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最初は意味が分からないと言う顔をしていた森野さんだったけど、暫くしたら理解したようだ。
途端に険しい表情を見せた彼に「森野さんのせいですよ」と俺からの文句をぶつける。


「森野さんが勝手に俺のファーストキスを奪うからこんなことになったんですよ」

「待って。それは俺も悪かったと思ってるけど、え?嘘でしょ?誰にキスされたの?」


嘘でしょ?って言っときながら嘘じゃないって分かってる人の訊き方だよね。
断定してるもん。俺が他の人にキスされたって。


「それは言いません」

「…否定してよ」

「事実なので出来ません」

「……マジか…」


なんか相当食らってるっぽい。

そこから無言になってしまった森野さんに、朗報かどうかは分からないけど一個だけ有益そうな情報を与えてあげることにする。


「ちなみにさっきいた柚希ともしたんですけど」

「…は?」

「あ、俺がして欲しいって頼みました」

「はあ?」

「ちょっと試してみたいことがあったんで」

「試す?」


喋るたびに表情がどんどん厳しくなっていくから堪え切れずに笑ってしまった。
お陰で睨まれたけど全然怖くないし寧ろ余計に笑っちゃうから止めて欲しい。


「俺が誰とでもキス出来る人間なのか確認したかったんですよ」

「っ、待ってよ。あれからそんなに日数経ってないよね?その間に一体何人と…」

「具体的な数は言えませんけど余裕で片手以下なのでご安心を」

「それって一人じゃないってことだよね?」


キレ気味に訊ねてきた彼の考察力に「おーすげー確かにそうだわー」と内心感心する。
でも怒らせたい訳じゃないからこの辺でちゃんと安心させてあげよう。

一回最後まで聞いて欲しいと前置きしてから、検証結果をありのままに伝える。


「結果的にはキス自体は出来るっぽいわーってなったんですけど、柚希としても別にドキドキしませんでした」

「……」

「あ、柚希とは軽いヤツしかしてません。それ以上はちょっと無理ってなったから、まあその辺も森野さん達との違いですかね」

「……」

「結局何が言いたいかって、もう伝わってるとは思うんですけど」


森野さんが何も言わないからその先もちゃんと伝えておこうとしたら、険しい表情のまま「いい、言わなくて」と言った彼が溜息を吐きながら俺の身体に凭れ掛かってきた。
放たれるオーラが凹んでいるように感じたから、とりあえずぽんぽんと頭を撫でてみる。


「…それは俺が詩音くんにしてあげるヤツだから」

「だってなんか凹んでるから」

「凹んでるって言うか…まあ凹んでもいるけど、純粋に凹ませてくれないのが意地悪だなって言うか…」


なんかぐだぐだ言ってるけど、俺的には他にも恋人候補がいるんだよって言うのが言えたから気持ちが大分楽になってて。
肩に埋まってるお顔を上げさせて、にこやかに微笑みながら「で、どうします?」と投げ掛ける。


「あんま時間ないですけど、この機会を逃したら次いつになるか分からないんですよね?今の内にポイント稼ぎしとかなくていいんですか?」

「…主導権握りたいのか握りたくないのか、どっちなの?」

「握りたくはないですよ。受動的に生きてたいですもん」


正直に答えると森野さんは「分かった」と言って俺の上から退いた。
ついでに座席も起こされたから、今日はここまでってことなのかなと思っていたら運転席のドアを開けた彼が「詩音くんも早くして」と言って車から降りてしまう。

え、外で何する気?と若干不安になりつつも降車すると、森野さんが俺に見向きもせずに後部座席に乗り込んだからそう言うことかーと理解した。

まあ、俺から言い出したことではある。

大人しく後部座席に乗り込むと森野さんが薄ら微笑みながら「おいで」と両手を広げた。
今のはきゅんポイントだから加点しといてあげよう。

直ぐ側まで近付くと脇の下を掴まれてひょいっと持ち上げられた。
そのまま彼の膝の上に乗せられ、ちょっと吃驚したから目をぱちぱちさせていると森野さんがふっと微笑む。


「ギリギリまでいっぱい可愛がってあげる」

「っ……そーゆーことですよ、森野さん」


可愛がると言う表現が的確かはさておき、森野さんが俺に対してすべきことはそれで合っている。
森野さんなりのやり方で俺を甘やかして貰えれば、それをあの二人と比較して判断することが出来るから。

「素直なのか素直じゃないのか分からない返しだね」と言われた後に、そっと頭を引き寄せられてキスされた。

俺は素直だよ。森野さんには特に。

てか、キスは別に甘やかす行為には入っていないと思うんだけどな。
まあ森野さんの雰囲気が柔らかくなったから良しとするか。

体勢がちょっと不安定だから森野さんの肩に手を突いたら首に腕を回すように言われた。
それはなんか恥ずかしいじゃんと思いつつ、そっと腕を回してみると森野さんが嬉しそうにふっと笑みを零す。


「可愛い」

「っ、何が」

「詩音くんが」

「それは流れ的に分かる、けど」

「分かってないよ」


話しながらキスしてくるのは止めて欲しいと思った。
会話に集中出来ないし、いつもと違うことを口走ってしまいそうになる。


「詩音くんは自分がどれだけ可愛いか分かってない」

「そうでも、ないですよ。結構、自分に甘い方だし」

「うん。そう言うところも可愛い。詩音くんってだけで、全部可愛く見えるんだよ」


いつもと違うのは森野さんの方だった。

ってか、めちゃくちゃなこと言ってんなこの人。
何が言いたいのかよく分かんないわ。


「森野さんって、そーゆーこと言う人なんですね」

「詩音くんにしか言わないよ」

「うわ、慣れてそう」

「全然。こんなに可愛がりたいと思ったのは詩音くんが初めてだし、詩音くんしか可愛がりたくない」

「…ふうん」


素っ気ない返事をすると「珍しいね」と言って笑われた。
俺が変な返しどころか何も言い返さなかったからだと思う。

珍しいって言うか、昨日柚希に言われたことを思い出しただけだ。
雰囲気壊すようなことは言わない方がいいかなって、俺なりに配慮しただけだ。


「ほんとに俺だけ?」


飴みたいになってしまっている瞳を覗きながら訊ねると、森野さんが「うん。詩音くんだけ」と答えて唇を重ねてくる。

俺の想像以上にモテているだろうこの人のそう言った感情を俺が独占しているのかと思うと、こんなにも気分が良いことはない。

いや、今のは言い方が素直じゃなかったかも知れない。
もっと素直に言うと、例えようがないくらい嬉しい。

俺も森野さんだけになれたらな…って、結構本気で思っちゃった。
でもまだ判断材料が少なすぎるし、その答えをここで出してしまうのはちょっと早い気もする。

尊さんが女の人と一緒にいたこととか、気になってる自分がいるのも分かってるし。




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