14 もう溜息なんて吐かれ慣れましたわ。 どうせ今回も「まったくもう、仕方ないんだから」って感じのことを言うんでしょ。 って思ってたんだけど。 「もう完全に刷り込まれちゃってますね。潜在意識レベルで書き換えないとどうにもなりませんよ、これ」 「向こうが尻尾を出さない限りはね。もう少しで掴めそうだったけど、これは長期戦になるかな」 「初めから長期戦のつもりだったんだと思いますけど、タイミングがもう少し遅れていたら危なかったかも知れません」 どうやらまだ諦めてなかったらしい。 仕方ないとか全然思ってなかったみたいだ。 徳川さんの言葉に「そうかも知れないね」と相槌を打った直輝さんが、呆然としている俺を見た。 その目に不屈の意思…のようなものが宿っているように見えて、本能的に危険を感じた俺は咄嗟に自分の急所を両手で隠した。 「防衛本能?」 「…無意識でした」 「へえ。優秀だね。でも、働かせる相手を間違えてるよ」 「……怒ってます?」 「ううん。怒ってない。ちゃんと躾けておかないといけないなって思ってるだけ」 なるほど。 まあ確かに、直輝さんの表情は一見落ち着いているようには見える。 でも言ってることが全然穏やかじゃない。 今度こそ逃げなきゃと思って身体を後ろに倒したら徳川さんの身体にぶつかった。 そのままがっちり肩をホールドされ、すかさず反対側も尊さんの身体で塞がれてしまう。 「甘やかすだけが飼い主の仕事じゃないんだよ、詩音」 「っ…俺別に、悪いことなんか…」 「勘違いしてるみたいだけど、俺は別にお仕置きするなんて言ってないよ」 「そう。詩音の飼い主が誰なのかをちゃんと教えてあげるだけ」 「頭の方は無理そうだから、この身体に」 そう言って徳川さんの指が触れたのは、またすっかり固く閉じてしまっている俺のお尻の穴で。 「っ!?」 「ああ、これはまた一からやり直しだね」 「一からっ?いや、もう無理ですって…っ」 「無理じゃないよ。時間はまだまだある」 「ッ…でももう、お昼が…」 「お腹空いた?詩音の為にカヌレ買ってきてるから、それ食べて我慢してよ」 なにそれそんな話聞いてないんだけど…!と、こんな時にまでスイーツに反応してしまう自分に呆れてしまった。 俺の目が輝いたのが尊さんにも分かったのか「ちょっと待って」と言ってベッドを降りた彼が自分の荷物を漁って、それから横長の箱を手に持ってベッドに戻ってきた。 はい、と手渡された箱をすぐさま開けると、中には上質そうなカヌレが三つ並んで入っていて目の輝きを抑えられなくなる。 「めっちゃ美味しそう…!」 「全部食べていいよ」 「ほんとに…!?」 「うん」 「ほら、貸して」と言って俺の手の中のカヌレを一つ摘まみ上げた尊さんがそれを俺の口に押し当ててきた。 当然のようにお口を開けて一口かじると、口の中に大人なお味が拡がりまくって頬が緩む。 「美味しい?」 「美味しい」 「もっと食べたい?」 「食べたい」 「じゃあ、今からもう一回、詩音の全身とろっとろに蕩けさせるから」 「……え」 「俺達の言うことがちゃんと聞けたら、その度にご褒美として食べさせてあげる。今はそれだけ」 「………」 騙された。容易に騙されてしまった。 苦虫を噛み潰したような顔を見せると、尊さんが「全部なくなるまでには時間が掛かりそうだな」と言って笑う。悪魔の笑みだ。 それでも諦めずに睨んでいると「要らないならいいよ」と言って全部奪われそうになったから「いる」と答えてしまった。 だから糖の依存は怖ろしいって言ったじゃないか。 「欲しいの?」 「…欲しい」 「何が欲しい?」 「………尊さん」 最初はカヌレと答えようとしたんだ。 でももうそっちに引く気がないんだって分かったから、だったらこっちも乗った方がいいじゃないか。 自分からそう答えたからか尊さんは一瞬驚いたように目を丸くさせ、それからだらんと表情を緩ませて「全部あげる」と言った。 悪魔か天使かどっちかにして貰いたいと思ったけど、どっちだってかっこいいんだから結局一緒なのかも知れない。 「詩音くん」 「徳川さんも欲しい」 「…名前」 「ああくそ。ミスった」 折角「はいはい分かってますよ」とか余計なことを言わずに即答してやったのに。 悔しいけど「翔平さんも、欲しいです」と言い直すと、満足そうな表情で「うん。僕も全部あげる」と言った彼に頭を撫でられた。 もういい。もういいんだよ俺は、これで。 「詩音くん」 「今日は直輝さんのは貰えないんでしょ」 「…俺だけ意地悪されるんだ」 「直輝さんにはあげる方って意味ですよ。俺の身体、直輝さんの好きにしてください」 お尻以外、と付け足そうとしたけどギリギリのところで踏み止まることが出来た。 直輝さんの嬉しそうな顔を正面から見てしまったから。 「遠慮しないよ?」 「いいですよ。その代わり、俺がどうなってもちゃんと面倒みてくださいよ」 「それは勿論。詩音くんがおかしくなったとしても、絶対に離してあげないから」 「覚悟してね」と囁いた後、俺の脚を左右に広げた直輝さんが内腿の敏感な所に思い切り吸い付いてきた。 ちくっとした痛みを感じた場所に目を向けると、俺の不健康な白い肌の上に卑猥な内出血が一つ生まれていて。 「ねえ、それもっと付けて」 「いいの?凄いことになるよ?」 「ちゃんと見えない所ならいいですよ」 首は駄目だと伝えると、直輝さんじゃなくて尊さんが「もう遅いよ」と言ってキスマが付いているだろう首の裏を舐めてきた。 「首にキスするのって執着心とか独占欲の現れなんだって。だから、詩音の飼い主は独占欲が強いってちゃんと覚えとくんだよ」 「ん、それはよく分かりましたけど、多分俺も強いですよ」 「じゃあ詩音も付ける?」 自分の首元を晒しながら訊いてくる尊さんに「それはしない」と答えると「何で?」と訊かれた。 その理由はちゃんとしたのがある。 「もし誰かに見られたら、後で問い詰められるのは俺だから」 「誰に?」 「近所のお姉様方に」 正直に答えるともう一回「何で?」って訊かれたからぶっちゃけておいた。 「尊くんの首にキスマーク付いてたんだけど彼女出来たのかしら!?何か聞いてない?聞いてないなら根掘り葉掘り聞いといて!」ってなるのは目に見えてるんだ、と。 それに対して流石に「俺なんですよね〜」とは答えられないでしょ、と。 そう言って悪戯っぽく笑う俺に、尊さんもなるほどなって顔をして笑っていたんだけど。 その笑顔のまま「じゃあやっぱ付けて」と言ってきた彼は猛者でしかないと思う。 ああ、お姉様方ごめんなさい。 俺も出来るだけ今まで通りに求められた情報を提供するつもりではあるけど、これからはたまに嘘を吐いてしまうことがあるかも知れません。 何故ならもう”みんなの尊くん”をはじめ”みんなの森野くん”そして”みんなの徳川くん”はもれなく全員”俺のもの”になってしまったから。 そして俺自身も”マダム達のイッヌ”から”三人の飼い犬”になってしまったからです。 [*前へ][次へ#] [戻る] |