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「詩音くん」

「…なんですか」

「また来るね」

「……それは、俺の母親次第だと思います」


事実を伝えると森野さんはまた「そうだね」と言って、今度は少し寂しそうな表情でふっと笑みを零した。

あーあ。
やだもう俺ってば、お人好しなんだから。


「森野さん」

「うん?」

「担当、勝手に代わらないでくださいね」

「…え?」

「森野さんと話すの、結構好きなので」


代わると寂しいですと伝えたら、森野さんの表情がぐっと歪んで、それからふわっと綻んだ。

表情が豊か過ぎて笑ってしまうんだけど、マジであの人も見習ってくれないかな。
同じ職業でもこうも対応が違うと比べて見てしまうよ。

まあこの人の場合は俺のことが好きらしいからちょっと違うのかも知れないけど。


「ありがとう。絶対代わらないように今から上にかけ合っとく」

「そこまでしなくて良いですけど、まあ、それは任せます」

「うん。その為にも評判落とす訳にはいかないから、もう行くよ」

「そうですね。そうしてください」


じゃあ、と言って軽く会釈をすると、森野さんは笑顔で手を振りながら玄関から出て行った。

多分だけど、ちょっと俺の家の玄関で長居したくらいでは森野さんの評判が落ちることはないだろう。
イケメンだからってものあるけど、それだけじゃなくて人当たりの良い性格をしているから。
あの人はそっちの面でもご近所さんからの人気が高い。

見た目も良くて性格も良い。
おまけに仕事も丁寧ときたら、そりゃあ惚れるわな。

あ、俺じゃなくて近所のおばちゃんの話ね。

「あー俺この前ーあの森野さんから告白までされちゃったんですよねー」とか言った日には町内会引きずり回しの刑に遭うんだろうな。
被害者は俺の方なのにさ。

世の中は上手く出来ているもんだ。


「てかマジで俺、今日で二十歳になっちゃったんだよね」


改めて実感すると何だか気分がるんるんになってきた。

だって今日からお酒が飲めるんだよ。
怪しまれてもさらっと学生証見せて「二十歳ですけど?」って言えるんだよ。

もう無敵じゃん。後でコンビニ行こ。

さっき玄関で起きたことは一旦記憶の中のタンスにしまうことにする。
俺はこれが出来るから便利な人間だ。

一先ず受け取った荷物をリビングの隅に移動させ、ついでに何か食べよーと思ってキッチンへと向かうとダイニングテーブルの上に一枚のメモが置かれていた。


『12-14 なるみ よろしく』


母親の字でそれだけ書かれてあったメモを見て思わずふっと笑ってしまった。

せめて今日は”おめでとう”くらい付け足してくれても良かったくない?
俺の母親は自分の息子の誕生日を忘れてしまっているのだろうか。
二十歳の誕生日にまで荷物番をさせられるってどうよ。

なんて、実際は全く気にしていないんだけど、そんなことを考えながら冷蔵庫を開けるとクリームたっぷりの苺のショートケーキが入っていたからその場で二回転した。

さっすがお母様。俺の好みをよく分かっていらっしゃる。
誕生日も覚えていてくれたみたいで良かった。ありがとう。
でも”おめでとう”くらい書いててくれても良かったとは思うよ。やっぱりそこはさ。

もしかしてさっき届いた荷物も俺への誕生日プレゼントだったのかな!?と思って送り状を見たらいつもの通販サイトの名前が書かれてあったから舌打ちしといた。

息子の誕生日にまでよく分からない美容系の何かを注文して代わりに受け取らせているんだから流石うちの母親だとしか言いようがない。
まあそのお陰で俺は森野さんと仲良くなれたんだけども。

母親が通販サイトのヘビーユーザーでなければ俺が宅配業者の人と親しくなるなんてイベントは起きていなかっただろう。
そりゃあ一週間に二、三回も荷物を受け取ってたら仲良くもなるよね。

何をそんなに買う物があるのかしらと思う時もあるけど、日用品も含め大抵の物を通販で購入しているから我が家ではこれが普通になってしまっている。

と言っても毎回同じ宅配業者ではないから、うちに届く荷物は全部森野さんが持って来てくれてるって訳ではない。
訳ではないけど、どう言う訳か残りの二社も毎回同じ人が届けてくれるんだよね。
だから俺が顔見知り?になっている業者さんは三人いる。

一人がさっきの鳴海急便のイケメン代表こと森野さん。
母親が平仮名で書いてた”なるみ”ってのは社名のことね。
大体いつもあの書き方をされるから慣れてるけど、一瞬「誰その子?」ってなるからせめて漢字で書いて欲しいとたまに思う。

んで、ついでに言っとくとあとの二人もイケメン。
だから恐らく、俺が住むこのエリアは各社のイケメン代表が任されることになっているんだと思う。

そりゃあ近所のおばちゃん達も「一生ここに住むわぁ」って言っちゃうよね。
そんでもって通販利用回数もどんどん増えちゃうよね。
しゃーないしゃーない。
それで世の中上手く回るんだからwin-winよ。

ちなみに俺が近所のおばちゃん情報に詳しいのは母親から仕入れた情報プラス、意外と俺自身がおばちゃん達から可愛がられているからです。
道でバッタリ会うとよくお話してます。
タイミングが合うと甘い物くれたりもします。

俺が無類の甘党だと言うことは周知の事実らしい。
しっかり餌付けされているので俺もおばちゃん達が裏でどんな話をしているかは森野さん達にはリークしないようにしている。

これでも全面的におばちゃん達の味方だからね。
町内会の飼い犬みたいなもんだからね、俺。


――――おめでとう。好きだよ。


めちゃくちゃ不意に、しかもよく分からないタイミングで脳内で再生されてしまった声にぶわっと体温を上げられてしまい、冷却目的で冷蔵庫の扉に身体をくっ付けた。

まだ冷蔵庫の前にいたの?って思っただろけど、そうだ。まだいた。
ケーキを今食べるか後で食べるかで悩んでいたんだ。
ついでに言うとまだ上半身も裸だ。

そのせいでさっきみたいなことが起きてしまったのかも知れないけど、マジであの人何なんだろうと思っちゃうよね…

お得意のスルースキルと持ち前の馬鹿っぽさで何とかあの場は切り抜けることは出来たけどさ。
リミッター解除後の森野さんえぐくない?
意外とグイグイくる系だったなんて知らなかったんだけど。
あのスペックで迫られたら流石に俺でもドキドキしちゃうって。


「…どうすっかなあ……」


抱いたことのない感情に困惑する俺の声が誰もいないキッチンに響く。

とりあえず夜に母親が帰って来たら「暫く通販自重して」って駄目元で頼んでみようと思う。

軽くあしらわれると分かっているけど、無駄だって分かってるけど、とりあえず言ってみるだけだから。
誕生日プレゼントとか要らないから、これくらいの我がままは言わせて欲しい。

あ、それはもう貰ったからとか思ってないからね?
あれは誕生日プレゼントではない。
確かにサプライズではあったけど、あれはれっきとした強奪事件だから。




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あきゅろす。
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