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「菅さんそいつは真面目に一回シバいた方が良いね」

「そのつもりです」

「おっけー任せた。俺はもう放置する」

「だな。植田さんも、変なもん見せちゃってマジですいません。瀬戸はもうほっといて良いんで、俺達はさっさと打ち上げ行きましょう」

「え、…ああ、はい。その方が、良いかも知れませんね」


そう言って植田さんに苦笑されて初めて玲司さんが焦ったような反応を見せた。
どうやら玲司さんは彼のことをかなり慕っているようだ。


「植田さんまでそんなこと言わないでくださいよー」

「まあ、今日は…ね」


苦笑を浮かべたままの植田さんにそこを指摘され、玲司さんもうっと言葉を詰まらせる。
それから皆に対して小さく謝罪の言葉を口にした玲司さんを見て少しだけほっとした。

そうなんだよ。今日は特別な日なんだ。
俺だって今日みたいな大切な日に邪魔なんてしたくない。

でも、俺が打ち上げに参加すること自体は皆の中でも決定事項だったらしい。
既に荷物を纏め終えていたメンバーが俺を連れて楽屋を出ようとすると、玲司さんも慌てて支度を終わらせていた。

それから、その場にいた全員で揃ってわいわい喋りながら会場の裏から外へ出る。
数時間振りに吸った外の空気は少し冷たくて、火照っていた俺の身体と思考をゆっくりと落ち着かせてくれたように感じた。


「車を回して来るので皆さんはここで待っていてください。恐らく出待ちの方々がいらっしゃるので、河原さんは…」

「俺が乗せて行きますよ」


植田さんの申し出に俺がえっ!?と思っている間に菅さんが「宜しいですか?」とそのまま俺の身を彼に委ねようとした。
それには玲司さんも待ったを掛けてくれたんだけど、菅さんが冷静な口調で今の状況を理解しろと説明すると玲司さんも大人しく口を噤んでしまった。

正直に言うと俺的には何とも気まずい状況になってしまったから玲司さんにはもう少し頑張って貰いたかった。
けどまあ、そうも言っていられない。
PBの為だから、と言い聞かせて俺も大人しくその場の流れに従うことにした。

一先ず玲司さん達と別れ、植田さんの後を着いて車まで向かったは良いものの。
会って30分も経たない相手の車に一人で乗せて貰うことになった時は一体どんな態度でいれば良いものなのか。

助手席に乗るべきか後部座席に乗るべきか迷っていた俺に、彼がさっと助手席のドアを開けて乗車を促してきた。
その動作が流れるように自然で、この人は恐らくだけど色んな意味でかなりの経験を積んでいそうだと何も知らないながらに悟る。

まあ、あの玲司さんですら警戒する程のイケメンなんだから当然モテない筈がない。
それどころかモテにモテて困るくらいだと思う。

彼程のイケメンだったら周りの女性が放って置かないだろうなあと思うけど、でも彼には少し近寄りがたいオーラもある。
話してみたらそうでもないと分かるけど、初見だと圧倒されてしまって声なんて掛けられないかも知れない。

なんてことをぼんやりと考えていたら、車を動かし始めた彼が「乗り物酔いはしませんか?」と訊ねてきた。
咄嗟に「あ、はい…っ」と答えたけどそんな気配りにすら感心して、思わず彼の横顔をじっと見つめてしまう。


「どうかされました?」

「あっ……えっと……すいません。言い方がアレなんですけど、凄くモテそうな方だなあって…感心しちゃって…」

「俺がですか?」

「それは、勿論です」

「…褒めていただけるのは嬉しいですけど、また瀬戸くんに怒られますよ」


そう言って静かに笑う彼を見て少しドキッとしてしまった。

好きになりそう、とかそう言う種類のヤツではない。
ただ、”玲司さんが言っていたこと”が何となく分かったような気がしたんだ。

植田さんは発言も仕草も凄く余裕があって、それは今まで彼が沢山の経験をしてきたからなんだろうなと勝手ながら思っていたけれど。

彼にも何か…誰か、大切に想える存在があるから。
だからそんな風に穏やかに笑えるんじゃないかなって、今の表情を見てそう思ってしまった。

それが何故だか見てるこっちまで胸が高鳴るくらいだったって言うか、まあそう言う意味でドキッとしただけだ。

玲司さんが彼を慕う気持ちも分かるかも知れない。
俺もこの経験豊富そうな彼に色々と教えて貰いたいと思ってしまう。

勿論、純粋に同じ男として。


「すいません…鈍感って言うか…考えもなしに思ったことを言っちゃうところがあって…変な意図とか、全然ないんですけど…」

「ご心配なさらなくても、それは瀬戸くんにも伝わっていると思いますよ。また怒られますよ、と言ったのは冗談です。瀬戸くんは別に貴方に対して怒っている訳ではないようですから」


…そう、なんだろうか。

実際どうなのかは分からないけど、でも、彼の言葉はすんなりと受け入れることが出来る。


「瀬戸くんこそ、思ったことをそのまま口にしてしまうタイプじゃないですか?」

「…そう、ですね。でも玲司さんは…俺とは違います」

「どう違うんでしょう」

「玲司さんの言葉は、いつも真っ直ぐです。あの人の言葉には全部、あの人自身の強い意志が宿っているから、それが正解か不正解か…とか、善か悪かは関係ないって言うか」


俺はそう思っていると答えると、植田さんが「貴方は違うんですか」と静かに訊ねてくる。


「俺は…、そうですね。頑固なところもあるみたいですけど、基本的に流されやすいので…」

「でも、瀬戸くんの真っ直ぐな言葉に流されて彼の気持ちに応えた、訳ではないのでは?」

「ッ…!」


どうしてそんなことが分かるんだ、と少し衝撃を受けてしまって直ぐに返答が出来なかった。
俺が黙ってしまったからか「すみません。知ったような口を利いてしまいました」と謝罪をされてしまったので慌てて否定する。


「違いますっ!驚いてただけでっ…そうですっ。玲司さんを好きな気持ちは、流されたとかそんなんじゃなくて、俺の心からの気持ちって言うかっ…」


そこまで言ってからストレートにぶっちゃけ過ぎたと気付いてハッとなった。
意味もなく口を塞いだ俺を横目に見た彼が、一拍遅れてくすりと笑みを零す。


「ああ、また…すみません。反応が貴方に似たところがある人が身近にいるので、つい」


だから玲司さんの気持ちも分かる、と言った彼に、俺はまたもや何も返すことが出来なかった。
頭の中ではちゃんとその言葉の意味を考えていたけど、それを口にしてしまっても良いのかが俺には分からなかったから。


「えっ…と…」

「素直な人って、他人を惹きつけてしまうんでしょうね」

「……誰のこと、言ってますか…?」

「…そう言うところも、よく似てるんですよ」


困ったな、と言った彼だったけど、その表情はどこか嬉しそうにも見える。


「…困る…って言うのは…」

「ああ、いや。すみません。変な意味じゃないです」

「変な意味?」


これは流石に、あまりにも理解出来なさ過ぎだろうか。

このままじゃ呆れられるかも知れないなと思っていたら案の定、彼に溜息を吐かれてしまった。
でもその後直ぐ、彼が少し切ない表情を見せながらその溜息の理由を教えてくれた。


「貴方によく似た恋人のことを考えてしまっただけです」

「!!」


やっぱり、いるんだ…っ

それを聞いて何もかもが解決したと言うか、何かが俺の中にすとんと落ちてきて綺麗にハマったような、そんな感覚になった。
そして何故か俺はそれを聞いて、とても心を躍らせてしまっている。


「その話って、もっと聞かせて貰えたりしますか…っ?」

「話せるようなことなんて何もないですよ」

「っ……そう、ですか…」


それはつまり話すつもりはないと言うことなんだろう。
少し残念だけれど、さっき知り合ったばかりの俺がそんなプライベートな話を詮索するのも良くないなと思ったからそれ以上突っ込んだことは聞かないでおくことにする。




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