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そう思ってはいるけれど。
どうしても気になってしまうって言うか、想像を膨らませてしまうって言うか。


「でも、俺に似てるって、ちょっと意外…ですね。上手く言えないですけど、俺とは対極にいるような方を勝手に想像してしまいます」


もっとしっかりしてそうな美人の女性…とか。
逆に、滅茶苦茶守ってあげたくなるくらい可憐な女性…とか。


「まあ、似ている部分もあると言う程度ですよ。貴方はご自分で鈍感だとおっしゃっていましたけど、彼は寧ろ他人の心情に対して敏感過ぎるくらいなので」

「へえ…そうなんですね。じゃあ、俺とは根本的に違うんじゃ…?」

「かも知れません。でも、自分に向けられる好意にだけは鈍感なので、その点は似ている気がします。貴方の瀬戸くんに対する反応を見ていても、どうしても彼と重なって見えてしまうって言うか」

「…あ、だからその、思い出したら会いたくなるから困る…とかそう言うことですか…?」

「…そうですね」


そう言って少し困ったように笑った彼に心の中で「そうなんだ…」と呟いて、暫く経ってから気付く。

ん?あれ?今この人何て言った?
え…?”彼”って、言わなかった…?


「あの、聞き間違いだったらすいません。もしかして今、彼って言いました…?」

「言いましたね」

「あ、やっぱりそう………ええええ!?」


すんなり肯定されたからこっちもすんなり受け入れるところだった。

いや、勿論その事実自体はすんなり受け入れられることではあるんだけどね…!?俺も同じだからね…!?

とびきり驚いた声を上げた俺に、横から愉快な笑い声が返ってくる。


「気付いていなかっただけだったんですね」

「いやだってっ…まさか…」

「そう。まさか、だったんですよ。俺も」

「っ……」


それは、まさか男を好きになるとは思わなかった…ってこと、だよね。
あー、うん。これは俺も困った…かも知れない。

今ので彼に対して要らない親近感まで湧いてしまったようだ。
これ以上は詮索しないと決めたのに、やっぱり相手のことが気になってしまう。


「そのお話って、話せる範囲で聞かせて貰うのも…駄目、ですか…?」


恐る恐る訊ねると「それは演技ですか?」と訊かれた。
その意味が分からずに「え?」と訊き返すと「あざとい演技も出来るのかなって」と悪戯っぽい声で言われ、今度は単純に彼に対してドキッとしてしまう。

多分だけど今の発言は冗談って言うか、ちょっとした俺に対する意地悪だったんだと思う。

でも、そんなギャップもあるだなんて。
そりゃあ周りは黙ってないって。


「えーっと…俺もそれが出来たら良かったんですけど…何でか私生活では上手く利用出来なくて…」

「そんな感じはしますね。すみません。今のは冗談なのでお気を悪くされないでください」

「ああ全然、大丈夫です。仮に悪意があったんだとしても気付いていないので」


そう言って苦笑すると、もう一度しっかりと謝罪をされた上に今のは本当に冗談だったと念を押された。
逆に気を遣わせてしまったようだ。


「まあでも、その純粋さは間違いなく貴方の長所だと思いますよ」

「…そうでしょうか。役者失格…な気もしますけど…」

「世間は基本的に媒体を通した貴方しか知ることが出来ないんですから、単純に役者として、と言う見方をするなら、プライベートは判断材料にはならないんじゃないですか?」


当然イメージと言うものを守らなければいけないのは分かるけれど、と言った彼に思わず俺は感嘆の息を漏らしてしまった。

この速度で冷静かつ的確に理解のある言葉が言える彼に感心し過ぎて「植田さんって、人生三周くらいしてますか?」と馬鹿なことを訊いてしまう。
それに対して微かに笑いながら特別謙遜するでもなく「そう見えます?」と返せる彼が完璧過ぎて、最早彼は俺の成りたい人物像と化してしまっていた。

俺が植田さんみたいな男になれるとは思わないけど、俺も彼に倣ってもう少しスマートに生きてみたい。
そうすれば、今まで見えていなかったものが少しずつでも見えてくるような気がする。

感情が溢れた時に少し立ち止まって冷静に物事を判断出来るようになれば、プライベートも役者としての人生も充実していくんじゃないかな、って。

その為にはやっぱり、俺には色んな経験が必要なんだろう。


「もう直ぐで着きます」

「あ、…はい。今の話は誰にも…玲司さん達にも、言わない方が良いですよね?」

「…そうですね。そうしていただけると助かります…けど、それだとフェアじゃない気も」

「…と、言いますと…?」


察しが悪くて申し訳ないと謝罪も併せつつ訊ねると、彼の横顔が何かを思案するように真剣になる。

俺が黙っておく、と言うたったそれだけのことで終わる話ではないのだろうか…?と考えていたら、ふと彼が「河原さんを信じて話します」と何やら重めの発言をした。


「えっ?な、何を…」

「俺の恋人もPBのファンなんですよ」


重そうな空気の割にはさらりと告白された言葉を聞いて「えっ!?」と大き目の声を上げてしまった。
でも冷静に考えてみたら、それは別に驚くようなことでも何でもない。


「あっ、すいません。何を言われるんだろうと思っていたのでつい驚いてしまいました。今のは同じファンとして喜ぶところでした」

「…そこは瀬戸くんの恋人として、ではないんですね」

「え。あ、はい。PBはPBで、そっちはそっち…なので。PBの話題に関しては俺もただのファンになります」

「…成る程」


素敵ですね、と言われて、何が素敵なのかはよく分からなかったけどとりあえず「ありがとうございます」と返しておいた。
そんなことよりも今は植田さんの恋人がPBのファンだと言う話の方が気になる。


「それで…」

「はい。さっきも楽屋で、以前から彼らと仕事をすることがあったとお話ししていたと思うんですけど」

「はい」

「そんな風に仕事で彼らと接点を持つことがあると言うことを、恋人には話していないんですよ。話せば飛び付く話題だと、分かっているので」

「………はい。えっと、それはつまり…」

「そのくらい心が狭い人間だと言うことです」

「………」


誰が、と訊きそうになったけど思い止まった。
そんなの、植田さん以外にいないもんな。

それは分かったけど、その後に「瀬戸くんの嫉妬なんて可愛いもんですよ」と続けられた言葉はあまり耳に入ってきていなかった。
植田さんがそんなことをしてしまうくらいにヤキモチ焼きだと言うイメージが全くなくて、滅茶苦茶驚いてしまっていたから。

そうやってすっかり衝撃を受けてしまっている間に車がパーキングに到着したようだった。

そのまま空いているスペースに駐車をしてシートベルトを外した彼に、思い切ってどうして今の話を俺にしてくれたのかを訊ねてみる。
それの答えは、先程のフェアじゃないとかの話に繋がるらしかった。


「恋人の件を黙っておいていただく代わりに、もう少しこちらの情報をお話ししておいた方が良いかなと思いまして」

「…ああぁ…」


律儀な人だな、と思ったからそのままそれを伝えたら何故か微妙な表情を向けられてしまった。
あまり褒め過ぎるのも逆に良くなかったのかな…?と今になって気にし始めたんだけど、そう言うことでもなかったようだ。


「少し心苦しくなってきたので自白しますけど、この後の打ち上げもこちらは仕事の一環だと思っているので、まだこの顔は仕事用だと思ってください」

「……普段の顔は違う、ってことですか…?」

「そうですね。普段は職場の後輩から”鬼”だとかそんな風に呼ばれるくらい萎縮させてしまっているところもあるので、」

「えっ」

「あまり他人を簡単に信用しないことをお勧めします」


仕事を通して出会った相手は特に、と言われて、暫くの間俺はシートベルトを掴んだまま茫然としてしまった。




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