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これは振り返るのは無理そうだからとりあえず落ちたヤツを拾おうと思う。
二人の会話を無視してしれっと地面に手を伸ばすと、すかさず俺の手を掴んで「手が汚れるよ」と言って俺の代わりにゴミを拾い上げた柚希におうふってなった。
こんな時まで紳士してこないでいいから。
「柚希の手は汚れていいんかい」
「いいよ別に。洗えばいいから」
「それは俺も――」
「詩音くん」
「っ……」
名前を呼ばれただけなのにひやっとしてしまうのは何故なのだろうか。
続けて「俺のこと無視してるの?」と声を掛けられ、やむを得ず俺も観念して振り返ることにした。
と言うか、ベンチに座ってるからそのまま首を後ろに倒して後ろにいる彼を見上げた。
「あーやっぱり森野さんですよねー」
違ったら良かったのになあと思いながらへらっと笑うと「頭に血が上るよ」と言って、後頭部に添えられた手で丁寧に首を元の位置に戻される。
なんかこっちも紳士してきたわ。
「てか長期休暇中じゃないんですか?」
「何で知ってるの?」
「今日配達に来てくれた人に聞きました」
「ああ、今日荷物あったんだ」
そう言って少し残念そうにする森野さんにちょっとだけ、ほんのちょっとだけきゅんとした。
でもその後、柚希が隣で「配達って、もしかして…」と呟いたのが聞こえて俺の心臓が別の意味でどっくんと脈打つ。
「柚希きゅんそれは僕と君との二人だけのお話ですよ」
その発言で俺の言いたいことは柚希には伝わったみたいだけど、残念なことにもう一人の方を刺激してしまったらしい。
もう一度「詩音くん」と呼ばれて振り返ると、柚希以上に険しい表情をした森野さんが見えて若干たじろぐ。
「…なんか怒ってます?」
「…怒ってないよ。でも、心配はしてるかな」
「心配?」
「そろそろ家に帰らないといけないんじゃないの?」
「ああ…」
それは大丈夫ですと言おうとしたら俺の代わりに柚希が「だとしても俺が送って行くのでご心配なく」と返した。
そしたら森野さんの眉毛がぴくってなったから、一体どうしたものかとすっかり困惑してしまう俺。
「えーっと…」
「お友達には悪いんだけど、今から詩音くんに大事な話があるから今日は帰って貰えないかな」
「えっ!」
何それ大事な話って何!?と驚く俺の横で柚希が「どうしてですか?」と不満を漏らす。
「俺も詩音とはさっき会ったばかりなので無理です」
「そう。でも、友達ならいつでも会えるよね?」
「だとしたら何ですか」
「俺はそうじゃないから。この機会を逃したら次がいつになるか分からない」
「そんなの知りません」
柚希の言っていることはごもっともだと思う。
でも、森野さんの言い分も俺には分かる。
てか今の言い方はわざとだ。
俺が森野さんを選びやすいようにわざとそんな言い方をしたんだよこの人。
だって別に森野さんだって会おうと思えばいつでも会えるもん。
俺んち知ってるんだから。
配達の合間とか、休みの日とか、機会なんて幾らでもあるよ。
そんな言い方しなくても、俺が森野さんを選ぶって分ってる癖に。
「柚希ごめん。折角来て貰ったのに悪いんだけど…」
そこまで言った段階で柚希の表情が悲しげに歪んだ。
「ええええごめんそんな顔しないでええ」と彼の腕を掴みながら謝ると、柚希が後ろにいる森野さんをちらっと見た。
それからまた俺に視線を戻した彼が「夜また話せる?」と訊いてきたからすかさずぶんぶん頷いて見せる。
「絶対柚希の時間に合わせる。あと今度この埋め合わせもするって約束する」
「埋め合わせ?」
「うん!なんでもする!」
勢いよく答えると再び柚希が森野さんに視線を向けた。
その瞬間に柚希がふっと笑ったから俺も振り向こうとしたら、それを阻止され優しい表情を向けられる。
「じゃあいいよ。今日は帰る」
「っ、ほんとごめんマジでごめん」
「いいって。でも次の”埋め合わせ”は本気で期待しとくから」
それに対して「任せろ!」と胸を張って答えると、嬉しそうに笑った柚希が立ち上がる前に俺の耳元に口を寄せてきた。
その後、静かに吹き込まれた言葉を聞いて一瞬動きを止めてしまったけれど、数秒後にはっとなって大きく頷くと柚希が満足そうに笑って立ち上がる。
「森野さん?ですか?詩音のこと宜しくお願いしますね」
「…邪魔してごめんね。ちゃんと送って行くから安心して」
そう返した森野さんに対して柚希は何か言い掛けたみたいだったけど、結局何も言わずに俺に対して「じゃあまた夜に」と言って笑顔で手を振りながら去って行った。
出来ることならその背中を一生見守っていたかったけど、まあそう言う訳にもいかず。
いつの間にか俺の腕を掴んでいた森野さんに「大事な話ってなんですか」と訊くと、場所を変えようと言った彼に公園から連れ出され、その脇に停車していた車に乗せられた。
「まさかの拉致監禁目的だったとは」
「そんなことするくらいなら詩音くんをくださいってご両親にお願いしに行くよ」
「…森野さん今日も頭壊れてます?」
普段言わないタイプの冗談をかましてくる彼が心配になって訊ねると、俺の方を向いた彼が読めない表情でじっと見つめてきた。
たまに森野さんが見せる表情だ。
何か言いたいことがありそうなのに、それが何かは悟らせないみたいな。
俺に対してちょっと線を引いている時の、あんまり好きじゃないヤツ。
時間が勿体ないから単刀直入に「この前の告白の件ですよね?」と訊いてやると、森野さんがそっと溜息を吐いた。
それから苦笑を浮かべて「言わせることじゃないのにね」と言ってもう一度溜息を吐いた彼に俺もそっと笑みを零す。
「森野さんは優しさとずるさで出来た大人だって知ってるんで大丈夫です」
「そんなこと言われたら余計に情けなくなるでしょ」
「そうですか?でも、俺を友人から掻っ攫って密室に連れ込めるだけの度胸はあるじゃないですか」
「…嫌な言い方するね」
間違ってないけど、と漏らした後、すっと伸びてきた彼の手が俺の手に触れた。
ぎゅっと握られた手の力が思ったよりも強くて、どこを見たらいいのか分からなくなってしまう。
「さっきの子は、本当にただの友達?」
「どう言う意味ですか?」
「キスしてるように見えたから」
「ああ」
そう言うことか、と思ったらふっと笑みが零れた。
握られている手に向けていた視線を横の彼に向けると、思った以上に真剣な表情をしていたから茶化そうとしていた言葉を一度呑み込んでしまう。
それでも我慢出来なかったから一応こっちも真面目な声で「嫉妬してるんですか?」と訊ねると、短く「してる」と返されて完全に口元が緩んだ。
やっぱりずるいわ、この人。
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