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ただいま柳沢詩音は動揺し過ぎて逆に頭が冴えてくると言う不思議な体験をしております。
要するに徳川さんは俺のことがそう言う意味で好きだと言うことで、このイケメン3ももれなくイケメン1と2の仲間入りを果たしたと言うことで間違いないだろうか。
違うなら…いや、合っていたとしても即座に否定して貰いたいところだけど、それはもう無理なんだろうか。
「それがマジなんだとしたら…気付けた方が異常じゃない?ってくらい、そんな素振り0だったように思うんですけど…」
「隠してたって言わなかった?」
「そう…ですけど…それにしても素っ気なさ過ぎたと言うか、俺の方こそその辺に転がってる石ころ程度にしか思われてないと…」
「石ころ?あり得ない。ここに配達に来ることを僕がどれだけ楽しみにしていたか」
「…………ええええ」
俄に信じがたいとはまさにこのことを言うんだろうな。
そこに関してはどれだけ本人から力説されたとしても絶対に覆らない印象だ。
マジでこの人は俺のことを石ころのように扱っていた、と思うんだ。俺はね?
「信じられない?」と訊かれて正直に「まあ、はい」と答えたら「分かった」と返された。
何が分かったんだろう?と首を傾げたら、そのタイミングと角度が絶妙だったっぽい。
ぴたり、とまるで二つのピースが綺麗にハマったかのように重なり合った唇の感触に、俺は人生最大の衝撃を受けてこれでもかと言うくらい目を見開いた。
う、嘘だろ…
俺いま、あの徳川さんにキスされてる…?
俄に信じがたいとはまさにこっちのことだったわ。
あり得ない。これはマジであり得ない。
相手が男とかはもうあの二人のせいでどうでもよくなってしまってるっぽいけど、今回は徳川さんだからあり得ない。
「詩音くん…」
いや、マジで。
俺が知ってる徳川さんは俺のことを名前で呼んだりしないし、話す時も常に敬語だったし、無駄口を叩いたりもしなければ業務外のやり取りをすることも殆どなかった。
荷物を受け取る時以外でこんなに接近したこともなければ、身体のどこかしらを触れ合わせたことだって一度もなかったんだ。
だからこんな…
「顔、真っ赤だよ」
「ッ……そん、なの、暑いからに決まって…っ」
「どこが?」
ここ?と囁くように訊ねてきた彼の指が俺の唇に触れ、表面をゆっくりなぞる。
その熱いじゃないと訂正したら、開いた唇の隙間から彼の指が口の中に侵入してきた。
いやもうほんとに勘弁して欲しい。
なんで俺はこんなにも、この人の行動を対処することが出来ないんだ。
「あまりにも無抵抗だと勘違いするよ」
「ッ、ちがっ…」
抵抗してないんじゃなくて驚き過ぎて反応が出来なかっただけだ。
頭が現実を受け入れてくれないから、身体が反応出来ないだけなんだよ。
それでもなんとか口に突っ込まれた指を引き抜こうと彼の手首を掴んだら、そのままあっさりと向こうから指を抜いてくれたから少し拍子抜けしてしまった。
どしたよ俺…
めちゃくちゃ翻弄されてんじゃんか…
よし、一旦落ち着こう。
あの二人の時はもっとマシな対応が出来ていたと思うんだ。
でもこの人だと上手くいかない。
それはなんで?って考えた時に、俺の中の徳川さんのイメージとかけ離れ過ぎているからだって答えしか浮かんでこなくて。
じゃあ今からこの人はそう言う人なんだって思ってしまえばいけるんじゃないだろうか。
徳川さんこそが仮面を被った野獣だったんだ、と。
「…荷物まだありますよね」
「…ある」
「じゃあそっちお願いします」
「…急に戻るんだ」
「と言うより、警戒してます」
俺の中の野獣センサーが働いちゃったのでね。
とまでは言わなかったけど、それでもド直球に言ってやったからちょっとは攻撃になったみたいだ。
攻撃と言うより防御か。
唇奪われちゃったし指突っ込まれちゃった後ではあるけど、これ以上はあきまへんで〜って言う意思表示にはなった。
「警戒、か。まあそれも、意識して貰えてるからこそだと思えば進歩した方か」
「意外とポジティブなんですね」
「ネガティブに見えてた?」
「いや、どっちにも見えてませんでした」
そんなこと考えたことすらなかったわ。
とまで言ったら流石に可哀想だと思って言わなかった俺はマジで優しさの塊だと思う。
「とにかく徳川さんは荷物をお願いします。ここ一軒目ですよね?こんな所で油売ってる場合じゃないですよね?」
「今日は午前指定の荷物は少ないから時間はある」
「え。…でも、時間を掛ける訳にはいかないとかなんとか言ってませんでした?」
「ああ。あれは玄関越しのやり取りにって意味」
え、そっち?
何それ、え?もしかして早く俺の顔が見たかったからとかそう言うやつ?
徳川さんってそんな小っ恥ずかしいこと言っちゃうタイプの人だったの?
と、勝手な解釈をして勝手に唖然としていたら、徳川さんが「早く会いたかったから」と彼氏さながらな台詞をお見舞いしてきた。
だから予想を上回ってくるんじゃないってば。
そんなのもはいはいって聞き流してやりたい気は満々なんだけど、出来ないんだよ。何故か。
「また顔が赤くなった。照れた?」
「俺、徳川さんのこと何も知らないんですよ。だから、そうゆーこと言われるとどうしたらいいか分からなくて困るんですよね」
「…凄いな。一文に可愛い要素が二つもある」
「は?」
真面目になんて言われたのかが分からなくて「なんですか?」と訊き返したら、徳川さんの手がそっと脇腹に触れてきた。
突然の刺激にビクッと肩を揺らした俺を見て、彼がふっと口元で笑う。
待って、不意打ちのダブルコンボはキツい。
「っ、何してんすか」
「触ってる」
「えーもう。やだ。急なキャラ変はキツいですって」
「敬語の方が良い?」
「いや、そうゆー問題じゃなくてですね?」
まあまあ、もう一回落ち着こうじゃないか詩音よ。
徳川さんは普段の俺がいかにテキトーでいかにめちゃくちゃかってことを知らない訳よ。
だから、徳川さんが好きな俺って言うのは思いっきり業務用の作られた俺な訳よ。
「徳川さん、残念なお知らせがあります」
そう切り出すと脇腹に触れていた彼の手がピクっと反応した。
若干表情も強張ったように見えるから、あえて俺も真剣な表情を向けて言葉を続ける。
「徳川さんが好きになった俺は、本当の俺じゃありません」
「っ……?」
「今まで俺は貴方の前では猫を被っていました。完全によそ行きのいい子ちゃんをやってました。でも本当の俺は、どっちかって言うと犬です」
「………」
「可愛がってくれる人にしか尻尾は振りません。甘い物くれる人には全力で愛想振りまきます。でもただ縄張りを荒らしてくる人は、警戒して威嚇します」
「………」
「俺にとって今の徳川さんは後者です。今までは猫になりきっていましたけど、今この瞬間に化けの皮が剥がれました。俺の本性は犬で、そして、手に負えない馬鹿です…!」
ビシッと、それはもうバシッと現実を突き付けてやったら、どう言う訳なのか。
いやもう本当にどう言う訳なのか分からないんだけど。
俺は今、徳川さんの腕の中にいる…らしい。
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