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さてこの後、馬場さんは一体俺に何と言ったでしょうか。
正解はこちら。
「ごめん。詩音が苦しそうにしてるとこ見たら、興奮して…」
でした。
誰が正解出来るんだよこんな問題。
この人今なんて言ったよ。
俺が苦しそうに?え?何?
「意味が不明過ぎます」
「意味はそのままだよ」
「馬場さんって実はサディストだったんですか?」
「実はって、普段はそうは見えないってこと?」
「質問に質問で返さないでくれませんか」
別に馬場さんがSかMかを知りたい訳ではないから答えたくないならそれでもいいけど。
と言うかそんなこと訊かなくてもどう考えてもSだよね。
じゃなきゃそんな非道な台詞が口から出てくる訳ないよね。
「俺のこと嫌いなんですか?」
「何でそうなるんだよ。興奮したって言ってんのに」
「ふーん。まあとりあえず馬場さんがそーゆー性癖ってことはよく分かりました」
で?と訊くと、馬場さんはきゅっと口を結んで難しい表情を見せた。
さてさて。
ごめんと謝ってくるか、誤魔化すか。
はたまた森野コースか。
さあどれでくる?と臨戦態勢を整えて待つこと20秒。
「ごめん。急にこんなこと言われても困るだろうけど、ずっと前から詩音のことが好きだった」
「……そうですか」
ごめん+森野コースだった。
もしこれで誤魔化せるとか思っていたら舐めんなよってなってただろうから、まあその選択をされなくて良かったけど。
つってもなあ…ですよ。
「好きって、どのタイプの好きですか?」
「詩音が受け入れてくれるなら、付き合いたいって思ってる」
真剣な表情で伝えられた言葉に内心「おお…」ってなった。
だってなんかいきなりじゃない?
なんかもう付き合う一歩手前みたいな感じでこられてる気がするんだけど、俺まだ全然追い付けてないからね。
「俺は自分自身のことを、異性愛者だと認識してます」
「うん。それは俺もそう…だったと思う。でも気付いたら詩音のことばっか考えてて。今はもう、男とか女とか、そんなのどうでも良いって思ってる」
「…どうでも良くは、ないんじゃないですかね」
「詩音はそうだろうけど、俺は本当に。詩音のちんこなら余裕で触れるし、と言うかもう詩音のこと抱きたいって思ってる」
「ッ………」
なるほどなるほど。
これは森野さんよりも重症だと認識してしまっていいでしょう。
あの人でさえそこまでのことは言わなかったと言うのに。
確かチクオナと息子は言ってたけど……いや待ってそっちの方が変態ちっくな気がしてきたわ。
結論どっちもどっちだわ。
「俺は抱かれるよりも抱きたい派です」
「それは俺もだから」
「それなら、交渉決裂と言うことで」
「ちょっと待って。俺が良いよって言ったら詩音は俺のこと抱けるの?」
「無理ですね」
「じゃあ、その交渉は初めから成立してないな」
確かに。
なんて、茶番を繰り広げている場合ではないのですよ。
「要するにその、無理ってことです」
「何が?」
「抱くのも、抱かれるのも」
「…キスは?」
「………」
ここで無理だと即答出来なかったのは何故なのか。
それは俺が、馬場さんのことを普通に人として好きだと思っているからなんだろうか。
それとも、さっきのキスであーこれちょっと気持ちいいかも…って思っちゃったからなんだろうか。
はたまた、実は俺がキスくらいならまあいいかと思ってしまうような貞操観念の低い人間だからなのか。
その答えは多分、それ全部だ。
「詩音」
今まで聞いたことがない種類の声で名前を呼ばれたせいで肩がビクついた。
この人が今から俺に何をしようとしているのか。
そんなのはその顔を見れば一目瞭然だ。
この時の俺にはまだ逃げると言う選択肢は十分に残されていたのに、俺はそうすることを選ばなかった。
「して良いの」とやや断定系で訊かれた言葉にも何も答えなかった。
それが答えになってしまっていた。
「………」
唇が触れ合った後。
少し顔を引いて俺の反応を確かめるように見つめてくる彼を俺も同じように見返しながら、胸に抱いた罪悪感のやり場に困っていた。
何に対する罪悪感かって、それは森野さんだ。
昨日の今日でこれだからな。
あの人からの告白に対してはちゃんと答えていないし、応えてもいない。
そんな状況で次の日には別の男からのキスを受け入れちゃってるんだから、そりゃあ申し訳なくもなるだろう。
当然、馬場さんに対しても同じことが言える。
「詩音は俺のこと、どう思ってる?」
彼と森野さんが違うところと言えば、俺との明確な関係を求めているかどうかと言うところだろうか。
森野さんはずるいけど、ちゃんと俺に逃げ道を用意してくれていた。
白か黒か、マルかバツか。
その答えを求めなかった彼は、ある意味ずるくて、ある意味優しい。
でも馬場さんは、その答えを求めている。
それは俺にとって結構残酷なことで、お陰で自分の弱さとずるさを思い知ることになった。
「イケメンだと思ってます」
「顔じゃなくて」
「担当代わったら寂しいな、とは思います」
俺としては結構重要な返しをしたつもりだったんだけど、その発言に対し馬場さんは嫌そうな顔で「代わる予定はないよ」と答えた。
その辺がやっぱり森野さんとは違う。
「もし俺が代わって欲しいって言ったらどうします?」
「…それは、言わないで欲しい」
「もしもの話ですよ」
「……断る、かな。話したくないって言われたら、仕方ないけど。それでも、顔は見たいから」
「……なるほど」
馬場さんも本当にそうなった時のことをちゃんと考えてみたんだと思う。
悲しそうな顔で伝えられた言葉にちょっとだけ嬉しいな、なんて思ってしまった俺はさっきのトゥンカロンの糖分で思考まで甘くなってしまっているのかも知れない。
それはあながち間違いでもない気もする。
「代わって欲しいとは思っていないので安心してください」
「っ……詩音、」
「でも俺は馬場さんのことを性的な対象として見たことはないです」
そう告げると期待していた彼の表情に落胆の文字が浮かび、その変化を見ながら「今までは…」と付け足すとまたその表情に期待の二文字が浮かんだ。
これどこかの誰かで見たことがある変化なんだけど、どこの誰だったかな。
「そんなこと言われたら俺にも可能性あるのかなって思っちゃうんだけど」
「…まあ、正直言うと、可能性は0ではないのかなって」
「本当に!?」
「ああいや待って。それはまるで俺が馬場さんのこと好きって言ったみたいな反応」
「さっきは愛してるって言ってくれたよな?」
「ええ?ああ、あれはトゥンカロンをくれた馬場さんに対して言ったものであって馬場さんオリジナルに対して言ったものじゃ――」
ない、と言う否定の音は、馬場さんが俺の身体をぎゅっと抱き締めた音によって掻き消された。
ちょっと力強いんじゃない?と思いながら、そのせいで馬場さんの男の部分を認識させられてどくっと心臓を跳ねさせてしまう。
「いいよ、何でも。それでも嬉しかったから」
「っ……ポジティブですね」
「うん。よく言われる」
「…あの。仕事は…」
「昼休憩入る前でこの後は営業所寄るだけだからもう少し大丈夫」
…ふうん。その辺は抜かりないのね。
じゃあまあ、そっちの心配はしなくてよくなった。
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