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pdr
※深夜走行(新御+荒)
※未来捏造




 駄目だ駄目だ駄目だ。強くアクセルを踏み、荒北靖友は唇を噛んだ。このままでは駄目だ。自宅は割れている。どこか違う場所で早く手当をしなければ。後部座席で毛布に包まっている青年は動かない。何度か声をかけたが返事もない。救急車を呼ぶか、救急病院に駆け込もうかと何度も過ったが今の彼がそれをすればスキャンダルになってしまうので頭を振って考えを消した。
 御堂筋翔が日本でもそれなりに有名になり、スポンサーからCMの話まで出るようになってから不穏なニオイを感じるようになった。荒北と御堂筋にほとんど接点はなかったが同じチームである新開が彼と住んでいたので打ち合わせの際に顔を合わせることが多かった。思えば荒北が部屋を訪れている時も僅かに不穏な気配はあったのだ。見ないふりをしていただけではないかと今になって後悔する。
 新開が御堂筋に対して異常なまでの執着を持っていると気付いたのは大学を卒業する少し前だ。ふたりが初めて会ったインターハイのあとから新開はなにかと御堂筋を気にしていた。プロとして走るようになっても御堂筋はどこのチームに入るのだろうかと彼の進路ばかりを気にし続け、気付けば同居していた。同居、そうだ最初は同居だと思っていた。新開は最初から同棲のつもりで御堂筋を部屋に引きずり込んでいたのだ。

 適当に目についたホテルに車を入れる。エンジンを切って後部座席の毛布を捲ると瞼を閉じて丸くなった身体が小さく寝息を立てていた。苦しげな顔をしていないことに安堵し、外から細い身体を抱きかかえてフロントに向かった。無人の受付で部屋を選びエレベータに乗る。男同士で咎められるホテルでなくよかったと息を吐いて部屋のドアを開けた。鍵とチェーンを掛け、抱きかかえた身体のコートを剥ぎ取る。ポケットの物を床に落として確認した。携帯電話の充電はとうに切れている。
 上着と、少しためらってからズボンを脱がして風呂場まで引きずった。下着は脱衣所で下ろしたが落車やテーピング以外の傷を視界に入れるのが嫌で目をそらしてしまう。痛々しい痣や噛み痕は間違いなく同棲相手である新開がつけた物だ。
 新開隼人はこんな男だっただろうかと、気味が悪いほどに白い身体に暖かいシャワーをかけてやりながらぼんやりと考えた。湯船に横たえた体が徐々にお湯に浸かっていく。
 高校時代、新開と付き合っていた女子生徒を思い出す。どの女子とも長続きしなかった新開は、けれどどの女子の事も大事に扱っていた気がする。告白されれば自転車を優先することになるが構わないかと尋ね、嬉しそうにうなずく女子を言葉通り自転車の次ではあるが大切にしていた。自転車以上になれないと悟った少女たちが自分から別れを切り出していくのも何度も見た。
 今は逆ではないだろうか。御堂筋にとって自転車以上の存在になれない事に業を煮やした新開がかつての彼女たちにはできなかった方法で恋人を縛っている。
 下がりきった体温が湯で温まった事を確認してから広い湯船に伸ばされた脚を恐る恐る立てた。
「…ん」
「あ、ごめんネ。起こしちゃった?」
「…荒北、くん?」
 大きな目が荒北を捉えてぱちぱちと瞬いた。
「少し痛いかもしんネェけど、我慢してな」
 え、と薄い唇が疑問を投げる前に湯に浸かっている箇所に指を伸ばした。ゆっくりしては暴れられるかもしれないと思い切って片手で体を押さえつける。
「ひっ?!」
 浴槽の外から押さえつけるのは難しかったが消耗しきっている御堂筋は思たより暴れなかった。というより刻まれた恐怖のせいで硬直しているようだった。
 お湯の中に、どろりとした液体が流れ出す。上がり始めていた体温が一気に下がりひきつった悲鳴が漏れる。痛々しさに手を緩めそうになるが今始末してしまわなければあとがつらくなる。必死に宥めて内に放たれた物を全て掻き出す頃には二人そろってぐったりとしていた。
 備え付けのボディソープで体を洗ってやり、丁寧に水滴を拭ってやりバスローブを着せる。大人しく従う御堂筋の目じりは赤く染まっていた。
「少し眠った方がいい。」
「…来ぉへん?」
 誰が、と口にはしなかった。名前を出すことさえ怯えている。舌打ちしそうになるのを押さえて大丈夫だからと部屋の中央にあるベッドに薄い身体を寝かせた。

 シーズンが終わった直後、誰に聞いても御堂筋と新開の居場所が分からなくなった。スポンサーからCMのオファーがあったにも関わらず姿を消した御堂筋に所属チームは慌てた。元々気まぐれな性質だが仕事、ことレースに必要なことを放り出した事はない。何かあったのではと手当たり次第に訪ねている時に荒北の所にもその報せは来た。何故かすぐにチームメイトの新開の顔が浮かび、自然と電話をかけていた。その翌日、御堂筋から彼の所属チームに体調がすぐれないので日本の田舎にある温泉で療養しているとメールが来た。不調を周囲に隠したがる彼に納得するものが多い中、荒北だけはどうしても納得できずに探し始めた。
 まさかそこで監禁されている御堂筋を発見することになるとは思っていなかった。日本での二人の住まいを知っている人間は少ない。だから新開も油断したのかもしれない。でなければ御堂筋を連れて逃げることなどできなかったはずだ。
 チャイムを鳴らしても誰も出ず、電気メーターもほとんど回っていなかった。留守だと思ったが不穏なニオイが無視できないほど濃かったので荒北は少し離れた場所から長時間部屋を見張った。深夜、新開が一人で部屋から出たところで何の迷いもなくもう一度チャイムを鳴らし、部屋の奥から聞こえた悲痛な声に慌てて管理人室に駆け込んだ。過去に何度か顔を合わせていた大家は深夜だというのに嫌な顔をせずに合鍵を貸してくれた。
 部屋の中に入り、目眩がしそうなほど狂ったニオイの奥に毛布に包まった御堂筋翔を見つけた。震える声で新開の名を繰り返しているのを見てこれは駄目だと脳内に警報が鳴った。
 合鍵を返す時間はないと判断して部屋の中に鍵を放り、壁にかけてあったコートと、包まっていた毛布だけ持って今にも気を失いそうな体を支えて階段を降りた。近くのコインパーキングに止めてあった車の後部座席に御堂筋を押し込みエンジンをかけて車を出した。
 何があったのかと聞いても御堂筋はわからん、なんや新開くん怒って部屋から出してくれんようになった、とぼそぼそと答え、だんだんと声が小さくなっていった。

 駄目だ、と荒北は小さく呟いた。
 死んだように眠る御堂筋の額に手を当てる。下がっていた体温が逆に上がり、発熱しているように感じた。
 いつからかはわからないが間違いなく新開は狂っている。執着のあまり人間を監禁するなど常人のする事ではない。
 ペダルを回している御堂筋翔を狂人だと思ったことは確かにある。けれどそれ以外の彼は至って普通で、もっと言えば自転車が無ければ凡人以下になる部分も存在していた。こと恋愛において、御堂筋は凡人以下の理解力と適応力しかないのだろう。もっとうまく新開からの執着をかわして付き合っていれば閉じ込められることなどなかったのに。
 子供のような寝顔に胸が痛む。守らなくてはいけないと、まるで親が子に持つような感情を確かに荒北は感じていた。

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