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不安ではあるけど今俺、言葉を失ってる最中だから何も喋れないんだよね。
とりあえず徳川さんが何を言うのか見守ってたんだけど、一向に何も言おうとしないから痺れを切らしたのかどうか、尊さんが「徳川さんは?」と訊ねた。
それに対して「僕は…」と答えかけた徳川さんがちらっと俺を見る。
それから何を思ったのか、二人だけの時に見せてくれる笑みをその表情に浮かべて「僕はそもそも、二人とは違うから」とバチバチな回答をしたから思わず天を仰いだ。
え、すごい。この人最大火力で喧嘩売っちゃってる。
アウトオブ眼中オブザイヤーじゃん。なにそれ。
「どう言う意味ですか?」って訊き返した尊さんからも流石に笑顔が消えてしまっていた。
直輝さんに関してはとんでもないものを見るような目を向けてしまっている。
そこはもうちょっと表情管理してよ。分かるけど。
「詩音くんは二人の前では従順な犬らしいけど、僕の前では猫になるんだよ」
「「え…?」」
「だから、僕は二人とは違うって思ってるから、張り合おうとかそんなことは考えてない」
その説明を聞いて他の二人が揃って「はあ?」って顔をした。
まあ当然の反応だろう。
いきなりそんなこと言われて理解なんて出来る訳がない。
説明自体は非常に簡潔ではあるけど、それは俺と徳川さんの間でしかされていなかったやり取りなんだから。
ちょっと失ってた言葉が戻ってきたっぽいからそれに関しては俺から補足をしてあげよう。
徳川さんに任せると言葉が足りなくて説明不十分になりそうだ。
「ちょっといいですか。徳川さんとは最近親しくなったので、お二人みたいな関係じゃなかったって言うのを前提に聞いて欲しいんですけど」
「徳川さんって基本的に感情が無だったじゃないですか」と言うと二人がなんの躊躇いもなく頷いた。
これで俺の認識が間違っていなかったことが証明されたわ。
それだけでもちょっと安心出来た。
「その時の俺って結構まともぶってたんですよ。だからその癖がついちゃってるって言うか、徳川さんの前だとなんか照れちゃってわんわん出来ないんですよね」
「…にゃんにゃんは出来るってこと?」
「全然違いますね」
直輝さんってたまにアホになるよね。
何言ってんのこの人?って結構本気で思っちゃった。
「にゃんにゃんの方がハードル高いでしょ」
「でも徳川くんの前では猫なんでしょ?」
「それは俺が今まで徳川さんに対して猫を被ってたって自白したら、なんかこの人が勝手にそう言いだしただけです」
だから猫を被ってしまうと言う意味では猫なのかも知れないけど、にゃんにゃんしたことはないと訂正すると徳川さんが不服そうな顔をした。
なんとなく言いたいことは分かるけど、俺だって嘘は言ってないぞ。
「したことないじゃん」
「キスしてって甘えてきたのは?」
「別ににゃんにゃんはしてなかったじゃないですか。てかさらっとキスしたこと話さないでくれません?」
「それは今更だよ」
「今更とかないですから。知ってたら言ってもいいとかって話じゃないんですよ」
「今日はツンツンしてるんだね」
「素直になるのはもう止めたの?」と言われ、口惜しいことに何も言い返すことが出来なかった。
だからそれを上手く利用して「こう言うことです」と他の二人に説明しておいた。
徳川さんの前だとこんな感じになってしまうんだ、と。
「確かに、俺の前だともっと素直だよな。詩音がツッコミに回ることもあんまないかも」
「それは俺も同じだね。と言うか、わんわんってどれのこと言ってると思う?ない筈の尻尾が見えることはあるけど」
「そんなの毎回じゃないですか?詩音は頭撫でると滅茶苦茶嬉しそうな顔しますよね」
「ああ、それはするね。逆に構って欲しいってオーラが出てる時にわざと素っ気なくするとしゅんって耳を垂らすこともない?」
「そんな可哀想なことしませんよ。意地悪だなあ」
「いや、俺も別に苛めたかった訳じゃないよ?でも凹んでる顔してるって気付いてない詩音くんが可愛くて」
「あー。確かに詩音は自分の反応に無自覚なとこありますよね。甘い物あげると距離感バグって甘えてくるし」
「やっぱりスキンシップも多かった?あんなに甘えた態度でベタベタされたら勘違いするなって方が無理じゃない?」
「ですね。何回玄関で押し倒すの我慢したことか」
「分かる」
いや、分かるじゃねえわ。
キスしたこと以上に恥ずかしいやり取りを勝手に明かすんじゃないよ。
あと直輝さんに関しては普通に最低だからな?
俺が凹むの見て楽しんでたとか最低でしかないから。
「そんなこと考えながら俺の相手してたんですね」
「「うん」」
「そんなこと言って、俺がやっぱり徳川さんだけにしますって言い出さないとでも思ってるんですか?」
「「思ってる」」
「そこを即答するのは徳川さんに謝るべきですよ」
「「ごめん」」
「まあもう遅いですけど」
「徳川さん甘やかしてー」と泣きついたら、それまで無表情を貫いていた徳川さんがふわっと表情を緩めた。
それからすぐに両腕を広げて「おいで」と言ってくれた彼の胸に「にゃーん」と言いながら飛び込む。
「ちょっと!」と声を揃えた二人に対してはざまあみろと言う感情しかなかった。
これぞまさに飼い犬に手を噛まれると言う現象ではなかろうか。
「なあ詩音、ごめんって。いっぱい甘やかしてあげるから俺のとこおいで」
「徳川さんがしてくれてます」
そう言って徳川さんにぎゅって抱き着いたら尊さんが本気トーンで「ええ、やだ」って言った。
やだってなに。可愛いかよ。
あとさっきから徳川さんが可哀想だから。
「マジでやだ。詩音、俺にして」
「そんな可愛い言い方しても駄目です」
「じゃあ俺のとこにおいで」
「じゃあ、とは。じゃあって言える立場にいると思ってるんですか?直輝さんの方が意地悪でしたよね?」
「…ごめん。それは本当にごめん。もうしないから」
口では何とでも言えるよな、と思ったけど直輝さんも本気で反省していそうなことはその声から伝わってきた。
そんなに嫌なのかよ。
それなのによくもこの状況で俺をとって食おうとしてたな。
「もう喧嘩しないって約束してくれるなら俺も意地悪しません」
って言う交換条件を突き付けると二人が「しない」と即答した。
それならば、と思ったけど徳川さんが悲しそうな声で「これって二人に意地悪する為?」と訊いてきたから継続して甘えることにした。
「いいえ。それだけじゃないです」
「…本当に?」
「本当に」
「じゃあ、もう一回猫みたいに鳴いてみて」
残念ながら俺はその程度のことでは羞恥心なんて感じない。
躊躇いなく「にゃん」と鳴くと、噛み締めるのような声で「可愛い…」と呟いた徳川さんが絞め殺すんかって勢いで抱き締めてきた。
お陰で本気の「ぐえっ」が出てしまった。
にゃんなんて可愛い声はもう出せなかった。
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