■egramente 夕方過ぎに廊下から少し足早な足音が聞こえてくる。 その少し後に、ノックもなしに思い切り扉が開かれる、若しくは、開きかけて慌ててノックをしていたり。 何にせよ、応接室に顔を出すものがいる。 「恭弥!遅くなった!!うおあ!!」 挨拶をしているのか、叫ぶために扉を開いたのかまるで分からない勢いで開いた瞬間に見えた位置から下へと落ちていく金髪。 恭弥は足音がしたときから予想した通りだったため、椅子に座ったままその一部始終を眺めてふぅっと長く息を吐いた。 「貴方、そこって段差どころが足に引っ掛けるものすらないと思うんだけど。いっそ器用だね?」 はは、と乾いた笑みを零したディーノは、どうやら咄嗟に扉の縁を中途半端に掴んだのか手の平から血を滲ませていて。 更に恭弥は溜息を重ねた。 本当に仕方なく、といった態度で椅子から横柄に立ち上がりディーノの片腕を掴むと、そのまま引き摺るようにしてソファへと座らせる。 「もう少し遠慮して怪我してくれる?」 「悪ぃ。大したことねぇから平気だ。飯食いに行こうぜ」 「その前に。手」 ディーノの横に腰掛け、手を差し出した恭弥が机の上に置かれた救急箱に視線を遣る。 その手でディーノの片手を掴むと、空いた手で器用に救急箱の蓋を開き、消毒液を取り出した。 「貴方が来るようになって、草壁が救急箱を用意したから仕方なく手当てしてあげる」 「おう、仕方なく、な」 「強調しなくていい。傷増やしたいの?」 嬉しそうに眦を下げるのが気に入らなくて恭弥の語尾は低いものだったのに、それでもディーノは喜びを隠そうとしない。 テキパキと手当てをするのかと思いきや、意外と不器用で消毒までは良かったが、包帯を巻くのには結構苦労していたりとかするところも愛らしいとディーノは思う。 「…ちっ」 「いや、ゆっくりでいいから舌打ちは…」 「煩いね。文句あるなら自分でやれば?」 ありません、と肩を竦めて返してからじっと表情を伺っていると、恭弥のその眼は真剣で。 時折眉根を寄せたり唇を引き結んだり苛立って舌打ちしたり。 見ていて飽きない。 「俺、恭弥の真剣な顔、二番目に好き」 正確に言えば、自分のことで真剣になっている顔が。 恭弥が手から視線を離してディーノへと向け、不審げに小さく首を傾けた。 「二番目?」 「一番は喘いでる顔で、三番はその後疲れ果てて寝てる顔だな!」 「死んで」 正直に言えば包帯を思いっきり引っ張られ、患部を締め付けられた。 指先への血液の流れが圧迫される。 一番好きな恭弥の表情は、口下手な恭弥が上手く伝えられない気持ちを情欲に濡れた瞳がストレートに語るから。 二番目に好きな表情は、真剣になってもいいという領域にまで入れたことが分かるから。 三番目に好きな顔は、自分が作ったものだから。 色々と理由があるのだけれど、これ以上口を動かすと本当に傷が増えそうだったため言の葉に乗せず、間近にある唇に直に伝えた。 軽く触れ合わせることで。 「ありがとう」 「…ボロボロなんだけど。今ので特に」 「いや、これでいい。治るまでこのままにしておくよ」 恭弥の手が上げられる前に口吻けで機嫌を取ることだってもうそんなに難しいことじゃなくて。 セックスをするといえばまだ多少愚図るけれど、恭弥はキスは嫌いじゃない。 それは応える舌先が教えてくれた。 「晩飯食いに行こう?」 「…仕方ないね、付き合ってあげる」 再度食事に誘えば恭弥は呼吸と共に言葉を吐き出してまた横柄に答えた。 恭弥が何かを隠すために作り出すこの不本意そうな顔が結構高順位の好きな顔であることはまだまだ黙っているつもりだ。 end |