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以前の関係を壊したくないと思っているなら尚更こんなことをしていたら駄目なんじゃないかと今になって気付く。

彼の好意に俺がキスと言う形で応えれば応える程、彼自身の欲求は強くなっていくんじゃないだろうか。
人間は貪欲な生き物なんだから、一つ満たされたらきっとまた次を求めてしまう。

キス以外の面でどれだけ俺が今まで通りに振舞ったとしても、向こうが今まで通りでいられるとは限らない。
俺自身の気持ちが変化する可能性だって、ある。

そんなことに今更ながら気付いたけれど、もう手遅れだと言うことも分かっていた。

きっと初めて彼にキスをされた時点でもう、俺達の関係は変わり始めていたんだと思う。

なんて、ちょっとだけ真面目に考えてみたけどこの辺で止めときます。
なんでかと言うと、それはキスが気持ちいいからです。


「ん…っ…森野さんっ」

「…うん」


いや、うんじゃなくて。
もう止めろって言ってる訳じゃないから一回聞いて欲しい。

二人の間に車の構造上邪魔な物があって、微妙に体勢がつらいからそれを訴えると俺が座っている助手席のシートを完全に倒された。
そのまま覆い被さってきた彼が「積極的だね」と囁いて再び唇を塞いできたから、そっちこそどんだけ盛ってんだよって心の中で文句を垂れる。

別に押し倒せとか言ってないし。
楽な体勢になりたかっただけだし。

お陰様で俺はめちゃくちゃ楽な体勢になれたけど、森野さんは結構辛いんじゃないだろうか。
普通に狭いと思う。


「ね、狭くない…?」

「うん、狭いね」

「え、足…とか、いけます…?」


こんな状況は経験したことがないから変な訊き方をしてしまった。
とにかくその体勢で大丈夫かと確認したかっただけなのに、またもやそれを俺からの誘いだと捉えやがったらしい。
やらしい顔して「じゃあ後ろに行こっか」とか言ってきた森野さんを軽く睨む。


「後ろならいっぱい出来るよ」

「いっぱいしたいのは森野さんでしょ」

「詩音くんはしたくないの?」

「…別に、いっぱいは」

「ふうん?そんな顔しといて?」


素直じゃないね、と意地悪く囁いて唇をぺろっと舐めてきた彼が、それから徐々に頬や顔の周りに唇を押し付け始めたから焦って彼の腕を掴む。


「ちょっ、と。キスだけって…」

「唇だけとは言われてないからね」

「そっ…れはずるい」


ずる過ぎる。
そんなこと言ったら唇ならどこに触れてもいいってことになるじゃないか。

逃げるように顔を逸らすと今度は首筋にキスをされた。
そっと触れるだけのキスを繰り返され、もどかしいような擽ったいような感覚に変な声が漏れてしまう。


「んっ…や、だ…森野さん…っ」

「可愛い」

「意味分からん…っ」

「ふふ。いつもの仕返しだよ」


仕返しって、俺別に森野さんにセクハラとかしたことないし。
意味分かんないのがってことなら、そんな仕返しされたら太刀打ち出来なくなるから止めて欲しい。

てかもう既にお手上げ状態なんだけど。
止めて欲しいのに、それ以上に恥ずかし過ぎて抵抗すら出来ない。


「そこ汗、汗かいてる、から」

「うん。やらしい味がする」

「ッ!」


そう言って首筋をぺろっと舐められ、羞恥心をめちゃくちゃ煽られてしまった。
目の前の身体を押し返しながら暴れ始めた俺の腕を掴んで簡単に押さえつけた森野さんを怯えたように見上げると、ふっと表情を和らげた彼が唇に優しく口付けてくる。


「怖いことはしないから、そんな顔しないで」

「っ、もうしてるじゃないですか」

「恥ずかしいだけでしょ?本気で嫌がってないことくらい反応見たら分かるよ」

「ッ……なんで…そんなこと…」


そんなこと言うなよと目で訴える俺に、森野さんがもっと酷い言葉を浴びせてきた。


「詩音くんさ、俺のことちょっと好きになりかけてるよね?」

「ッ……勘違い、しないでください」

「これだけキスさせといて勘違いするなって方が無理があるよ」

「それは…」

「キスくらいなら良いって言ってたけど、そう思ってくれてる段階で、少しは俺のこと好きになってるんじゃないの?」


そんなのアンタの願望だろってことをまるで客観的な意見として伝えてきた彼に、結局俺は何も言い返すことが出来なかった。

俺自身がまだハッキリと認識出来ていないこの感情に勝手に意味を持たせないで欲しい。
名前を付けられたら認めざるを得なくなるじゃないか。

それを認めてしまったら、傷付くのは俺じゃなくて森野さんの方なんだから。

黙り込んだ俺に森野さんは「ごめん」と言って宥めるようなキスをしてきた。

謝るべきなのは俺の方なんだよ。
確かに俺は森野さんのことを好きになりかけているのかも知れないけど…ってか、そうなんだろうけど。
じゃあ尊さんと徳川さんは?って訊かれたら、その二人よりも森野さんの方が好きだとは答えられない。


「森野さん。俺、」

「言わないで」

「っ……」


俺の気持ちがハッキリするまでこう言うことするのはもう止めた方がいいんだろうなと思って、それを伝えようとしただけだったのに、先手を打たれてしまった。

そんな顔されたら、何も言えなくなるじゃないか。
このままでいていいんだって、思ってしまうじゃないか。


「ごめん、焦り過ぎてた。俺にも可能性がありそうだと思っちゃったから、他の人にとられる前に自分のものにしたいって…」

「………」

「詩音くんの優しさに甘えて調子に乗ってた。ごめん。もう自分勝手なことは言わないから、もう少し俺とのこと、考えてみて欲しい」

「………」


俺には言うなって言った癖に、自分はそう言うこと言っちゃうんだね。
その発言自体が自分勝手だって気付いてないんだろうか?

森野さんってどこまでずるい人なんだろう。


「これだけは言わせて欲しいことがあるんですけど、フるとかそっち系じゃないんで聞いて貰ってもいいですか」

「…うん」

「実は結構頭の中ごちゃついてるんですよ、今の俺。だから、ぶっちゃけ難しいこと考えたくないんですよ、今の俺」

「…うん。ごめん」

「謝って欲しい訳じゃなくて。謝るくらいなら頭撫でてめちゃくちゃ甘やかして貰った方が断然喜びます」


そう言うと直ぐに伸びてきた手が俺の頭を優しく撫で始めた。
まあそうなるだろうなって分かってたけど、あまりの従順さにうっかり笑ってしまいそうになる。


「で、なんだっけ。ああそう、頭がごちゃってるってヤツ。これ以上頭ぐるぐるさせたら爆発しそうだから、俺に全権を委ねるの止めて貰えません?」

「…ん?」

「俺って甘やかされたら従っちゃうところあるじゃないですか。だからそーゆーのでしっかりポイント稼いで貰って、最終的にポイント高かった人を選ぶんで。勝手に頑張ってくださいってことです」


ここまで言えば分かって貰えるんじゃないかと思う。

俺だって本当はハッキリと言葉にするつもりはなかったんだ。
でも、森野さんのせいだからな。




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あきゅろす。
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