
 運が良かったと東堂はかつて道の上で口にした事を繰り返した。違うのは感謝するのが恋の神という点だ。
 彼が泊まる場所を探せば自分以外にも何人も立候補したに違いない。偶然探している彼に最初に会えたことと、彼が手にしていた雑誌に自分が載っていたことは神に感謝してもいいほどだった。
 男女問わずで美しい顔を見ることが趣味だという御堂筋の審美眼にかなっていた東堂は、けれど東堂であると認識されていなかった。

「…やっぱり同じ人間とは思えへんわぁ…」
 落ちた雑誌を拾い上げて写真を見てから下着姿で床に転がる東堂を見る瞳には呆れが含まれていた。
「お前こそ」
 愛車に跨り、何もかもを捨てて走る尖った選手とベッドの上で脱力している姿は同じ人間には見えない。床に座っている間に大分体力が戻ってきた。雑誌を弄ぶ手首を掴み、立ち上がる。
 宿泊の条件として東堂が提示したのは同じベッドで眠る事だった。広いベッドは長身の御堂筋と平均身長の東堂が一緒に眠るのには問題ない広さだ。
「着替えてきぃや」
 間延びした声に強制力はない。疲れ切った顔を見て悟っているのだろう。
「…歯磨きはスタジオでしてきた…」
 眠くてろれつが回っていない自信は有った。御堂筋の肩に頬を寄せて目を閉じる。ふわりと毛布をかけられて隣で眠る事を許されたと安堵した。
 歯磨きさえしていれば御堂筋は隣に眠っても怒らない。寝ぼけた東堂がキスをすると知っているからだ。実の所寝ぼけてしたことは一度もないが。
 閉じた瞼の上から視線を感じる。東堂の寝顔を、御堂筋はよく見つめる。自転車から離れた彼が目を合わせるのが苦手だと知っているので東堂はいつもベッドで見つめられることに幸せを感じている。
 そっと手を伸ばして柔らかい頬に触れた。見えないので指で薄い唇を探す。抵抗しない彼は恐らく東堂の顔に見惚れているのだろう。
 唇と、綺麗に並んだ歯を指先で柔らかく確認してからそっと合せる。触れるだけのキスに抵抗はない。眠気に負けて意識を沈めるまでの短い間、何度も浅いキスを繰り返す。
「みどう、すじ」
 眠りに落ちる直前までふわふわとした頬の感触を感じていた東堂の顔は雑誌に載ったどの写真より幸せに満ちた笑みを浮かべていた。

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