5 ×
俺が好きでもない人とでもキスが出来るって言ったからなの?
それともさっき俺からキスしちゃったから?
二回目以降のハードルってそんなに下がるもんかね?
ああそうだ下がるもんだ。
それは森野さんの時にも尊さんの時にも検証済みだ。
「んっ…徳川さ…っ」
片腕で拘束されているだけなのに両手で胸を押し返してもビクともしないからちょっと焦る。
普段から荷物を運ぶ仕事をしてるから力があるって言うのは分かるよ。
でももしこのまま押し倒されて両腕を押さえつけられたらどうにもならないんじゃないか、とか考えてしまって。
そしたらなんか、ぶわって鳥肌が立っちゃったんだよね。
あーこれやばいかもって思ったんだけど、俺裸だし。
パンツは一応履いてるけど、でもパンツしか履いてないし。
なんかそうゆうのも全部、頭がそっちに繋がっちゃうって言うか。
「っ…んっ……んんっ…」
こんなあっつい真夏の玄関で、朝っぱらから。
きっちり制服着込んだ男にキスされて、男の部分見せられちゃって。
そんで俺、ちょっと興奮しちゃってんの。
そこに”相手が徳川さんだから”って要素が入ってんのか自分でも分かんない。
でも多少は入ってるんじゃないかな。
俺も好きになっちゃったからとかじゃなくて、俺からしたらやっぱり”あの徳川さんが”って思っちゃうような人だからさ。
構って欲しいなって思ってた人に構って貰えたら、嬉しいと思っちゃうんだよなあ。
それが例え、こんな形だったとしても。
「んんっ…も、…むり…っ…」
暑さと興奮でぐずってた頭をぐるぐる働かせてしまったせいか、真面目にぼーっとしてきてギブを訴えた。
漸く深いキスから解放されて、そのままずるずると床にへたり込んだ俺を追って膝を付いた彼が、掌で両頬を包むようにしてまたもや視線を合わせてくる。
そうゆーの、今は勘弁して欲しい。
太刀打ち出来そうにないから。
「…そんな顔見せられたら襲いたくなる」
「…それは、困ります…」
「キスは困らないの?」
「………困る……かなあ…」
もっともそれはあの二人の存在があるからであって、その存在がなければそこまで困っていなかったかも知れない。
とか思ってる時点で俺って徳川さんのこと好きなんじゃね?って一瞬なったけど、多分それは勘違い。
キスしたいとか付き合いたいとか思ったことはマジで一回もないし、この後もしここに尊さんが来たら、多分俺は尊さんともキス出来る。
森野さんは目的が分からないからなんとも言えないけど、出来るかどうかで言えば出来ちゃうだろうな。
自分でもとんでもない男だなと思う。
でもこうなっちゃってんのはこの人達のせいだ。
「徳川さんは、好きじゃない人とでもキス出来る?」
「…好きな人がいる状態で訊かれても。無理って答えるよ、それは」
「…そっか。でも、好きな人だったら付き合ってなくてもキス出来るってことですよね」
俺としてはそれも大発見って感じだったんだけど、徳川さんは若干罰が悪そうな顔をして「ごめん」と謝ってきたからちょっとぽかんとしてしまった。
「抑えられなくて…」と言う呟きを聞いてああそうゆうことかと理解する。
別にそんなつもりで言った訳じゃなかったのに、謝られたせいでなんか逆に腹が立ったっぽい。
「謝ったってことはもうしないってことですかね」
「それは、……詩音くんが嫌がることは、もうしない」
「嫌って言ったっけ、俺」
「…え…?」
「困るとは言いましたけど、嫌とは言ってない気がします。その困るってのも、徳川さんのこと好きになっちゃったらどうしようってタイプのヤツ…で…」
最後声が震えてしまったのは徳川さんの目が一瞬にしてあからさまな熱を帯びたせいだ。
本能的にこれはまずいと悟って後ろ手を突いたけれど、逃げる前に彼の腕に捕まってしまう。
「っ、ちょっと、」
「そうやって僕の理性を試そうとしているのかも知れないけど、」
「してないしてないマジでしてないですそれは」
「キスして好きになって貰えるならもう遠慮はしない」
いや、キスしたら好きになるなんて誰が言ったよ。
あ?俺か?俺が言ったのか?
さっき俺は……確かにそれっぽいこと言ってんなあ。
「遠慮はして貰わないと困ります。俺がいいよって言えるのはキスだけなのでそれ以上は無理です」
「勃起してるのに?」
「ぼっ…きして何が悪い!俺も男だ!勃起くらいする!寧ろ正常!」
「僕は全く好意のない相手とキスをしても勃起はしない」
「そっ…れは徳川さんの話であって俺の話ではないですからね。俺の場合はきもちいと思ったら勃つ。それだけです」
これほどまでに端的かつ明瞭な説明をしてやったんだ。
それ以上は何も言えまいと思ったのに。
「詩音くんって本当に馬鹿なんだ」
などと言う心ない言葉を浴びせられたかと思ったら、まあびっくり。
気付いたら目の前に怒ったような徳川さんの顔があって、その奥に玄関の天井が見えていた。
これ、押し倒されちゃってるっぽいわ。
「俺の話聞いてました?」
「聞いてたからこうなってるんだよ」
「徳川さんって思考回路やられちゃってます?」
「それはそのまま返す」
「あ、まあ。俺は自覚済みなので何言われてもいいんですけど」
「よくないよ。僕も詩音くんを貶したい訳じゃない。でも今のはどう考えてもそっちに非がある」
いいや違うね。それは責任転嫁だ。
森野さんも俺が悪いとか何とか言ってたけど、だからってこの状況を正当化出来ると思うなよ。
「俺が押し倒してくださいって言ったなら分かりますよ。でもそれ以外で俺を押し倒していい理由はないと思うんですよ」
「言ったようなもんだよ」
「言ってません。男の性について説明したまでです」
「僕も男の性について説明してる」
「行動で説明しないで貰えます?」
「言葉でも散々伝えてきたのに詩音くんが僕の警告を無視して煽るから」
「……それは、そうですね。すいません」
煽ったつもりはなかったけどここは素直に謝っておいた。
これ以上挑発して無理矢理アーッな展開になられても困るからな。
「とりあえず、徳川さんのお気持ちはちゃんと受け取って冷静に判断すると約束いたしますので、今日のところはお引取り願えませんか」
これまでにないくらい落ち着いた口調でそう伝えると、俺の腕を押さえ付けていた手が静かに離れていった。
心の中でほっと安堵の息を吐いたついでに表情を緩めると、離れていった手が俺に向かって真っ直ぐ伸ばされる。
起こしてくれるんだなって分かったから迷わず掴んだのに、起き上がったついでにふわっと抱き締められて即座に「なんでやねん」と突っ込んだ。
謝られたから、謝ったらいいって話じゃなくないですかと言おうとしたら、その後に「嬉しくて、どうしても触りたくなる」とか言うから。
とか言うからさあ。
イケメンはもれなくずるいと言うことが確定されました。
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