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pdr
施錠音(東御+荒)
※未来捏造の暗い話



 ふたりの間に関係がある事に荒北靖友が気付いたのは偶然同じレースに出た時だった。
 嗅覚の鋭い自分でも気のせいではないかと思うほど僅かな共通の気配で、見た事のない元チームメイトの瞳を見なければ確信は持てなかっただろう。
 
「いつから付き合ってンの。お前ら」
 唐突な言葉に、問われたふたりは顔を見合わせてぽかんと口を開いた。周囲に人がいなくなり、落ち合った所で声をかけたので完全な不意打ちだった。対処できなかったふたりは誤魔化すこともできず荒北の言葉を肯定することになった。
 それが、東堂尽八と御堂筋翔の交際を知った日の事だ。
 高校を卒業し、大学に進学した御堂筋が実家を出て暮らしているのは東堂と同じアパートだったが部屋は違った。偶然にも荒北の住まいから自転車ですぐだったのでふたりの交際を知ってからは興味本位でよく訪れた。何故ふたりが付き合う事になったのか、ふたりが互いのどこに惹かれているのか純粋に興味があった。
 東堂尽八とはそれなりに長い付き合いで、彼のいい所も悪い所も知っている。御堂筋翔という人間に関して荒北は殆ど知らない。ロードレーサーとしての彼ならば多少は知っているし大会で顔を合わせた事も並んで走った事も競ったこともある。けれど自転車から離れた彼について知らなかったし、東堂と交際していると気付かなければ興味も持たなかったかもしれない。

「お前アレのどこに惚れてンだよ」
 御堂筋が練習に出ている間、東堂の部屋を訪れた時に正面から尋ねてみた。その夜は御堂筋を部屋に呼んで夕食を振舞うのだと張り切って台所に向かっていた。テンポのいいリズムを刻んでいた包丁の音が止まる。静まり返った部屋で何も言わないかつてのチームメイトの顔を見るが普段の得意げな顔でもなければ恋人の魅力を語る熱のこもった男の顔でもなかった。ぞちらかと言えばひんやりとした瞳に、荒北の背に冷たい物が走る。恋人の魅力を聞かれてこんな顔をする男だったろうか。
「なンだよ…」
「いや」
 視線を逸らし調理を再開した東堂の顔は依然冷たいままだ。魅力を語って奪われるとでも思っているのかと眉を寄せ、薄い座布団で脚を組み直す。
 同性愛に偏見はないが荒北はあくまでノーマルだ。東堂だって重々承知している筈なので妙な危惧をしているとは思えない。
 無言で包丁を動かす顔は、ふたりの交際に気付いた時とまるで違った。愛しいものを見る瞳、確かにあの日東堂はそういう目で先頭を走る御堂筋を見ていた。
 今の瞳あるのは狂気じみた何かだった。

「お前、アレのどこが好きなのォ。顔以外で」
 東堂が実家の手伝いで数日留守にする事になった夜、荒北は御堂筋の部屋を訪れて以前東堂に聞いた事を言葉を変えて口にした。

 練習場で顔を合わせ、家も近いので夕飯を一緒に食べないかと言うと冷蔵庫に東ドウくんが作り置きした物があるが量が多いからと招かれたのだ。
 冷蔵庫を開けて驚いた。御堂筋の口ぶりで予想はしていたがそれをはるかに超えた量だった。思わずスマートフォンで日付を見て東堂が戻ってくるまでの日数を確認する。とてもじゃないが成人男性でも一人では食べきれない。日持ちはするし、レパートリーがあるので飽きないだろうがそれにしても異常だ。
「…毎回こんななのかヨォ」
「せやね」
 東堂が実家に戻り部屋を空けることは多い。そのたびにこれをしているとすれば残された食材は無駄になるのではないだろうか。
 レンジで温めた食事は外食よりずっと美味かった。練習場やレース中からは想像できないほどおとなしい食事姿の御堂筋も気に入っているらしく満足そうな表情で箸を動かしている。
「一人で食いきれネェときどうしてンの。石垣とか呼んでるわけ?」
「石垣クンは呼んだらあかんて言われとる」
 食べ終わった食器を洗う姿はロードレーサー御堂筋翔とは遠くかけ離れてる。
「石垣、は?」
「あとぉ、今泉クンとぉ、小鞠も駄目って言われとる」
 上がったのは明らかに嫉妬の対象になる名前ばかりだ。御堂筋は何故かわからないとでも言うように首を傾げている。苦笑して自分の食べていた食器をシンクに運んだ。
 並んで皿を洗っている最中、御堂筋は一度も言葉を発さなかった。
 大人しい横顔には生気が感じられない。白い肌は陶器のように見える。まるで壊れ物ではないか。
「…?」
 泡を流し切り、拭っていた手首を掴む。見た目よりも細く骨ばっていた。
「壊されンなよ」
 本人同士が納得している恋人間の事に口を挟む事はできない。
「もし、何かあったらメールしろ。電話でもいい」
「なにか?」
 素早く手を拭って居間に戻り携帯電話を開く。番号とアドレスを交換してから荷物を掴んだ。泊まって行けばいいと御堂筋は言ったが恐らくそれをすれば呼んではいけない人間に名前が追加されるだろうと予感した。野生の勘と言ってもいい。
「じゃあ。気ィつけろよ」
 恋人に対して気を付けるも何もないだろうことは解っていたが言わずにはいられなかった。壊れ物のような彼と、狂った瞳をのぞかせた男の間にまともな関係が築かれるはずがない。
 玄関のドアを開いてぎょっとした。数日は戻らないはずの東堂が無表情で立っていたからだ。
「…なんだよ」
「予定より早く手伝いが済んだ。帰るのか」
「ああ」
 引き止めるでもなく荒北と入れ違いに玄関に入った東堂はドアを閉める直前まで冷たい視線を向けてきた。

 ドアが締まり、鍵の回る音を聞きながら、ポケットに入れた携帯電話を握る。ああ、きっともう手遅れだ。交換した番号にもアドレスにも連絡は来ないだろう。もっと早く気付いていれば。帰り道で見上げた空は雲に覆われて一つも星が見えなかった。

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