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誠くんからは何も喋らないようにして欲しいと言われたけど、実際に自分で思っている以上に酔っていたこともあって、演技なんて意識せずとも俺の身体の方も正常ではなかった。
既にふらついている身体をしっかり目に支えてくれた誠くんが、俺のマネージャーの所に戻って事実に若干の嘘を織り交ぜた事情を説明し始める。
「すみません。葉太さんが気分が悪いみたいなんですけど、」
「やっぱりか…。こちらこそすみません、ご迷惑をお掛けして」
そう言って俺の身体を受け取ろうとしたマネージャーに誠くんはやんわりと断りを入れた後。
ちらっと周りを見渡してから小声で「実は僕もそろそろお暇したくて」と言って申し訳なさそうな顔を作って見せた。
「僕自身ゲスト出演と言うこともあって本来ならこの場に出席していなくてもおかしくはない立場なんですけど、主演の本田さんがいる手前、二次会に不参加と言うのもなかなか申し出ることが出来なくて…」
「あ、ああ…まあ、そうですよね」
「はい。だから…って言うと失礼かも知れませんが、葉太さんは責任を持って僕の方でご自宅までお届けいたしますので、このまま一緒に抜け出させていただいても宜しいでしょうか」
「ええ?…いや、それならわざわざそんなことをしなくても…」
「勿論、葉太さんが心配な気持ちもあります。寧ろそれが一番です。本来ならマネージャーの貴方にお任せするところだと理解もしていますが…やっぱり駄目でしょうか…?」
やけにリアルな表情で切実に訴える誠くんに、俺はその横ですっかり感心してしまっていた。
勿論余計なことは何も言わないけれど、裏事情を知っている俺でも騙されてしまいそうなその演技力には脱帽してしまう。
マネージャーの前島さんもそこまで言われたら断り辛くなったようだ。
その方が迷惑になるんじゃないかと問い掛けた彼に誠くんが即座に否定をすると、それならそう言うことでも…と話がまとまった。
丁度そのタイミングでそろそろ二次会へと移ると言うアナウンスが入り、いつの間にか近くに来ていた誠くんのマネージャーの関さんにも軽く事情を説明した誠くんが彼とアイコンタクトを取り合う。
「うちのマネージャーに車を出して貰うので、前島さんも下までご同行いただいても宜しいでしょうか」
「それは勿論です。と言うより、車はこちらで手配――」
「いえ、お任せください。配慮は徹底いたしますので」
最後に有無を言わさぬ態度で申し出を断った誠くんにマネージャーも若干怯んでしまっていたように見えた。
そこへタイミング良く本田さんが現れ、その場で誠くんの口から嘘の事情説明がなされるのを罪悪感を抱きながら聞くことになる。
「そう言うことなら皆が動き出す前にさっさと抜け出した方が良いと思うわ。下手に大事にしたくないでしょうし、皆には後で私から説明しておくから」
「そうですか?じゃあ、申し訳ないですけど…」
「良いから早く行きなさい。河原くんも、お大事にね」
「ッ…ありがとう、ございます…すみません…」
本気で俺の心配をしてくれているらしい本田さんに、今の俺は感謝の言葉と謝罪の言葉を口にすることしか出来なかった。
彼女の勧めでしれっと会場を抜け出した俺達は、ロビーで前島さんと別れて直ぐ、誠くんと関さんと共にホテルの駐車場に停めてあるらしい関さんの車へと向かった。
最悪なことに、今の間に本格的に気分が悪くなってきてしまったようだ。
このまま乗車するのはまずいかも知れないと不安を抱きつつ、人目を気にしてとりあえず誠くんに続くように後部座席に乗り込んで、そして絶句する。
「…上手くいったみたいだね」
静かに告げられた言葉に、誠くんも冷静な態度で「俺の演技力に感謝してください」と答える。
それに対して「それはどうもありがとう」と返してくすりと笑みを零した彼――武内さんが、未だに瞠目してる俺に向かって「酔いは醒めた?」と悪戯っぽく投げ掛けてきた。
「どっ…どうして…」
「説明は後。関くん、出して」
「…はい」
俺の疑問が解消されるよりも先に発車されてしまった車。
それから自宅の住所を伝えた武内さんに従うように車を走らせ始めた関さんが、ルームミラー越しにちらりとこちらに視線を向けながら「顔色が悪いように見えますが、本当に大丈夫ですか」と投げ掛けてくる。
「確かに顔色が良くないね。横になった方が良いんじゃない?」
「えっ?」
「その方が外からも見えなくて丁度良いかも知れませんね。ほら、葉太さん」
「えっ、ちょっ…」
ぐいっと肩を抱き寄せられたかと思ったら、そのまま誠くんの脚を枕にするみたいにやや強引に横たわる体勢をとらされた。
正確に言うと頭は若干、誠くんの隣に座っている武内さんの脚の上の方までいってしまっている。
ただでさえ武内さんの登場で混乱していたのに、こんなことまでされたら堪ったもんじゃない。
「ッ、ちょっと…っ」
このままは無理だと思って起き上がろうとしたらすかさず二人の手に阻まれてしまった。
勢いで振り返ると武内さんと目が合い、ふっと口元を緩めた彼が「うちに着くまで寝ててもいいよ」と言ってそのまま俺の頭を撫で始める。
「っ、あのっ…」
「酔ってるんでしょ?」
「えっ…」
「酔ってないのに、あんなに嬉しそうな顔で愛想を振り撒いてたの?」
「…愛想…?」
何の話…?と理解出来ていない目を向ける俺に、今度は誠くんが怒ったような声で「酔ってても駄目ですよ」と言って太腿の辺りに手を這わせ始める。
「誠くん…っ?」
「関係者はともかく、相変わらずマネージャーとの距離が近過ぎるんですよ」
こっちは我慢してたのに、と言いながらも際どい手付きで蠢く彼の手に、いよいよ俺の頭もショート寸前まで追いやられてしまったようだ。
酷く混乱しながらも何とか「こんなとこで、だめだよ…っ」と訴えると、二人の手の動きがぴたりと止まる。
それにほっと安堵したのも束の間。
「…関さん、絶対振り返らないでくださいね」
「…止めて貰えるかな。それは僕も困るし、河原さんも――」
「すみません。今から完全にオフになります」
それだけ言って再び手を動かし始めた誠くんに小さく制止を呼び掛けると、運転席からわざとらしく重たい溜息が聞こえてきた。
「武内さん、申し訳ありませんが――」
「悪いね。僕も既にオフのつもり」
「……ハア。困るって言ってるじゃないですか。二人とも降ろしますよ」
「それは僕達も困る。河原くん、声は我慢してね」
「えっ…!」
この場に相応しくない忠告が聞こえたかと思ったら、頭に添えられていた武内さんの手が頬に移動して、それから指先でそっと唇をなぞってきた。
声こそ出さなかったけど反射的に逃げるように身体をくねらせると、二人の手によって強引に仰向けにさせられ、しっとりと熱を持った二人分の眼差しを上から注がれてしまう。
「うちに着くまでは我慢しようと思ってたのにね。同じ空間にいても目を合わせるどころか会話すら出来なかったから、僕も相当溜まってるのかも知れない」
「俺もです。折角席が近くても、葉太さんは殆ど退席されてましたし。その先々で無邪気に笑顔を見せる姿を遠目から見させられて…ずっと嫉妬してたんですよ」
「ッ……」
まるで関さんの存在がないことにされているのかと言うくらい、只ならぬ空気を放ち始めている二人に俺ももうどうしたら良いのか分からなかった。
この時冷静な返しが出来なかったのは、まだ醒めてはいない酔いのせいだと言うことにして欲しい。
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