10 今得た情報の方が俄に信じ難いけれど、そんなマイナス要素のある嘘をあえて吐く必要がないことくらいは俺にも分かる。 そして何より、植田さんの忠告は俺にとっては非常に耳が痛いものだった。 「それは確かに、俺は特に気を付けなければいけないことかも知れません…けど…植田さんは、悪い人には見えないので…」 今のも聞かなかったことにします、と伝えたら、植田さんは一瞬目を丸くさせた後に気が抜けたような表情で笑みを零していた。 その反応を見る限り、彼が悪い人ではないことは確かだと思う。 お互いに今日した話はこの車に置いて帰ろうと言うことで一先ず話が落ち着き、それから直ぐに車を降りて打ち上げ会場へと向かった。 駐車場を出てから打ち上げ会場に着くまでは歩いて3分くらいだったと思う。 打ち上げはそこのお店を丸々貸し切って行われるらしい。 入口のドアを開けて姿を現した植田さんに至る所から「あーお疲れ様ですー!」や「待ってましたよー」などの複数の声が掛けられ、周りの反応に俺が少し驚いてしまった。 ざっと見ても30人くらいはいるんじゃないだろうか。 誰からも人気のある人なのかな?と若干圧倒されていたら、この空間の一番奥、メンバーに囲まれるように腰を下ろしてこちらに向かって手を振っている玲司さんが目に入った。 彼と目が合うと、ひらひらと宙を舞っていたその手が今度は俺のことを呼ぶように招く動きに変わる。 植田さんにそっと促されながら彼らの元へ歩み寄ると「葉太はここな」と言って玲司さんが彼の真横の席をぽんぽんと叩いた。 「え!?いやっ、そこは流石に…」 「いいから。とりあえずみんなにも紹介だけさせて」 「えっ!?」 紹介!?また紹介!?皆って誰のこと!? と、焦る俺の直ぐ近くの席にいた透さんが「はいさっさと行くー」と言いながら玲司さんの方へ向かって俺の背中を押した。 「うわっ!」と押された拍子によろけそうになった身体は咄嗟に玲司さんが腕を掴んで支えてくれたんだけど。 「おい馬鹿、乱暴に扱うなよ」 「すいませーん。葉太くんが思ったより軽くて結構飛んじゃったー」 大して悪びれる様子もなく笑っている透さんに唖然としている間に、そのまま玲司さんによって無理矢理椅子に座らされることになってしまった。 俺の登場辺りから周りは既にざわついていたけど、玲司さんが「全員揃ったっぽいっすよねー?」と声を投げると、それを合図に皆が口を閉じて玲司さんへと視線を向けた。 当然、彼の横にいる俺にもその視線は集まっているように感じて、その圧にどうしても狼狽えてしまう。 こんなどこの誰かも分からない奴が今日の主役の横に座っているなんておかしい、と自分でも思っているくらいだ。 周りの人からしたらその気持ちはもっと強いことだろう。 非常に居た堪れない気持ちになりつつ、皆の方を見るから視線を感じてしまうんだと思って玲司さんだけを見ることにしたら、丁度そのタイミングで彼と目が合った。 その瞬間にふっと微笑まれ、とくんっと鼓動が跳ねる。 玲司さんはその後直ぐに皆の方へと目を向けてしまったけれど、俺の視線はそのままずっと彼に集中してしまっていた。 「えー、じゃあまず俺から。今日は皆さん本当にお疲れ様でした。皆さんのお陰で最高の夜にすることが出来ました。本当にありがとうございます!」 「「ありがとうございまーす」」 玲司さんの言葉に重ねてメンバーの皆も感謝の言葉を口にすると、周りから「お疲れ様でしたー」の声と共に軽い拍手が起こった。 その反応ににこにこと嬉しそうな表情で笑いながら「ありがとー」と返した玲司さんが、それからお酒の入ったグラスを手に取る。 「言いたいことは色々あるんだけど、ちょっと一回乾杯だけ終わらせちゃいましょう?」 「いやお前、ノリ軽過ぎだろ」 「はー?いいから早くやれよ乾杯担当」 「うわ、出た。お前はいっつも俺の扱いだけ雑なんだよな。ったく…」 「とか言って喜んでる癖にー」 「うっせえ喜んでねえわ」 いつも通り、と言った感じの玲司さんと南さんの掛け合いに周りから笑いが起こる。 文句を言いつつも立ち上がった南さんが、グラスを持ってから皆の方を向いた。 「うちの暴君が早くしろって言ってるんで、今日は手短に」 「よっ乾杯担当」 「お前が一番うるせえんだよ。黙ってろ」 今度は透さんと南さんのやり取りで笑いが起こり、和やかな空気のまま皆がそれぞれ自分のグラスを手に持ち始める。 俺も皆に倣ってグラスを掲げたけど、変に緊張してグラスを持った手が小刻みに揺れてしまっていた。 「えー。さっき瀬戸も言いましたけど、今日のLIVEはここにいる全員で成功させたものだと俺達は思ってます。なので、皆さん一人ひとりにお疲れ様とありがとうを送らせてください」 そう言って軽く頭を下げた南さんに合わせて透さんが「お疲れ様ー!ありがとー!」と声を上げる。 勿論それにも笑いは起こっていた。 「えー、ここに来れなかった人達も含めて、俺達に関わってくれた全ての人達に感謝して、その気持ちをこれからもずっと忘れずにやっていきたいと思ってます」 「良いこと言う〜」 「透マジでうるさいよ。もう終わるからもうちょい黙ってろって」 半分本気の感じで睨む南さんに透さんがすかさず「はいすいません黙りまーす」と返し、その後で南さんが全体に対して「すいません」と小さく謝罪をする。 まるで親子のようなやり取りに俺の緊張も少しは解して貰えたみたいだった。 「ま、これからも俺達はどんどんデカくなっていくんで、皆さんこれからもPBをどうぞよろしくお願いします!ってことで、グラスは持ってますかー?」 「「はーい」」 「じゃあ、PB四周年とPB史上最高のLIVEを記念して、乾杯!」 「「乾杯ー!!」」 南さんの乾杯の音頭の後。 カツン、カツンとあちこちでグラスのぶつかる音が店内に響き渡る。 波のように広がっていくその光景を眺めながら段々と胸が熱くなっていくのを感じて、グラスを持ったままじっと動けずにいたら、横から「葉太」と呼ばれてハッとなった。 顔を向けた先の玲司さんが俺に向かってグラスを差し出しながら「乾杯は?」と微笑み掛けてくる。 「ッ……」 どうして俺は今ここにいるんだろう、とか。 これは本当に俺が見ている光景なのか、実は夢なんじゃないか、とか。 LIVEが終わった直後に胸に溢れていた感情にも似ているけれど少し違う、ふわふわとした、でも確かに熱を持った感情が。 玲司さんの顔を見た瞬間、一気に溢れ出した。 「…本当に…」 「ん?」 「…本当に、圧倒的で、絶対的で、…あの場にいるだけで、心から幸せな気持ちになれる、史上最高のLIVEでした」 俺の言葉を聞いて彼がその目を見開く。 ずっと伝えたかった。 俺だって言いたいことは沢山あったんだ。ずっと。 その全てを伝え切れるとも思えないけど、今更になったとしても、可能な限り伝えたい。 「感謝したいのは俺達の方です。あんなにも素敵な夜を過ごさせて貰って、本当に、ありがとうございました」 「………」 「これからもずっと、ずっとずっと、最高に格好良いPBで居続けて欲しいです。俺もずっと、死ぬまでずっと、貴方達を応援し続けますから」 「………」 それでもまだ伝えたかった気持ちのほんの一部に過ぎなかったけれど、それを聞いている間の玲司さんはずっと何かを堪えるような表情で俺を見つめていた。 今のは玲司さんだけに向けた言葉じゃなかったから、他のメンバーの人達にも伝わって欲しいと思って視線を横へと移したら、皆のキラキラと輝いた表情が目に飛び込んできた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |