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pdr
※線の上(新御+石)

 嫉妬という感情はもっと可愛らしいものだと思っていた。

 気味が悪いと言われる彼の走る姿が、新開は好きだった。
 規模の小さいレースで走る御堂筋翔をゴール前の直線が見下ろせる場所から見つめた。予想通り後続に差をつけての一位だ。後続の先頭に居るのは彼を押し出したアシストの石垣だった。
 二人が出ることは知っていた。石垣が御堂筋をアシストする事も予想はできていた。それなのに、ゴールした御堂筋の肩に手を回した石垣を見た瞬間に黒い感情が沸いた。

 御堂筋と同じ家に住み、寝食を共にするようになってから益々彼に惹かれた。自転車競技以外の全てに興味がない御堂筋を傍らで見つめることができれば幸せだと信じていた。けれど御堂筋は同居人である新開を決して自分の領域に入れようとしなかった。二人の間に引かれた線は、そのまま御堂筋が他者すべてに向けて引いている境界線だった。その線の内側、一歩までは行かずとも半歩程度入っている人間が居ることが新開には何より許せなかった。
 御堂筋は否定するだろうが彼の領域に半歩、もっと少ないかもしれないが確かに足を踏み入れている人間がいる。石垣光太郎、彼は間違いなく御堂筋とって唯一境界線を越えることを許された事がある男だった。

「おかえり」
 マンションの前まで石垣の友人である辻の運転する車で帰った御堂筋を、新開は部屋の前で迎えた。下まで迎えに行かなかったのは送ってきた二人に会いたくなかったからだ。ゴール前の姿を見ただけでも胸中に沸いたどす黒い想いが、またなと別れを告げる親しげな顔など見てしまえば抑えがきかなくなりそうだった。
「…なんで部屋入ってへんの。鍵でも―」
 部屋に入らず待っていた新開を訝しむ御堂筋の手首を掴んで開いたドアから乱暴に部屋に放り込んだ。レースの最中に異音を発した愛車はそのまま修理に出したおかげで御堂筋は自分の身体を庇うだけで済むが元々運動神経がいい方ではない彼はレースの疲れもあり不格好に玄関に転がった。
 御堂筋が状況を理解する前に汗の匂いがする体に跨る。不穏な色を含んだ新開の目に気付いて逃げようと床に手をつくが体重をかけてしまえば細い指が虚しくフローリンをひっかくだけだ。
「なん、なんキミいつも―」
 帰宅して大した会話もなく疲れ切った身体を引き倒すことは片手の指では足りない数になっていた。頭もよく学習能力も長けているはずの御堂筋は、けれどこと新開の、否自分に向けられる好意や欲望に関してはどこまでも無頓着であり愚鈍な反応を見せる。
 好きだと告げた時も大きな目をぱちりと瞬かせて首をかしげただけで否定も肯定もしなかった。気の迷いだろうと真っ黒な目は物語っていた。



 レースを基調とする彼の境界線が緩んだのはまだ彼がたった15であった事と、多感な高校生という時期の最も大きな大会の、最も心に残る道の上で言葉を交わしたからに違いない。新開自身、御堂筋に惹かれるきっかけとなった夏のアスファルトの上で、彼らは違う形で距離を縮めた。そうでなくとも新開が御堂筋に出会う前に二人は出会っていた。たった数か月ではあるが、同じ学校の同じ部活にいる時間がどれだけ濃密か新開も知っている。クラスメイトや家族と違う絆がそこに生まれることを身をもって知っている。二人の間にどんな時間が流れ、どんな言葉の応酬があったのか想像することはできる。想像し、真似ることはできても同じだけの濃度で彼に近付くことはできない。15歳の彼が高校に入りインターハイに出場し、リタイアするまでの時間を一番近くで見て理解しようと努力した石垣光太郎に、新開隼人は代わる事が出来ない。


 逃げるために床についていた手は、いつの間にか耐えるために固く握られていた。玄関マットの上に靴も脱がずさず腰を押し付けて下肢の衣類を足首まで引き摺り下ろして太腿に噛みついた。入念にマッサージされたであろう筋肉は全力のレース後だというのに傷みは少ない。開場に水色の髪をした後輩の姿は見えなかったのでマッサージをしたのは彼ではないだろう。共に走っていた石垣である可能性は少ないと言うのに彼だと言う疑惑が少しでもあるだけで挿し込んだ指で内側を乱暴に掻きまわさずにはいられなかった。
「ひっ、や、新カ…」
 乾いた指に痛みを訴える音に泣き声が混ざる。床に散らばったカバンの中身から彼が使っているハンドクリームを拾い上げて力任せにチューブを握った。ほとんど空になった容器を投げ捨て伸ばされた足の上に乗り直す。膝裏に体重をかけると痛みを訴えるうめき声が上がったが無視して肉の薄い双丘を鷲掴んだ。左右に肉を分け、ぶちまけたクリームを塗りこんで解す。
 感じる場所をわざと避けて嬲ってやれば快感に慣れた体が焦れて震えだした。
「…は、ぁっ…ん、も、はよおわらせ…っ」
「ん?なに?」
 何を言いたいのか解っていながら言葉を促す。新開の手で感じることを認めたくない頑固な唇がきつく結ばれるのを見て口元が緩んだ。
 新開自身早く彼の中に押し入って揺さぶりたい。長く焦らすことなど今回もでいそうになかった。
「っ、あっ!ぁ、ああっ」
 力任せに腰を持ち上げ膝を立たせて挿入する。細長い腕がずるずると床に伸ばされた。一気に奥まで挿入し、回すように腰を押し付けると脱力していた腕がびくりと跳ねる。
「ふっ…く、ぁっ…は、ぁ、あっ」
 呼吸もままならない御堂筋が床に伏せていた顔を横向きにして口を開いた。酸素を欲して舌を出す姿に腰が震える。
「…ごめん、一回出す」
 早すぎると言われればその通りだが既に意識がうつろになっている御堂筋には新開の声に別な焦りを見せた。腰を上げ、ベルトを緩めてチャックを外してすぐに入れた。当然避妊具は着けていない。感触でなのか、入れるまでの時間でなのか解らないが直に挿入された事を察した御堂筋がひきつった悲鳴を上げる。
「やっ、やめ、中、イヤやって、いつも」
 何とか体を放そうと床を膝で蹴ろうとするが強く腰を掴んでしまえば内側に埋め込んだものを刺激するだけだった。
「…は、きもち、い」
「っ、あっ…あ、あ」
 吐き出した精を内側に塗るように腰を動かすとすっかり熱くなった身体が反応して跳ねる。射精せずに達した体が崩れ落ちるのを許さず腰を掴む。
「ひっ」
 飛びかけていた意識を引き戻され反射で喉が反らされた。崩れ落ちるのではなく明確な意思を持って逃げ始めた身体は、それでも力が入りきらず内側で硬度を戻した性器に怯える。
「や…っ」

 
 御堂筋にとって石垣が他者と違う位置に居ると新開は痛いほど知ってる。けれど石垣光太郎にとって御堂筋翔がなんなのか何年見ていても解らない。新開と御堂筋が交際している事を告白した時も、彼は心から祝福してくれた。妬くような表情は微塵も見せず、御堂筋を大事にしてくれとだけ言った。
 新開は、誰よりも自分たちを祝福してくれた石垣が誰より怖かった。弟の悠人すら二人の関係を心から祝福はしてくれなかった。男同士であること、相手が御堂筋翔であること、スポーツ選手であること、それ以外にも祝福できない理由があると新開もわかる。何のためらいもなく心からの笑顔で祝いの言葉を言った彼の真意はどれだけ考えても解らない。
 新開の知らない御堂筋翔を知り、彼の境界線に入る事を許された、あるいはその線の上に乗るだけかもしれないが、それを許された唯一の人物。憎くて仕方ない一方で、心底恐ろしくもある。
 常に一歩引いて彼を見守る姿は親や保護者のようだと新開は思う。けれど親のように御堂筋を導くことをしない。放任主義とも違う、達観した視界から彼は御堂筋を見守っている。


「あっ、あ、やら、も、…っ」
 何度目になるか解らない限界を迎えて御堂筋が完全に意識を飛ばした。仰向けにして膝を折り曲げる姿勢にしてからかなりの時間が経っていた。
 くったりと力をなくした体を風呂に運んで清めてやらなければいけない。いけないと思いながら、意識をなくして重くなった足をもう一度抱えた。
「ふっ…んん」
 意識はなくとも声は漏れる。むしろ意識のないときの方が彼は存外素直に声を出す。
 だらりと垂れた舌に触れ、最初に比べて衝動の落ち着いた欲をゆっくりと動かした。

 彼を抱くとき、新開はいつも殺してしまうのではないかと思うほど抑えが利かない。やめなければいけないと頭のどこかで声がするがその声に従ったことは一度もなかった。
 石垣が知ったらと、急に過って寒気がした。きっと彼は止めない。御堂筋が新開に抱き潰されたとしても、ふたりの交際が合意の上である限りきっと止めない。
 嫉妬すると同時に、新開は確かに彼に恐怖を感じている。

 背中を這う寒気を振り切るように、床に落ちていた薄い掌に自分の手を重ねる。指を強く絡めて愛しい恋人の名前を呼んだ。開いたままの口から、小さく呼ばれた名が自分であることに涙が出る程安堵して、新開はテーピングの痕が残った胸に額を寄せて目を閉じた。
 

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