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なんか俺、徳川さんに対する言動はことごとく外しちゃってるっぽいわ。
どっかで何か間違えた。
そうじゃないと、思いっきり警戒してます威嚇してますアピールしてる奴を抱き締めたりしないと思うんだ。


「徳川さん」

「詩音くん」

「…いや、名前呼び合う為に呼んだ訳じゃないです。話をする為に呼び掛けただけです」

「僕も」

「え?あー、じゃあまあ、お先にどうぞ?」

「沢山可愛がっていい?」

「おうふ駄目だこりゃ」


テンポよく擦れ違っている。
いや、俺はなんとか交わろうとしているのにあともうちょっとの所で躱されてしまっている。

これはまさに俺が常日頃から楽しんでいる会話の形式で間違ってはいないが、今日は相手が間違っている。
と言うか、俺を上回ってくるのは止めてくれ。


「もうぶっちゃけ意味不明なんですよ。徳川さんが意味不明過ぎて詩音は今大混乱してます」

「僕も」

「僕も?は?何が?俺が意味不明だって言いたいんですか?」

「ある意味」

「ある意味?さっきから何言ってんのかさっぱりなんですけど。もっとハッキリ言葉にしてくれないと俺馬鹿だって言って――」

「詩音くんが可愛過ぎて大混乱してる」

「…………」


墓穴を掘った。

でも答えは分かった。
この人が俺を抱き締めている理由は俺の可愛さに頭がやられて混乱しているからだ、と言うことだ。


「益々混乱させないでください」

「詩音くんは自分のこと詩音って呼ぶことがあるんだ」

「ないですさっきのはノリですジョークです気まぐれです一生言いません」

「気まぐれか。犬より猫っぽいけど」

「いやだから猫より犬っぽいんですって。徳川さんが知らないだけで」


そう、わざと嫌味っぽく言ってやったのに。

その後何故か彼は俺の頭の上に手を乗せ、信じられないくらい優しい手付きでゆっくりと俺の頭を撫で始めた。
まるで野良猫を手懐けるかのような手付きで、俺の警戒心を解いていくかのように。


「沢山可愛がれば僕にも尻尾を振って貰えるかと思ったけど、猫の詩音くんの方が好きかも」

「っ……もう剥がれたので、猫には戻れません」

「多分逆だよ、それ」

「…逆?」

「詩音くんは犬の皮を被った猫だ」

「………」


抱き締められたままで良かったと思った。
これだと顔が見えないから、俺が今どんな顔をしているのか徳川さんも分からない。

でもこの人は、俺の無言の意味を初めから分かっていたんじゃないかと思う。
いとも簡単に俺の規制線を潜り抜けた彼の言葉が、直接耳から脳に伝えられる。


「尻尾を振ってくれなくても、愛想を振り撒いて貰えなくても、僕はずっと、詩音くんだけに愛情を注ぐよ」

「ッ……」

「寂しい時だけ擦り寄って来てくれても良いし、来るなって言うなら近付かない。でも、寂しそうな顔をしていたら、僕から構いにいく」

「っ……」

「ずっと構って欲しいなら、勿論ずっとでも。僕だけに懐いてくれたら、僕も詩音くんだけを可愛がる」


吹き込まれた言葉がじわじわと全身に伝わっていって、手足が痺れたみたいに動かなくなった。
そっと身体を離して真っ直ぐ見下ろしてくる彼から、目が逸らせない。


「詩音くんがたまに向けてくる視線に僕は気付いていたけど、勘違いだと思ってた。僕が詩音くんのことが好きだから、都合の良い解釈をしてしまっているだけだって」

「……どんな視線に、見えたんですか」

「もっと構って欲しい、かな」


すかさず返された解答が見事に合っていたから、ついうっかり笑ってしまった。

お陰で気が緩んだっぽい。
てか、吹っ切れた?
なんか勝手に暴いてくれちゃったから、もういいやってなった。

ただ、やられっ放しは性に合わないんだよね。
やられたらやり返すをゲームのモットーにしてるからさ。
そろそろ俺のターンとさせて貰おうじゃないの。


「もう少しくらい打ち解けてくれてもいいのにって思ってただけですよ」

「打ち解けてしまったら我慢出来なくなると思ったから、それも出来なかった」

「ふうん?我慢出来なくなるって、何を?」


挑発するような笑みを浮かべた俺を見て、徳川さんが一瞬言葉を詰まらせた。
その一瞬の隙が命取りになるのは、ゲームでもリアルでも同じだと思う。

背伸びをしてちゅっと軽く唇を奪ってやると、徳川さんの表情に動揺が走った。
やってやったわ、と達成感に包まれながら「こーゆーこと?」と訊ねてやると彼の眉間に皺が寄せられる。


「…慣れてる?」

「んー。初めてじゃない、って意味なら」


正直に答えると皺が益々深くなった。
この人でも嫉妬とかするんだ、と思ったら優越感と高揚感が抑えられなくなってしまう。


「この際なのでぶっちゃけときますけど俺、童貞です。彼女も出来たことないですし、女の子とちゅーしたこともないです」

「男としたってこと?」


その質問にはあえて答えなかった。
答える必要なんてないだろう。


「徳川さんの前では猫のままでいてあげてもいいですけど、俺ってマジで可愛がってくれる人には尻尾振っちゃう犬でもあるんですよ」


それは不特定多数に対してそうだから誰にとは言わなかった。
それなのに、徳川さんが厳しい表情のまま「あの二人?」と訊いてきたから俺まで眉を顰めてしまう。


「…あの二人って誰のことですか」

「森野さんと馬場くん」

「…ああ。確かにあの二人にも尻尾振っちゃってますね」

「も?」

「も。可愛がってくれるなら基本的には誰にでも懐きますよ?俺。近所のお姉様方にも手懐けられちゃってますから」


そう言ってへらっと笑ったら「さっき男って言った」と返ってきたから、もう一つだけ情報を足しといてあげた。
こっちは徳川さんにとっても有益な情報だろう。


「俺は男を好きなったことはありませんよ」

「………」

「あ、好きでもない相手とキス出来るのかって思いました?」

「…いや…」


「僕もしてる…」と呟くように言った彼に「ですよね」と返すと、強張っていた顔から少し力が抜けたように見えた。

あ、なんか俺、この人の表情読み取るコツ掴んできてるのかも。
多分今はちょっと凹んでるんだと思う。
”好きでもない相手”の部分に自分も該当するって言われたから。

コツを掴めたのはいいけど、どうせならもっといい表情を見せて欲しいよね。


「徳川さんってどんな時に笑うんですか?」

「…何で?」

「ちゃんと笑ってるとこ、見たことないから」


見てみたい、と言って笑ったらキスされた。

おいこらキスしろなんか言ってねーぞ、って思ったんだけど。
その後に見た徳川さんの顔には、ちゃんと笑顔が浮かんでいて。


「………なんの笑み?」

「詩音くんが可愛い」

「っ……それはつまり、俺が可愛いと笑う…と言うことで合ってます…?」

「まあ、そうなるね」

「…なるほど」


不覚にもときめきました、と自己申告するとまたキスされた。

しかも今度は一回じゃ終わらずに、何回も。




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あきゅろす。
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