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待って今どんな話の流れでそんなことになったんだっけ?
よく覚えてないんだけど、とりあえずこのくっ付いてる身体を一旦離そうか。
「俺が暑さに弱いの知ってますよね?」
「脱ぐ?」
「変態かよ」
抑揚のない声で罵ったら笑いながら「それはもう知ってるでしょ」と言われてああそうだったってなった。
この人もう開き直ってるんだった。
どいつもこいつもだな。まったく。
「呼び方森野さんに戻しますよ」
「それは嫌だね」
「じゃあ放してください」
「分かった」
じゃあ最後に、と言って唇にちゅっとキスをしてきた彼が優しい表情で微笑み掛けてくる。
今日ずっとご機嫌だな、この人。
幸せそうで何よりですって感じだよ。
俺のお陰なんだけどね。
「外出てもそんな顔したままだと怪しまれるから気を付けてくださいよ」
「どんな顔してる?」
「鏡見ます?」
「いや、見なくても分かる。詩音くんが好き過ぎるって顔でしょ?」
ご機嫌な上に糖分も多目だわ。
これは俺でも胸焼けするレベルだわ。
頼むから外でそんな顔しないで欲しい。
怪しまれるのもそうだけど、他の人に見て貰いたくない。
これ以上レディのハートを射貫かないでくれ。
「自覚してるなら大丈夫そうですね」
「詩音くんの前でしかこんな顔しないよ」
それなら尚更安心だと言うと「嬉しい?」と訊かれたから「早く仕事に戻ってください」と返しといた。
直輝さんの浮かれ具合が移って笑いながら言っちゃったけどね。
そんなやり取りがあったから…と言うよりは、デートの仮予約が出来たからだろう。
その後は特に名残惜しむ様子もなく玄関から出て行った直輝さんにちょっとだけふーんと思った。ほんとにちょっとだけ。
デートに関しては俺はあくまでも仮予約だと思っているけど、あの様子だと向こうは確実に会えると思っていそうだったな。
まあ何をすると確定した訳でもないし、そこまで警戒する必要はないか。
無理なものは無理だと言えば良い話だろうし、その辺は直輝さんも強行突破してくるような人じゃないだろうから安心は出来る。
ただ、尊さんよりも先に直輝さんとデートしたとなると尊さんは黙っていない気がする。
直輝さんの言う通りで、尊さんの方がバチってるから。
…って、徳川さんマジでどこいった状態じゃん。
俺の中にはちゃんといるんだけど。
不思議なくらいちゃんと居座ってくれてるんだけど。
全然いい感じの時間を過ごしてないって言うか寧ろ残念な時間を過ごしちゃってるのに、彼の存在が俺の中から消えないのは最初が強烈だったからだと思う。
あの人の場合は最初の加点が凄まじかった。
あの時受けた衝撃も未だに俺の中に残っているし。
まあ、直輝さんとデートするかしないかは、金曜に徳川さんと会った時にどうなるかにもよるんじゃないだろうか。
そう考えたら、あの二人に対して徳川さんの存在を仄めかしてなくて良かったわ。
俺の中にはいても、向こうの中にはもう俺の存在はないかも知れないから。
なんて、めちゃくちゃ悲しいことを考え始めてしまったからとりあえずアイスを食べといた。
しっかり糖分補給が出来たからか眠くなってきて、マイマザーに夕飯が出来たと叩き起こされるまではぐっすり眠ることが出来ました。
生活にリズムなんてあったもんじゃないなと自分自身に呆れつつ、今日も今日とて夜にオンラインゲームをしていたんだけど。
今日は柚希がいなかったからグループチャットにお邪魔してみんなでわいわいしていたら、途中で久々に名前を見たなって仲間がログインしてきたから『おひさー』と個人チャットを飛ばした。
返信がくるまでは暫くかかったけど『久しぶり』と送られてきたからそのまま会話を続けてみる。
『忙しかったのー?』
『そこそこね。シュガは相変わらず?』
『俺も今月はプレイ時間減ってるねー』
『そうなんだ。忙しくて?』
『まーそんな感じかなーここんとこ寝不足でさー』
『バイトでも始めたの?』
するわけないじゃんと打とうとして、それもアリなのか…と一瞬思った。
独り言のように『いっそバイトしようかな』と送ると『お金が欲しいの?』と返ってくる。
『それより息抜き的な』
『息抜き?』
『最近頭ぐるぐるさせることが多いのよー』
悩みを抱えてますと言いたかった訳じゃない。
単純に話の流れでぽろっと零したら、何かあったなら相談に乗るよって言われて一瞬どうしよってなった。
でもまあ普通に考えて打ち明けられるような悩みではないからその後『大丈夫大丈夫〜』って軽く流したんだけどね。
相談相手なら柚希がいるし、今チャットでやり取りしている相手、通称サトは良識のある社会人男性だから相談相手としては不適合判定を下してしまう。
もっと噛み砕いて言うと普通に引かれたくないからサトには言えない。
サトはボイチャには参加しない勢だから実際の性別がどっちなのか、本当に社会人なのかも定かではないけど別にそれでいいと思ってる。
俺は言える範囲のことなら全然話しちゃうタイプだけど、相手のことまで深く探ろうとは思わない。
それがネットの世界だし。
ちなみにサトって呼び方は彼のゲームIDの”iesato16”から文字ったもので、俺が付けた呼び方でもある。
お分かりの通り、砂糖に近い音だからピンときて付けたってだけだ。
でも意外と本人含め反応が良かったからそのままサトと呼ばれるようになった。
実際の由来は知らない。
そんな人ばかりだし、然程気にしたこともない。
基本みんなフラットに付き合ってるからね。
もう一度言うけどそれがネットの世界だし、だからこそ俺はネットの世界が好きでもある。
好きって言うか、楽なんだよね。
現実世界みたいに色んなこと考えて頭をぐるぐるさせなくていいから。
その後柚希がログインしてきたから俺達もすぐグルチャに戻ってみんなでわいわいやってた。
ゲームは殆どせずに馬鹿話ばかりしてたから、気持ちが軽くなってその日はぐっすり眠ることが出来た。
心と身体の休養って大事だね。
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