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確かにキスをして欲しいと頼んだのは俺だ。
そして柚希はその無茶振りに応えてくれた素晴らしく親切な友人で、俺の為に頑張ってくれているのも分かる。

でもこれは、この状況はちょっと。


「待って、1回待って」


胸板を押し返しながら制止を訴えたものの。
少しだけ顔を離して「どした?」と囁くように訊ねてきた柚希に何と言っていいか分からなくて、そのまま目の前の肩にこつんと額を預ける。


「詩音?」

「っ……や、なんて言うか…別に柚希が悪いとかじゃなくて、俺の問題って言うか…」

「…ほんとは嫌だった?」


その問い掛けには直ぐに首を振って否定した。

キス自体に嫌悪感は抱かなかった。
嫌じゃなかったけど、怖い。
友達だと思っていた柚希を男として認識することが。

そしてそれは、あの三人に対しては抱かなかった感情で。
逆に、あの三人に対して抱いたドキドキや興奮は柚希に対しては抱いていなくて。

あの三人が特別なのかも知れない…と気付いてしまったことが、今の俺には何よりも怖ろしいことだったんだ。


「とりあえず検証結果は出たからもういいよ。協力してくれてありがとう」


そう言って顔を上げ笑うと、柚希が真剣な表情で「どんな結果?」と訊ねてくる。


「キス自体は誰とでも出来るのだろう、と言う非常に残念な結果ですね」

「残念なんだ」

「だってそーゆーのって一般的には好きな人とするもんじゃん?知らんけど」

「そうかもね。ただ、出来るか出来ないかって問題と、したいかしたくないかって問題は別だと思う」


おっと柚希さん、急に核心を突くようなこと言わないでちょうだいよ。

うぐ…と表情を曇らせた俺を見て柚希が「今のは失言だったな…」とぼやいた。
悪気はなかったらしいからまあ大目に見てあげよう。


「あの三人とも、別にしたいと思ってる訳じゃないんですよ」

「そうなんだ」

「うん。でもなんてゆーか、ドキドキはするってゆーか。してもいいかなって思えるってゆーか」

「ってことは俺にはドキドキしなかったってことだね?」

「まあ、そうゆーことですね」


正直に答えると柚希が軽く笑いながら「ショックだなあ」と返してきた。

何故君がショックを受ける必要があるのだろうか。


「え、今のは寧ろ安心するとこじゃない?これでもし俺が柚希のことそうゆー目で見始めちゃってたら絶対困ってただろ?」

「何で?」

「えっ。何でって。えっ」

「ん?好きになったらしょうがないと思うって答えた筈だけど」

「そっ…」


れはそう、だけど。
そう言う問題?絶対そう言う問題じゃないよね?


「俺が柚希のことマジで好きになっても今まで通りゲームしてくれんの?」

「当たり前なんだけど。プレイすんのに恋愛感情は関係ないじゃん」

「確かに。でもさでもさ、柚希のその優しさに益々惚れちゃった俺が会いたいとかキスしたいとか言い出すかも知んないじゃん?そうなったら嫌だろ?」


流石に困るだろ?と詰め寄ったら何故か抱き締められた。
どう言うことなのかは全然分からないけど、直ぐ側で聞こえる笑い声はそれはそれは機嫌が良さそうで、益々どう言うことなのか分からなくなる。


「柚希くん、これは一体どう言うことなのだろうか」

「ごめん。詩音が可愛くてつい」

「可愛いとは」

「俺に会いたいーってなってる詩音を想像したら可愛かった」

「それはたった今僕が作り上げた幻の詩音ですけども」

「じゃあ現実世界に降臨させてよ」


絶対可愛い、と言い張る柚希は一体俺のことを何だと思っているのか。
降臨も何もですね、そんな詩音は存在しないのですよ。


「なんでこんな話になったのか忘れたけど、とりあえず柚希がめちゃくちゃ寛容だってことは分かった」

「それはちょっと違うけど、まあそう言うことにしておいても良いよ」

「違うって言っちゃってんじゃん。これ以上突っ込まないけど」

「突っ込むのは俺の方だからな」

「何それそんな意味深な言い方しないで」

「いや、そんなつもりは。詩音って意外とエロいんだ?」


にやりと笑って吐かれた台詞に本日二度目の「うぐ…」が出た。

それは俺自身も最近まで知らなかったことだから大目に見て欲しい。
誰かさん達のせいで自覚してしまっただけで俺は何も悪くないんだ。
責めるならあの三人にしてくれ。


「あと思った以上に流されやすい。その内その三人の中の誰かに食われそうで心配なんだけど」

「や、お触り禁止令は出してるから大丈夫」

「そんなの信用出来る?」

「出来るよ。あの人達は馬鹿じゃないから」


それに関しては即答することが出来た。

あの人達は俺が本気で嫌がることはしない。
明確な根拠がある訳でもないんだけど、そんなことが出来るなら最初の段階でとっくにそうしてると思うんだよね。

俺を油断させといて後々…ってのも、何の為に?って思うし。
あの人達にとってのゴールって俺と両想いになることだろ?
無理矢理致しちゃったら一生ゴール出来なくなっちゃうじゃん。

それでもいいとか思うような人達だったとしたら、それはもう残念でしかないな。
何よりも残念だ。


「馬鹿ではないのかも知れないけど、普通はいきなりキスなんかしないだろ」

「それはね。それは確かにそうなんだけど、今まで仲良くやってたからさあ。どんな人達か知らない訳じゃないし?」


まあそれに関しては”ただし徳川さんを除く”と添える必要がある。

でも、あの人も悪い人って感じはしなかったんだよなあ。
俺がちょろいのかも知れないけど。


「だから俺のことも警戒してないんだ?」

「ん?ああまあ、そうだね。スノーのことは親友だと思ってたし、てか柚希が俺に何かしてメリットとかある?ないじゃん」

「それは分かんなくない?」

「分かるよ。そんな脆い関係じゃないって言ってくれたってことはそうゆーことじゃん」

「平気で嘘が吐ける人間だっているよ」

「何、嘘だったの?」


なんであえて自分自身を落とすような発言をするのかは分からないけど、柚希が平気で嘘を吐くような人間じゃないことくらい俺にも分かる。
だから今のは疑っている訳じゃなくて、単純にそんなことを言われて悲しいと言う気持ちの方が強かった。


「嫌いになって欲しいの?」

「そんな訳ないよ。ただ、警戒しなさ過ぎなのも心配で…」


なんだ、そう言うことか。
やっぱり俺の親友は最高に優しいイケメンだったってことか。


「それは単純に俺が柚希に懐いてるだけだよ。元々警戒心は強い方だから安心して」

「…あの三人のことも警戒してないんだよね?」

「いや、今はちょっとしてる。その為のお触り禁止令だし」

「ふうん。じゃあ俺はいいんだ?」

「うん?何が?」

「詩音のこと触っても」


えっと思ったけど声に出す前に呑み込んだ。

今のは柚希が誤解を招くような言い方をしてしまっただけで別に変な意味はないのだろう。
それこそ何のメリットがあるのか分からないし。




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あきゅろす。
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