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pdr
※倒壊ロマンチック(新御)
新御へのお題:『麻痺した道徳心』、『なにもかも可愛いなあ』、『ほら、泣かないで、怖くない』
http://shindanmaker.com/258470


※嘔吐注意







 初めて彼を見たのはインターハイ初日、前年優勝者である箱根学園に向けられた広い背中だ。
 二度目に彼を意識したのは二日目のスプリントリザルト。
 三度目は同じ二日目のゴール前。


 救護テントで横になっている御堂筋翔は確かに人間離れした姿だった。筋肉はついているが薄く、細い。骨も浮いている。見開いた目に開きっぱなしの口から垂れる赤い舌。
 まるで化け物だと、直線を走る自分の姿を棚に上げて新開は思った。
 手触りがいいとは言えない胸元に手を這わせる。ざらついた感触だ。ゆっくりとした心音に目を細めた。外から京都伏見の生徒が話す声がした。
 ああ、時間がない。何故かそんな言葉を口にしていた。
 正々堂々と戦った相手に対して抱く感情ではない。男子高生に抱く欲ではない。間違っている事は解るというのに肌に滑らせる手を止められない。


 インターハイを終えて数日後、新開は京都に居た。目的は御堂筋翔に会うことだった。
 救護テントの中で触れ、口付けた肌を思い出して唇に触れて感触を思い出す。
「やぁ」
 大会で痛めた足の治療に通っている病院を調べていた新開はその帰りを狙って待ち伏せた。京都伏見の夏服はシンプルで彼によく似合っていた。
「…新カイ、くん?」
 大会で見た顔とはまるで別人だ。ぼんやりと、どこか気の抜けた顔だ。直線鬼という別の顔を持つ新開はどこかで彼にも二面性があるのではないかと予想していた。これほどとは思わなかったが。
 しばらく視界に入っても新開に気付かず、声をかけても数十秒かけてようやく相手を認識していた。認識して、さらにそこから数秒かけて仮面を作り出した御堂筋が憎まれ口を叩く前に真っ白なワイシャツの胸倉を掴んで強引に開いた。
「…もう残ってないか」
 飛んだボタンを大きな目が追いかけ、突然の暴力に抗議しようとした口は開いた形で固まった。
「覚えてないよな。寝てたし。救護テントの中で」
 見開かれた目がゆっくりと瞬きした。
「…ゆめ、やろ…」
 掠れた声が喉から漏れる。
「夢?ああ、なんだ。起きてたのか?」
 ワイシャツを掴まれた少年に周囲の目が集まり始め、新開はそっと手を放し、開いたシャツを合わせてやった。
 抵抗のなさに顔を見れば、元から白い顔が真っ青になっていた。力なく垂れた両腕は僅かに震えている。力ない手で新開を振り払い、ふらふらと歩きだす背を決して焦らずに追いかけた。
 鞄を抱きかかえて歩く御堂筋は追ってくる新開を意識の外に追いやっている。時折びくりと震える肩が明らかな恐怖を物語っていた。
 駆け込んだ先は人気のない公園の済にある公衆トイレだった。頼りない背を追ってうすぐらいそこに入る。一番奥の個室で、御堂筋はドアも閉めずに薄汚れた洋式の便座に縋って嘔吐していた。
「ぁ、あ…はっ、ちゃう、あれは…」
 胃の中のものを全て吐き出し、その合間に漏れる声に耳を澄ませる。違う、違うと繰り返す言葉は彼の夢を語っていた。
 救護テントでは間違いなく意識がなかった御堂筋はしかし、新開の行動で悪夢を見たに違いない。触れ方を思い出せば彼の悪夢がどんなものだったのかは想像に難くなかった。
「…御堂筋、くん」
 自分でも驚くほどに歓喜に満ちた声が出た。自転車から降りた彼の変化はある程度予想していたがその中でも一番弱くみにくい、けれど美しい姿が目の前にある。
 背中に触れるとびくりと骨ばった身体が跳ねた。ドアを閉め忘れた事にそこで気付いたらしい。怯えた瞳と視線が合い、寒気に似た快感が新開の喉を這い上がる。
「大丈夫かい?御堂筋くん」
 愛しい相手に言うような甘い声に、御堂筋がまた口元を抑えた。
 間違いない、と新開は確信する。彼は愛を持って、若しくは性的な意味を持って触れられることを生理的に嫌悪している。
「平気や、ちょっと暑さで気分悪なっただけやから、少し休めば…っ」
 健気に隠そうとする姿に思わず声を出して笑ってしまった。突然笑い出した新開に御堂筋がぽかんと口を開いた。
「ごめん。だって御堂筋くんが」
 涙が出る程笑った後、新開が口にした言葉に御堂筋の顔は大きく顰められた。
「あんまり可愛かったから」
個室のドアを閉め、鍵をかける。小さな電球の明かりはあったが沈みかけた日にトイレの中はすっかり薄暗くなっていた。


 吐瀉物と汗、それなりに清潔ではあったが公衆トイレ独特の臭気に満ちた空間で、卑猥な映像や刺激的な格好をした女性を見た時よりも興奮していることを自覚した。
 暑いんだろうと優しい声で話しかけながら有無を言わせぬ腕力でワイシャツを開きベルトを抜いた。嫌がって暴れていた身体は狭い壁にぶつかり体力を消耗してやがてぐったりと動かなくなった。
 介抱ではなく明らかに性的な意図をもって這う掌と耳や首筋に寄せられる唇や舌に耐え切れなくなった御堂筋はいつの間にか意識を失っていた。動かない体を前に何のためらいもなく愛撫をし、下着に手を差し入れてから御堂筋翔が男である事を思い出した。
 男同士の恋愛がある事は知っているが彼らの性交がどのような物か新開は知らなかった。便利な世の中で、片手に収まる機械で何でも調べられる。端末で調べた結果、スムーズに事を運ぶにはいくつかの道具と下準備が必要なことが解って新開は舌打ちした。彼が女性であったならと二度目の舌打ちをするが仮にそうだとすればあの衝撃的な出会いはなかった。
 渋々と言った形で気を失った彼の服を整えて汗を拭ってやる。男でよかったね、と耳元に囁いた。


 公園のベンチで目を覚ました御堂筋は病院の前で新開に会ってからの事を覚えていなかった。寝不足で体調が悪かったのだと自覚していたのか倒れた自分を介抱してくれたらしい新開に素直に礼を言って帰って行った。何故新開が京都にいるのかも聞かず、家までの道のりを共に歩いた理由も解らないまま御堂筋はその日新開に弱点と住処を教えてくれた。
 じゃあまたねと言う新開に、御堂筋はレースで会うと勘違いしたのか以前見た敵を挑発する笑みで答えた。
 帰り道に頭の中で気を失った彼の顔を思い出す。汗と共に生理的に流れた涙が酷く可哀想だった。怯えることなど何もないと言うのに、抱きしめただけで御堂筋はか細く泣く。
 何が彼をそうさせたのかは解らないが、愛を持って触れられることを何よりも恐れている化け物であることは間違いない。
 二つも年下の少年を追い詰め怯えさせ、泣かせるなど今までの新開であればきっと思いとどまった。いつからだと新開は口元に手を当てて考える。いつから歯止めがきかなくなったのだろう。スプリントリザルトではない。もっと後だ。
 そうか、とふと思いついて駅に向かう足を止めた。ゴールし、彼の順位を確認した時。リタイアしたと聞いて新開はひどく落胆した。裏切られた気持ちにすらなった。チームメイトでもない御堂筋のリタイアを聞いて沸きあがったのは怒りにも似た何かだった。きっとあの時から、新開の中で御堂筋翔という人間に対してのみ箍が壊れてしまったのだ。
 開会式で出会い、スプリントリザルトでの出来事がきっかけになり、彼のリタイアが錠を外した。
 三日間の間で恋に落ちたのだ。そう考えれば随分ロマンチックじゃないかと新開は笑った。

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