”ルルーシュ”
久しく口に出されることの無かった名を呼ばれ、ゼロは目を見開いた。
「社長…!」
弾かれたように顔を向ければ、華のような笑顔を返される。
「スザク達が戻ってきたら、きちんと話をしましょう」
すべてを。
きっぱりとした口調で告げたミレイの瞳は、『もうそろそろ覚悟を決めなさい』と言っていた。
「…良いんですか、本当に」
ゼロは小さく息を吐き出し、上げかけた腰をゆっくりと下ろした。
ミレイはすべてを承知しているわけではないが、勘の良い女性だから、色々と察するところがあるのだろう。
世界的に有名なシュナイゼル専属であるという利点を差し引いても、多分に面倒な条件の多いモデルマネージメントを快く引き受けてくれた豪胆さには、ゼロは今でも感謝している。
―…けれどもうこれは、スザクと自分だけの問題ではないのだ。
シュナイゼルのブランドの、業界への影響力はかなり大きい。
不興を買えば、大事なスポンサーやクライアントを失う可能性もある。
ミレイの事務所がいくら大手といえども、今後の経営に支障が出るのは確実だった。
「あら。ご心配なく」
確認の意味を込めて尋ねたゼロへ、雇い主であるミレイは、さらりと言ってのけた。
「だって、私があなた達のデビューを見たいんですもの」
仕方ないじゃない?
そして、悪戯っぽく微笑んだ。
「今夜…ですか」
「ええ。コレクションに先がけて、レセプションパーティーを行う予定らしいわ」
シュナイゼルの代理人から送られて来た書類には、ゼロ宛の招待状が同封されていた。
もちろん拒否権などない。
相変わらず、こちらの都合などお構いなしの、強引で有無を言わせないやり方だった。
「つまり、迷っている時間はないわけですね」
ゼロは差し出された招待状を見つめ、両腕を目の前で組み合わせた。
「さて。どうしましょ?」
「こうします」
ミレイの問い掛けに、招待状を取り上げ、ためらいなく破り捨てる。
繊細な模様を印刷された白い紙が、ぱらぱらと床に散った。
「専属契約書は、あくまでゼロと交わされたものです」
それは、自分の真実の名前ではない。
「…それで、あの人が納得するかしら?」
ひらりと目の前に落ちた破片を拾い上げ、ミレイが問う。
「無論、しないでしょうね」
その言葉に、ゼロは軽く肩をすくめた。
当たり前だ。
そんなものはただの詭弁でしかない。
けれど、
「…俺は、今度こそ自分の手でアイツを守りたいんです」
そう言って真っ直ぐに、ミレイを見つめる。
あの出来事以来、シュナイゼルに命じられたことには黙って従ってきた。
たとえスザクと二度と会えなくても、それで良いと思っていた。
でも大切なものは、いま自分の腕の中にいる。
…さっきのスザクの様子。
本人に自覚はないようだったが、シュナイゼルの名前を聞いただけで、異常に緊張していた。
本当ならば、自分の傍から遠ざけておくべきなのかも知れない。
封印された記憶を二度と思い出さないように。
遠くからでも、守ることはできる。
しかし、スザクを再びあきらめることは、もう自分にはできないとも分かっていた。
ゼロは、何かを堪えるように小さく目を伏せて、膝の上で強く拳をにぎりしめた。
「ずっと…一緒にいたいんです」
他愛なく笑い合って、隣で優しい時間を過ごしたい。
願うのは、ただそれだけなのに。
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