4 誠くん達が知ったら絶対に反対するんだろうなぁ… でもまだその場が設けられることが確定した訳ではない。 話すにしてもそれからだ、と考えている内に誠くんが直ぐ側までやって来ていたようだ。 やや硬い表情の誠くんに「葉太さん、ちょっといいですか」と言われて胸のざわつきを感じながらも小さく頷きを返すと、またしても遠野さんが空気を読んでくれた。 「それじゃあ僕は」と言って去ってくれた彼に感謝をしつつも、今から誠くんに何を言われるのか…と少し身構えてしまう。 「遠野さんとは何を話してたんですか?」 「っ…えっと…」 やっぱりそれは訊かれるか… まあ別に隠すことでもないと思って正直に話の内容を打ち明けると「また厄介な繋がりが増えましたね…」と言われ、一先ず苦笑を浮かべることしか出来なかった。 現段階ではまだ何とも言えないけれど、そうなる可能性もなきにしもあらずだと言うことは俺も薄々感じ取ってはいる。 遠野さんが直接俺にどうこうとかの話ではなく、間に理仁さんの存在があると言うことが。 「ごめん。まさか理仁さんと繋がりがあるとは知らなくて」 「そうですね。それに関しては葉太さんが悪い訳じゃないです…けど」 そこで言葉を切った誠くんが、俺との間の距離を詰めながら眉を寄せた表情で「迂闊に気に入られないでください」と不満を口にする。 「そんなつもりは…」 「だから迂闊だって言ってるんですよ。葉太さんにその気がないことくらい俺達も分かってます」 「うっ…はい、ごめんなさい」 「…そう言うのも、駄目ですから」 「…そう言うの…って…」 よく理解が出来ていない反応を見せると、ふうと息を吐き出した誠くんが「それは後でいいです」と言って俺の手を掴んできた。 えっと驚いている俺をそのまま引っ張るように歩き出した彼が武内さんと本田さんのいる場所へと戻り、二人に向かって「早速でしたよ」と嫌味のような台詞を口にする。 「あらら、それは私のせいかもね。彼は”そっち”じゃないと思っていたんだけど」 「いや、あの人って言うより、……若月さんと親しいみたいで」 名前の部分は周りを気にして特に小声で話した誠くんに、本田さんは「それは不運だったわね」と苦笑を浮かべ、武内さんは張り付けたような笑みのまま「とことん、だね」と答える。 誠くんと本田さんの間で話が通じてしまうのは二人がそう言うことを相談し合う仲だと知っているから特別驚きはしなかった。 だけど、武内さんは違う筈だ。 まるで一つのチームであるかのような反応を取り合う三人を不安の目で見つめていたら、会場の前方から「それでは皆さんそろそろご着席を願います」と打ち上げの開始を予告する声が上がった。 「誠」 「分かってます」 「頼むよ。本田も、宜しく」 「承知しました」 「じゃあ、僕は」 たったそれだけの短いやり取りで意思の疎通を図ったらしい三人の側で一人置いてけぼりを食らっている俺。 そんな俺に向かって「また後でね」と言って別の場所へと向かって行った武内さんの背中を見つめながら、何一つとして理解出来ずにぽかんとしていたら、誠くんに「席に行きましょう」と声を掛けられて我に返った。 丁度そこへ俺達のマネージャーも集まって来て、それぞれが受付で伝えられていた座席へと向かい始める。 本田さんと遠野さんは主演なので、当然ながら監督を含めた面子と一番上座のテーブルに座ることになっているようだ。 まあ俺の席は端の方だろうな…と勝手に思い込んでいたんだけれど、確認をしたらまさかの誠くんの向かいの席だったから吃驚した。 でも、これは嬉しい誤算だ。 「同じテーブルだね…!」 はしゃいでしまう気持ちを頑張って抑えつつも笑顔を向けると、誠くんがちらっと周りを見渡してから耳元に口を寄せてきた。 「あまり可愛いこと言わないでください」 「ッ…!」 それだけ言ってすっと離れた彼が、業務用のスマイルを見せながら「今日はお相手宜しくお願いしますね」と言って席に腰を下ろす。 俺もそれに倣って席に着くと、俺の隣の席に座ったマネージャーが「後で訊かせて貰うからな」と脅しのような台詞を吐いた。 それを聞いて「あーあ…」と思いながら少し肩を落としてしまっていたんだけれど、マネージャーが言った”後で”は今日の話にはならなかった。 それはどう言うことかと言うと。 主演俳優、監督、製作スタッフ…と各主要人の挨拶を終えた後。 それぞれが自由にテーブルを行き来して談笑しながら過ごす時間となっていたんだけれど、人数もそこまで多くない上にドラマ自体が放送前と言うこともあって、打ち上げ自体は比較的大人しく進行されていた。 筈だった。 俺自身も誠くんや周りの人達と話をしたりマネージャーと共に挨拶に行ったりして過ごしていたんだけど。 俺の出演シーンに携わってくれていた関係者の人達と話をする度に俺の演技に関する嬉しい言葉を沢山掛けて貰えて。 その際に勧められるままにアルコールを摂取していたら、打ち上げ終盤にはすっかり出来上がってしまっていた。 「おいおい、大丈夫か?」 自分の席に戻ろうとしたタイミングでフラついてしまった身体を横から支えてくれたマネージャーが心配そうに顔を覗き込んでくる。 大丈夫です、と返した言葉がちゃんと発音出来ていたかどうか。 口ではそう言いながらもちゃっかり彼に寄り添うように身を預けてしまった俺を見て、マネージャーも「流石に飲み過ぎたな」と苦笑を浮かべてしまう。 「気分は悪くないか?」 「いやあ、気分は、いいですよ。いっぱい褒めてもらったし」 そう言ってふにゃんと笑うと、マネージャーの苦笑も笑顔に変わった。 そうだな、と言ってくれたその表情も嬉しそうで、二人で喜びを分かち合うように笑い合っていたら不意に後ろから「葉太さん」と冷めたような声で名前を呼ばれた。 振り返ったら、真剣な表情をした誠くんに「ちょっとお話出来ますか」と言われ、少し驚きつつも頷きを返してマネージャーから離れる。 「何のお話?」 「それはちょっと向こうで」 マネージャーには聞かれたくない内容なのか、誰もいない場所を指しながら誘導してきた誠くんに従って場所を移すと、すっと顔を寄せてきた彼が「酔ってますよね」と怖い顔で訊ねてくる。 「んー、うん、酔ってる」 正直に答えると誠くんの目つきがより一層怖くなった。 若干怯えながら「怒ってる、の…?」と訊ねると即座に「怒ってます」と返ってくる。 「こんな場所で酔う程飲んだら駄目ですよ。変なことされたらどうするんですか」 「ええ…?誰がそんなこと…」 「ついさっきだって、マネージャーとあんなにもくっ付いて」 あんなのも駄目だと言う彼はどうやらマネージャーに対して嫉妬しているらしい。 それが分かったら俺も気持ちが緩んでしまう。 「じゃあ、誠くんがくっ付いてくれる?」 「っ……そんなこと言って良いんですか」 「うん?」 「このまま会場から連れ出しますよ」 「どこに?」 「どこでも」 どこでも、と言われても。 行きたい場所がある訳でもないけど、誠くんと二人になれるならどこでも良いか。 そう思って「うん、いいよ」と答えて微笑むと誠くんの顔付が変わった。 「じゃあ今から演技してください」 「演技?」 「はい。酔って気分が悪くなった葉太さんを介抱しながら、そのまま抜け出します」 「え?でも、マネージャーとか…」 「大丈夫です」 その辺はどうにかすると言われて「じゃあまあいいか…」と納得してしまった。 どうやら俺の頭は大分正常じゃなくなっているようだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |