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てか別に運んで貰ってる間はリビングで待っててもいいよなあと思ったけど、徳川さんがここでって指定してきたから大人しく従っておこうと思う。

これ以上下手な行動をして予想外の反応を取られたら俺が困る。
もうあの人相手に悪さはしないと誓うから、このまま何事もなくいつもの時間が過ぎていって欲しい。

未だにどんどこ暴れている心臓に「もう大丈夫だから落ち着いていいよ」と語り掛けながら、精神安定剤のごとく糖分を補給していく。

どろどろに溶けたアイスは嫌だけど溶けかけのアイスって美味しいよね。
ああもう蕩けちゃう〜って感じで。

ただ今日はゆっくり味わっている暇などない。

最早吸うようにクリームを口に含んで慌ただしく口を動かしていたら、その途中で玄関のドアが開けられた。
相手は徳川さんだと分かり切っているからこっちも特に反応を示すことなく続けてコーン部分を頬張っていたら、俺の横に荷物を積み上げた彼がその場で動きを止めた。

それに違和感を抱いたのは目の前にずっと彼の脚部があるからだ。
生憎俺には男の足を眺めながらアイスを食べると言う趣味はない。
何事?と思いながら見上げると、向こうもじっと俺を見ろしている。


「…何でしょうか?」

「……いや」

「…あ。さっさと食ってさっさと服着ろやボケ的な?」

「いや、」

「すいません食べるの遅くて。俺口ちっさめなんであんまり詰め込めないんですよね。これでも急いでる方なんですけど」


俺は彼の視線を無言の圧力だと解釈した。
とりあえず残りのコーンを口の中に放り込んでそのまま立ち上がる。
お行儀が悪いかも知れないけど風呂場に向かいながら咀嚼しようと試みたら、歩き出す直前に腕をガシっと掴まれた。

待って俺何も変なことしてないし言ってもないよね?
なんでこの人俺の腕掴んじゃってんの?

なんか今日、反応あり過ぎて怖いんだけど。

とりあえず口の中のものを咀嚼してからごっくんしたら、そのタイミングで徳川さんが「…ちょっとこっち向いて」と要求してきた。

おっとまさか俺が動揺していることが見抜かれてしまっている?
ちょっと今は表情を上手く取り繕える自信がないぞ。

さてどうしようかと悩んでいたら徳川さんのもう片方の手がすっと伸びてきて顎を掴まれた。
そのまま無理矢理彼の方を向かされたと思ったら、親指の腹でぐいっと唇の横を拭われた。
突然の行動に驚いて目を見開く俺に、まるで見せつけるかのように彼がその指をぺろっと舐める。


「ひっ!?」


あまりにも奇想天外な行動に思わず悲鳴を上げてしまった。

でも今のは仕方ない。
生後間もない赤ちゃんが目の前で急にブレイクダンスを始めたくらいの衝撃を受けているから悲鳴くらい許してやってくれ。

完全に石化してしまっている俺に向かって、彼が一言「ついてた」と漏らす。

ついてた?ついてた?何が?
ああ、アイスが?アイスが口についてたってこと?
だから取って舐めたって?


「あ…甘いの…好きなんですか…?」


停止寸前の思考で何とか頑張って絞り出した回答に対し、徳川さんは「どっちかと言うと苦手」と答えた。

お陰で無事に思考が停止した。
それ以外に彼がそんな行動をとった理由が思い当たらないからだ。

そんなことをするような人じゃないことはそれはもう嫌と言う程知っている。
ちょっと驚いた反応を見ただけで珍しいと思うくらいだぞ。
そりゃあ徳川さんだって人間なんだからマジで1ミリも感情が動かないってことはないだろうけど、どんな風に感情が動いたらそんな行動に出てしまうのか。

あ、いっそ無感情だったからこそ出来たことだったりする?
そこに意味なんて何もなくて、ただ単についていたから取った。
ただそれだけのこと?

なんだ、それなら納得出来るぞ。
と言うかそれが正解だな。それ以外に正解なんてないな。
確かに甘いの苦手そうな雰囲気出てるもんな。


「詩音くんは、好きだよね」


甘いの、と続けられた言葉は残念ながら俺の耳に届くことはなかった。
何故なら彼が今俺のことを「詩音くん」と呼んだことによって脳機能がバグったからだ。


「美味しそうに食べてる」

「な、何を…っ」

「そのアイスとか、お菓子?」

「ああ…」


いや、ああじゃない。全然ああじゃないから。


「ちょっと俺、なんか頭おかしいなって感じがしてるので、とりあえず顔洗って服着てきますね」


じゃあ、と言って腕を振り解こうとしたら両手でガシリと肩を掴まれた。

誠に残念ながら俺の脱出大作戦は失敗したようです。


「……どう、したんですか…今日…」


観念して堂々と困惑の表情を見せると、徳川さんは静かな声で「僕も男だから」と答えた。
その先に続く言葉が残念ながら俺には一つしか思い当たらなくて、変な緊張感が背中を駆け抜ける。


「知ってます、けど」

「…知ってても、意識はしてない。だから堂々とそんな格好でいられる」

「っ、いや、これはですね…」


…駄目だ。貴方の反応を伺う為にこの格好で出迎えたんだ、なんて言えない。
それこそ意識してませんって言ってるようなもんだけど、それはある意味意識してるってことに捉えられる可能性もある。

いや待って、そもそも意識ってなんだ?
ここで言う意識って男としてって意味だろ?
俺は同性愛者じゃないんだから意識なんてしてる訳がないじゃないか。


「徳川さん、俺は――」

「詩音くんには悟られないようにずっと隠してきたのに、まさかそんな出迎え方をされるなんて」

「ッ…すいません、それはマジで謝ります。ちょっとした好奇心だったんです」

「好奇心?」


鋭く訊き返されて一瞬たじろいだ。
でももう白状するしかない。

いつも無反応だからちょっと違う反応が見てみたくなったんだと伝えて繰り返し謝罪をしたら、目の前の表情が少し和らいだ。

和らいだと言うか、なんかちょっと嬉しそうに見える。
え、もしかしてだけど、笑ってたりする?


「すいません、ちょっと変なこと訊いてもいいですか」

「…何」

「徳川さんって笑うことあります?」

「……ないことはないよ」

「じゃあもしかして今のそれも徳川さん的には笑顔に入ります?」


この人でも笑うことあるんだ…!と思ったらまるで大発見でもしたような気分になってしまった。
直前のやり取りなんて忘れてすっかり調子に乗った俺の質問に彼は「いや」と答えた。

なんだ違うのか。
じゃあ俺の見間違えだったのかなと思っていたら、彼がぼそっと「笑ってるつもりはなかった」と呟いた。

それはつまり無意識の内に笑ってしまっていたと言うことなんだろうか。
だとしたらそっちの方が衝撃なんだけど、と驚いていたらまたまた彼がぼそりと「でも、出てしまってたかも知れない…」と呟く。


「何がですか?」

「…僕に興味を持ってくれたのかと思ったら、嬉しくて」

「………え?」

「詩音くんは僕のことなんて何とも思ってないと思ってたから、少しでも興味を持って貰えたことが僕からしたら嬉しい」

「………」


え?
だからその喜びの感情が表情に出てしまっていたのかも知れない、って言ってる?

まさかそんなことを言われるとは思いもせず、放心したような声で「うれ…しい…」と呟くとすかさず「おかしい?」と返された。


「好きな子に興味を持たれて喜ばない人間なんていないと思う」


その考えが間違っているかと問われて咄嗟に首を振って否定してしまった。

確かにその感情自体は間違ってはいないと思うんだ。
でもその感情を抱いた相手がどうなのかって言ったら、それは正しいとは言えないんじゃないだろうかとも思う。

我ながら。マジで我ながら。




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あきゅろす。
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